ティ・チャラの苦悩はケンドリック・ラマーの苦悩
──ティ・チャラの苦悩は「現代の超富裕層のモラルとはどうあるべきか?」みたいなところでしたよね。万能の鉱石・ヴィブラニウムをほぼ無限に有するワカンダの国王として、自国の利益を最優先するのか、逆に世界の貧困を解消するために豊富な資源を分配するのか、という。
OMSB 今回キルモンガーがやろうとしたことは、必要悪でもあるのかなあと思いました。俺ら一般人目線と言うか。
PUNPEE 普通の人はそんな金持ちの気持ちになれないから、ティ・チャラには少し感情移入しづらいかもね。でも後半はティ・チャラにも別の苦悩が出てきた。自分は、その苦悩が今ケンドリック・ラマー自身が抱えている悩みに近いとも思いました。
──どういうことですか?
PUNPEE ケンドリック・ラマーも最初は抑圧される側だったけど、「Good Kid, m.A.A.d City」「To Pimp a Butterfly」で大成功してヒップホップの王様になった。そしたら自分が予想もしてなかったところから攻撃されることになる。それこそ同胞とか。
──去年リリースされたアルバム「Damn」ではまさにそういった悩みが赤裸々に歌われていました。ちなみに「ブラックパンサー」でも、後半はティ・チャラが予期せぬ壁にぶつかります。
PUNPEE そうそう。みんな王様になったケンドリックに「お前はどっち側に付くんだ?」「あんたの意見は?」とかいろんなことを言う。でも俺個人の考えでは、彼は「言い争いではなく、平和を理想として育ってきただろ」と言ってるような気がしてて。力で支配するんじゃなくて、人としてのあり方でキングになったと言うか。それってさっきオムスが言ってたことにもつながるし、まさにティ・チャラの苦悩と一緒なのかなって。
──今回の「Black Panther The Album」の1曲目「Black Panther」でケンドリックは「I'm T’Challa」と歌ってますね。
PUNPEE うん、しかもちょっとハードめな内容で。これはたぶんワカンダという国のこれまでのスタンスを表していて、アルバムはそこから始まるんです。途中で「Paramedic!」とかは徐々にキルモンガーの話が出てくる。で、9曲目「King's Dead」でジェイムス・ブレイクが「Changes~」と歌った次のバースから、ケンドリックがキルモンガーの視点になって「All hail King Killmonger」と歌う。
OMSB アルバムの中で複数のオルターエゴを演じるのは超ケンドリっぽいですよね。
PUNPEE そうだね。映画の中の議題をいろんな視点から語ってるんだよね。しかもケンドリックは1曲の中でいきなり曲調を変えるのが得意じゃない? それが映画のサントラ的アルバムという今回の作品にすごく合ってる。ザカリが何曲か参加してるけど、彼がけっこうそのスイッチ役になってて。後半の「Seasons」のアウトロでは「I'm T'Challa. I'm Killmonger. One world, one God~」と歌って、ティ・チャラとキルモンガー両者の苦しみに理解を示すんだよね。自分はその展開とかも含めて、この「Black Panther The Album」の完成度にやられちゃいました。あと、余談なんだけど自分のアルバム「MORDEN TIMES」で「P.U.N.P. (Communication)」に参加してくれたRascalって人が、「Black Panther The Album」の「I am」に関わってるっぽくてうれしかった。RascalのInstagramに書いてあった。
OMSB 「Black Panther The Album」はサウンドも独特でしたよね。主流のダンスホール、四つ打ち、トラップがベースになってるけど、そこにアフロビートを盛り込んでいたり。アフリカの民族楽器の音とか音階も聴いてて気持ちよかった。映画を観る前にアルバムを聴いていたから、“ネオアフリカ”みたいな映画の世界観にすんなり入れたのも大きい。
PUNPEE 音を聴いたら映画の内容までわかっちゃうようなこういうサントラ的アルバムを、自分も作ってみたいと思ったね。いろんなラッパーを登場人物みたいに配置して。あとはもう1回デカい音で観たいね。IMAXとか。イベント感がそっちのほうが増しそう。
もしもアフリカがいろんな国に占領されなかったら……
