Chevon 1stアルバムインタビュー|頭角を現し出した札幌在住の若手バンド

平均年齢23歳、北海道札幌市在住バンド・Chevonが2月21日に名刺代わりのセルフタイトルアルバム「Chevon」をリリースした。

Chevonはコロナ禍真っ只中の2021年6月に札幌で結成された新進気鋭のバンド。谷絹茉優(Vo)のジェンダーレスな美貌や歌声、パワフルかつ説得力のあるバンドサウンドとメッセージ性のある曲を武器に躍進しており、昨年6月に行った札幌PENNY LANE24でのワンマンライブのチケットが完売するなど注目を浴びている。すでに道外でのライブ活動も展開しており、着実に動員を伸ばしている。

音楽ナタリーではChevonが自身初のアルバムを発売したことを記念し、メンバー3人にインタビュー。結成からもうすぐ3年、音楽ナタリー初登場となる今回は、結成に至った経緯から新作の制作背景や完成しての手応えなどを聞いた。

取材・文 / 森朋之撮影 / 塚原孝顕

同級生のひと言「なんでバンドやんないの?」

──Chevonは2021年6月、札幌で結成されたそうですが、3人が集まったきっかけは?

谷絹茉優(Vo) 私は音楽の専門学校に行ってたんですけど、そこで知り合った同級生とKtjmが高校のときにバンドを組んでたみたいで。当時私はソロで活動していて、“歌ってみた”動画をネットに上げていたんですが、その同級生に「谷絹はバンド向きのボーカルなのに、なんでバンドやんないの?」と言われたんですよ。「やってみたいんだけど、ツテがないんだよね」と返したら、「高校のときの知り合いでギターがうまいやつがいる」って紹介してくれたのがKtjmだったんです。コロナ禍の真っ只中だったんで、最初はLINEでやりとりして。そのうち「メンバー集めようか」ということになって、Ktjmが入ってた大学の軽音サークルからこの人(オオノタツヤ)を連れてきてくれました。

谷絹茉優(Vo)

谷絹茉優(Vo)

──最初から友達というわけではなく、バンドをやるために集まった。

谷絹 そうですね。この2人(Ktjm、オオノ)はつながりがあったんですけど、私は完全に“はじめまして”でした。しかも3人ともちゃんとバンドをやるのは初めてだったんですよ。

オオノタツヤ(B) バンドをやるのはいいけど……。

オオノタツヤ(B)

オオノタツヤ(B)

谷絹 何からやりましょうか?って(笑)。人脈というか、バンド界隈に仲がいい人がいたわけでもないし、本当にゼロからでしたね。

──なるほど。Ktjmさんは以前からバンドをやりたいという気持ちはあったんですか?

Ktjm(G) いや、もともとは全然やる気がなかったです(笑)。

谷絹 はははは。

Ktjm 大学のサークルでもカバーをやるくらいで、趣味程度だったんですよ。谷絹を紹介されたときも「バンド? やらないよ」という感じだったんですけど(笑)、この人の歌ってみた動画を見たときに「おや?」と思って。これは楽しいことになるんじゃないかと思って、バンドを組んでみました。

──「バンド向きの声だな」と?

Ktjm それもあるし、聴いたことがない声だなって。こんな歌声の人がいるんだ?という感じで惹かれましたね。

オオノ 僕も最初は「サポートでやらせてくれ」って言ってたんですよ。

谷絹 言ってた!

オオノ 普通に就職しようと思ってたんです。でも、Ktjmと同じで、谷絹の歌ってみた動画を見て「おや?」と(笑)。バンド向きの声かどうかはわからなかったけど、この人とバンドやったら面白そうと思ったんですよね。

谷絹 バンドを組めたのはラッキーだったんだな(笑)。私は表現することに興味はあったものの、バンド活動は選択肢になかったんですよ。「小説家になりたい」に始まって、高校で演劇もやってたし、歌ってみたも表現の延長で。なのでバンドをやりたいと思っていたわけではないんですけど、専門学校でバンドマンと知り合って、その人たちのライブを観てるうちに「楽しそうだな」と思い始めて。そのタイミングで2人に会ったので、「転機なのかな」と思ったし、私としてもアクションを変えたかったんですよね。

──谷絹さんは全曲の歌詞を書いているし、ライブやミュージックビデオなどで視覚的な表現もしていて。バンドをやっているといろんな表現に関われますよね。

谷絹 それこそ小説執筆の依頼をいただいてショートショートを書いたり、本の帯コメントを書かせてもらったりすることもあって。「歌詞は100%私に書かせてほしい」という話をメンバーにしていますし、今までやってきたことは無駄ではなかったというか、バンドを始めたことで回収されていく感じもあります。

──2021年結成ということは、最初はライブをやりづらかったのでは?

