「『メーベル』をやらせてもらえるんだ!」
──対バンイベント「MINGLE」と、なとりさんの「メーベル」のカバーについても聞かせてください。まずバルーンとしての企画アルバムを作るという計画はどういうところから始まったのでしょうか?
須田 僕がバルーンという名義を設けたのが2013年なんですよ。そこから気付けば10年くらい経っていて。最初はアニバーサリーみたいなことをするつもりはなかったけれど、バルーンというボカロP名義と、その途中から生まれた須田景凪という名義の両方で活動していく中で、気付けばなとりくんのように仲間と呼びたい人が少しずつ増えていった。いろんなアーティストと少しずつ関わりを持っていく中で、自分だけでは生まれなかった価値観が明確に生まれて、それが自分の音楽に生きているんですね。だから、例えば5年先、10年先から振り返ったとき、バルーンという名義を設けて10年経った時期に何も残していないのも寂しいのかな、と思って。そういう話をチームでいろいろしゃべっているときに、対バンとアルバムの話になったんです。バルーン名義で最初に出したアルバムは「apartment」というタイトルですけど、今回のアルバムは「Fall Apart」というタイトルで。「Fall Apart」が持つ「崩壊させる」という意味を込めつつも、自分が生まれた場所を自分が信じている人たちに愛を持って壊してみてほしい、と思ったんですよ。そういうところから参加してほしい皆さんにお声がけさせていただきました。
──なとりさんに「メーベル」のカバーをお願いしたのは?
須田 自分が思い描いているなとりというアーティストに「メーベル」をぶっ壊してもらったらどうなるのかな、と思って。それがすごく楽しみだったし、実現したらすごくうれしいな、という思いからオファーしました。
──なとりさんとしては、その話を受けての第一印象はどうでしたか?
なとり すごくうれしかったですね。「『メーベル』をやらせてもらえるんだ!」という感じでした。純粋にバルーン名義の中で一番くらい好きな曲なんです。僕はあの曲は究極の四つ打ちだと思っていて、今まで聴いてきた四つ打ちの楽曲の中で一番好き。いまだに「あのリズムに近付くにはどうしたらいいんだろう」と教材にしてるくらい聴いてます。だから純粋に「メーベル」をやらせていただけるのはうれしかった。喜んでお願いします、という感じでした。
──「メーベル」を自分なりのアレンジでカバーするにあたっては、どういう発想がスタートになりましたか?
なとり 僕の中の四つ打ちの概念は「メーベル」から育てていただいたので、それをちゃんと生かせるものにしようという思いはありました。プラス、なとりの曲の中にあるエッセンスをちゃんとぶつけることもテーマにしようと思っていて。ただ、最初は原曲に寄せるか、なとりらしい曲にするか、めちゃくちゃ迷っていたんです。原曲に近いギターリフのバンドサウンドにしようか悩みましたけど、結局は「Overdose」的なミニマルなサウンドをちゃんと「メーベル」に対してぶつけてみようと。サウンドは今までのなとりをリファレンスとして置いてみた感じです。
愛を感じるカバーでうれしい
──歌に関してはどうでしょう?
なとり 僕、趣味がカラオケなんですけど、毎回「メーベル」を歌うんです。
須田 十八番なんだ(笑)。
なとり 本当に十八番なんですよ。なのでカラオケで歌う感じになりすぎないようにしようと意識しました。バルーンのセルフカバーを模倣してるだけじゃダメだ、ちゃんとなとりの歌い方にしようと考えて。普段からカラオケで歌っていた曲だから、ちゃんと仕事としてレコーディングしてるモードで、なとりというものを出せる歌い方を意識しました。
須田 ライブの前に一緒に飲んだとき、カラオケにも行ったんですけど、そのときになんで「メーベル」を歌ってくれなかったんだろうって今思ったよ(笑)。
なとり ははははは、さすがに緊張しますよ。
──須田さんは、なとりさんの「メーベル」を聴いてどうでしたか?
須田 あれは確実になとりの「メーベル」でしたね。原曲へのリスペクトもめちゃくちゃ感じるし、それと同時になとりとして新しい解釈をしてくれた。「めっちゃ考えたんだろうな」と愛を感じて、本当にうれしかったです。
──愛を感じたというのは?