──映画のビジュアルはアフロフューチャリズムが全開になってましたね。アフロフューチャリズムは、アフリカから奴隷として世界中に連れて行かれた黒人たちがそのアイデンティティの喪失を空想で埋めたものと言われていて、実際相当ぶっ飛んでる。サン・ラー、Pファンク、アフリカ・バンバータ、ラメルジーとかの世界観がマーベルにブッ込まれたと言うか。
OMSB 俺が日本に住んでるからかもしれないですけど、ああいうのはやりすぎに思えちゃいますね(笑)。でもBling Blingとか高級車とか成功の証を見せびらかしたいゲットーのマインドがある人が観ると、けっこう受け入れられちゃうのかもね。
PUNPEE アメリカで「ブラックパンサー」のプレミア試写会をやったとき、俳優の人たちがみんな超キメキメだったんですよ。日本で同じことをやるとちょっとこっ恥ずかしくなるときもあるけど、あっちだと説得力がある。観てて楽しかった。
──そういえば「ブラックパンサー」のプレミアはレッドカーペットならぬパープルカーペットだったようですね。
PUNPEE そうそう。でも「シビル・ウォー」のときのブラックパンサーのコスチュームは黒と紺だった気が……。
──衣裳デザイナーのインタビューによると、青色というのは危険やトラブルを表す色だと監督が決めたらしいんです。だからキルモンガーのシャツやワカンダの国境警備隊のマントは青い色なんだそうです。今作のテーマからいくと、ブラックパンサーが相手を信用しない色を身に付けてるのは違和感があるので、変えたのかもしれませんね。
OMSB もしもアフリカがいろんな国に占領されたり、黒人が奴隷として連れ出されず、文化や知識がアフリカの土地で純粋に発展していたら、ワカンダみたいな感じになるんじゃないかなって思っちゃいました。
「余り物のヴィブラニウムで作っておいたの」
PUNPEE 俺、韓国で撮ったシーンを観てたらアジア人のヒーローに出てきてほしいと思っちゃった。「ブラックパンサー」で黒人ヒーローの単体作品が成功したじゃない?しかも女性が大活躍して。さらにスカーレット・ヨハンソンがやってるブラック・ウィドウが主人公の映画も予定されてるっぽい。そうなると、そこに俺らも混ぜてほしい……(笑)。
OMSB でもそこで露骨に“カラテ”みたいなキャラだとアレだけど……(笑)。
PUNPEE 実はマーベルにサンファイアっていう日本人のミュータントがいるのね。「X-MEN」のコミックスに出てくるキャラで、お母さんが原爆の被爆者という設定なんだよ。サンファイアを使って、すごく日本らしい作品が作れるとも思うんだよね。ちょっといろいろ難しそうだけど、ウルヴァリンは日本に住んでたこともあるしさ。あと最近のコミック版ではハルクがアマデウス・チョウっていう韓国系アメリカ人だったりもする。
OMSB やっぱPくんめちゃ詳しいっすね。さっきから若干気になってたんですけど、そのTシャツはなんのシャツなんですか?
PUNPEE また自分で作った(笑)。これは今日持ってきたコミック版「ブラックパンサー」の好きなシーンだね。もともとブラックパンサーって少し地味なヒーローだったんだ。でも1990年代後半にクリストファー・プリーストという黒人の作家がシナリオを書くようになってから、それまでと少し違う描かれ方をして話題になって。それで「シビル・ウォー」のエンドクレジットに彼の名前があったから読んでみたんだよね。新しいコミックスの映画が始まるとどうしても自分でTシャツを作りたくなってしまう……。
OMSB へえー!
PUNPEE クリストファー・プリーストってすごく面白い人で、コミックスのライターをやる前はマーベルの編集者だったんだけど、いろんな理由で会社を転々として、バスドライバーをしてたこともあるんだよ。このTシャツのシーンは映画にも出てくるエヴェレット・K・ロスがズボンをなくしちゃって困ってるとこ。ロスって原作ではめちゃめちゃ冴えないおとぼけキャラなんだよね。映画版はちょっとカッコよすぎるかも(笑)。
OMSB ロス、かなり活躍してましたね。しかもヴィブラニウム的にも重要人物だったし。
PUNPEE ヴィブラニウム的に(笑)。個人的には、次作ではヴィブラニウムでもっと遊んでも面白いかなと思った。例えば、ヴィブラニム製のiPhoneとか加湿器とか。万能の鉱石ならではの、めちゃくちゃすごい機能が付いてるの。そういうのが今後出てくると面白いかもね。
OMSB ヴィブラニムって大抵なんでも作れるから、マーベルのほかの作品とかにシュリが出てきて「余ったヴィブラニムで新しい道具を作ったの」みたいのがあったらよくないですか?