谷絹 1年目は1回もライブをやってないですね。何かやらなくちゃダメだなと思って、結成してすぐに12カ月連続で新曲を発表して。ちょっとずつ気付いてくれる人が増えて、2022年1月に初めて北海道で自主企画ライブをやったんです。でも、コロナ禍の制限でキャパの半分しか入れられず、声出しもなく。しかもライブは大失敗したんですよ。同期を使ったんですけど、音がズレてしまって。どうしていいかわからずクチャクチャになっちゃったんです。打ち上げでも落ち込んでて、周りのバンドの人たちに「最初はそんなもんだよ」なんて慰められて(笑)。

Ktjm いまだに同期を使うのは怖いです(笑)。

Ktjm(G)

Ktjm(G)

谷絹 そういう感じで始まって、2023年3月のライブでお客さんの声出しが解禁されて。そのときに「ライブってこんなに声が返ってきて、こんなにも熱量があるんだな」って初めて感じたんですよ。そこからですね、ライブの楽しさがわかってきたのは。

Ktjm 最初の頃は緊張してたし、ライブが怖かったんです。でも、北海道以外に行く機会が増えてきて、ライブの楽しさや気持ちよさがわかってきて。今はライブがしたくてたまらない感じで、クセになってます。

オオノ うん。ライブは常にやっていたいですね。

メンバーの音楽的ルーツ

──曲作りもゼロからのスタートだったと思うんですが、制作はどうやって進めたんですか?

谷絹 いろんな方法を模索しましたね。コロナ禍だったのもあって、クラウド上でやりとりして。例えば私が歌詞とメロディを作って、Ktjmがコードを付けて。そこで「いいね」ってなったらスタジオに集まって、話し合いながら形にしてました。「ここにキメを入れよう」みたいなアレンジや展開はオオノが中心になって進めることが多いです。最初からほとんど分業制なんですけど、「1カ月に1曲リリースする」という目標があったことも相まって、そこでそれぞれ鍛えられたところもありますね。今はいろんな作り方をしていて、昨年12月に配信リリースした「大行侵」はタイトルを先に決めたんですよ。

──音楽性も幅広いですよね。

谷絹 そうですね。「〇〇なジャンルだよね」と言われたことがないし、ChevonはChevonなのかなと。

オオノ 12カ月連続で出してたときも、常に「今まで作ったことのない感じでやろう」と思っていて。

谷絹 バラードも作りたいし、盛り上がる曲も作りたいし、ちょっとおしゃれなミディアムな曲も作りたいというか。「これがやりたい」というのが固まってない3人なので、いいなと思う曲をジャンル問わず作ってます。それを続けることでChevonというジャンルになるという感じですね。

──いろいろな音楽が好きなんだと思いますが、皆さんの音楽的なルーツは?

谷絹 親が聴いてた昭和歌謡だったり、自分で見つけたボーカロイド楽曲だったり。「この人が絶対的な神」という存在はいなくて、今まで通ってきたものが血となり肉になってると思います。

オオノ 僕は兄がギターをやってたので、中2のときになんとなくベースを買って。そのときは三日坊主だったんですけど(笑)、高校2年のときに「学祭に出ない?」と友達に誘われたんですよ。僕、全然弾けないくせに“めっちゃ弾ける感”を出してたので、つじつまを合わせるためにめっちゃ練習しました。リスナーとしては幅広く聴いてますね。

谷絹 私と同じで万遍なく聴いて、「いいものはいい」という感じなんですよ。でもオオノは好みがハッキリしていて、それに基づいて雑食的に聴いているというか。

Chevon

Chevon

Ktjm 僕は最初、全然音楽が好きじゃなくて(笑)。僕が小学生のときに兄がベースを弾き始めたんで、「お前はギターをやれ」と言われたんですよ。当時、兄が好きだったONE OK ROCKの曲を聴かされて。最初に弾いたのは「完全感覚Dreamer」ですね。全然弾けなかったですけど(笑)。

オオノ ウチの兄ちゃんもワンオクめっちゃ好きだった。

谷絹 時代だね。

Ktjm そうだね。そのうちちょっとずつ弾けるようになって、「ギターめちゃくちゃ楽しいじゃん」って。中2のときにレッチリ(Red Hot Chili Peppers)を勧められて、「このギタリスト(ジョン・フルシアンテ)、カッコいい!」と思いましたね。