PUNPEE それヤバいね。「インフィニティ・ウォー」の予告編でキャプテン・アメリカが新しい盾を持ってるけど、あれはたぶんシュリがヴィブラニウムで作ったんだと思う。一部のMCUヘッズたちは「キャップの盾が丸くない」って困惑してるみたいだけど。
OMSB でも、実際の映画でもそういう展開ありそうじゃないですか? 激闘の末、新しい盾がぶっ壊されちゃって「やっぱりこれじゃなきゃダメだ」みたいな感じでオールドスクールな丸い盾を使う、みたいな(笑)。
PUNPEE シュリが「余り物のヴィブラニウムで一応作っておいたの」ってね(笑)。
- 「ブラックパンサー」
- 2018年3月1日(木)全国公開
- ストーリー
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アフリカの秘境・超文明国家ワカンダには、ある秘密があった。それは、世界を滅ぼしてしまうほどのパワーを秘めた希少鉱石“ヴィブラニウム”の産出地であるということ。歴代のワカンダ王は、この鉱石が悪の手に渡らないよう秘密を厳守するとともに、鉱石を研究し最先端のテクノロジーを生み出していた。父を亡くした若き国王ティ・チャラは、儀式を経て国を守るヒーロー“ブラックパンサー”に即位する。しかしまだその心構えを持てず、かつての婚約者ナキアへの思いも断ち切れないティ・チャラは葛藤していた。その頃、ワカンダを狙う謎の男エリック・キルモンガーと、武器商人のユリシーズ・クロウが手を組み、大英博物館にあったヴィブラニウム製の武器を盗み出し……。
- スタッフ / キャスト
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監督:ライアン・クーグラー
脚本:ライアン・クーグラー、ジョン・ロバート・コール
出演:チャドウィック・ボーズマン、マイケル・B・ジョーダン、ルピタ・ニョンゴ、ダナイ・グリラ、マーティン・フリーマン、ダニエル・カルーヤ、レティーシャ・ライト、ウィンストン・デューク、アンジェラ・バセット、フォレスト・ウィテカー、アンディ・サーキスほか
©Marvel Studios 2018
- V.A.「Black Panther The Album(国内盤)」
- 2018年2月28日発売 / Interscope Records
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[CD] 2700円
UICH-1008
- 収録曲
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- Black Panther / ケンドリック・ラマー
- All The Stars / ケンドリック・ラマー、SZA
- X / スクールボーイ・Q、2チェインズ、サウディ
- The Ways / カリード、スウェイ・リー
- Opps / ヴィンス・ステープルズ、ユーゲン・ブラックロック
- I Am / ジョルジャ・スミス
- Paramedic! / SOB X RBE
- Bloody Waters / アブ・ソウル、アンダーソン・パーク、ジェイムス・ブレイク
- King's Dead / ジェイ・ロック、ケンドリック・ラマー、フューチャー、ジェイムス・ブレイク
- Redemption Interlude
- Redemption / ザカーリ、ベイブス・ウドゥモ
- Seasons / モジー、ジャヴァ、リーズン
- Big Shot / ケンドリック・ラマー、トラヴィス・スコット
- Pray For Me / The Weeknd、ケンドリック・ラマー
- PUNPEE(パンピー)
- 東京都板橋区在住のラッパー / トラックメーカー / DJ。2006年に「ULTIMATE MC BATTLE 2006」東京大会で優勝し、2007年にGAPPER、弟の5lackとPSGを結成。PSGは2009年10月にデビューアルバム「David」をリリースし、この作品は各所で高い評価を集める。その後ソロ名義で「Mixed Bizness」「MOVIE ON THE SUNDAY」などのミックスCDを発表し話題に。エナジードリンク「レッドブル」のCMソングや、TBS系「水曜日のダウンタウン」のオープニングテーマ&ジングル制作で多くの人々に知られるようになる。2015年12月には加山雄三とのコラボ曲「お嫁においで 2015」をアナログ12inchでリリース。2017年1月には宇多田ヒカルのヒット曲をリミックスした「光(Ray Of Hope MIX)」を全世界で配信し、全米のiTunes Store総合ページで日本人アーティスト最高位となる2位にランクインした。同年10月に初のソロアルバム「MODERN TIMES」を発売。
- OMSB(オムスビ)
- 神奈川県相模原市を拠点に活動するヒップホップクルー、SIMI LABのMC / トラックメーカー。SIMI LAB は2009年末にYouTubeで公開した「WALKMAN」のミュージックビデオが話題を呼び、2011年11月発売の1stアルバム「Page 1 : ANATOMY OF INSANE」、2014年3月発売の2ndアルバム「Page2:Mind Over Matter」がいずれも話題作に。DCPRGの2012年のアルバム「SECOND REPORT FROM IRON MOUNTAIN USA」などへの客演でヒップホップシーンのみならず幅広い音楽ファンに存在感を示した。OMSBのソロ作品としては、2012年10月発売の「Mr. "All Bad" Jordan」や2015年5月発売の「Think Good」などを発表している。