須田 原曲の「メーベル」って子供みたいなガチャガチャした雰囲気もあれば、大人っぽいというか、熟してるような雰囲気も含んでいる四つ打ちのダンスミュージックだと個人的には思っています。なとりが愛を持ってアレンジしてくれたことで、その雰囲気はまったく消えてないんですよ。そういうのは、感覚的なものもあると思うし、ロジカルな話としてもいかにそれを消さないかというのをすごく考えてくれたんだろうなと。細かいアレンジについて言えばキリがないんですけど、自分が一番愛を感じた、うれしかったポイントはそこですね。
なとり 自分としても、須田景凪さんに対しての愛を示したところがあって。「ダーリン」(2023年1月配信リリース)が発表された当時、須田さんが「リリースカットピアノという文化をボカロに育ててもらった」というようなことを言っていたインタビューを読んだんです。バルーン時代にはなかったものを入れようとして全編リリースカットピアノを使ったという。そこの要素はリスペクトとして入れてますね。
──聴いた印象では、原曲の持ってるいい意味でのえぐみや刺々しさを失わないまま、それをうまくグルーヴにしているカバーという感じがしました。もし原曲を知らなかったら、なとりの新曲と言われても信じる人がいるかもしれない。
須田 そのくらい違和感がなかったんです。キャリア的には先輩後輩になっちゃうからプレッシャーもあっただろうし、めっちゃ考えてくれたんだろうなと感じてありがたかったです。
須田景凪、目の前でファンに裏切られる
──対バンライブ「MINGLE」をやってみての感想はいかがですか?
なとり 純粋に楽しかったです。僕は対バン自体が初めてで、最初は不安だったんですね。でも、須田さんファンの方もちゃんと歌って盛り上がってくれて、温かい気持ちになれたし。あと、MCで「須田さんをぶっつぶす勢いでやります!」と言えたのは、怖かったけどすごく楽しかったです。あれは対バンでしか言えないことなんで。
須田 そのとき僕はちょうどフロアの一番後ろ、リスナーの方々と同じ位置でライブを観てたんですよ。そしたら僕のコアなグッズを身に着けてるリスナーの方が、なとりくんが「ぶっつぶす」って言ったときに誰よりも喜んでて。目の前で裏切られた瞬間だった(笑)。めっちゃ面白かったですね。「自分もがんばろう」って、喝を入れてもらいました。
──須田さんとしては「MINGLE」を開催してみてどうでしたか?
須田 シンプルに「やってよかったな」というのがありますね。自分も対バンの主催は初めてで、誰かをお招きすることの不安もあったし、なとりにとっては初めての対バンだということも知ってたんで。自分も初めて誰かと対バンをするときにめっちゃ考えたんですよ。「そこにいる全員をちゃんとハッピーな気分にできるか」というプレッシャーもあったし。初めての対バンという、人生に一度しかない機会をいただくわけだから、それをこちらが背負う必要もあると思った。なとりのファンの方に「初めての対バンが須田景凪でよかった」とちゃんと思わせられるライブにできるだろうか、という不安もすごくあって。でも、ライブをして、アンコールで「雨とペトラ」を一緒にやらせてもらったら、なとりのリスナー、須田景凪のリスナー、ちゃんと全員が喜んでくれていたので安心しました。
──アンコールで「雨とペトラ」を一緒に歌った感想は?
なとり 感慨深かったです。対バン全編を通して思ってたんですけど、学生時代にめちゃくちゃ聴いてた人と同じイベントで一緒に歌えて、お互い愛を伝え合うことができる。そういうステージに立ててるんだ、という気持ちにもなりました。「雨とペトラ」もずっとカラオケで歌ってたんで、あの曲をご本人と一緒に歌えたのはファン冥利に尽きるというか。いちファンのマインドなんで、同じ舞台に立つことができてすごく幸せでした。
須田 一緒にやるにあたって、歌い分けをちゃんと作ったんですよ。例えば、1サビはなとりが歌って、そのパートでは自分はギターを弾くことに徹した。ギターを弾いている横で友達が自分の曲を歌ってくれる。そして、それを両アーティストのリスナーが聴いて盛り上がってくれる。それは自分としても感慨深かったですし、シンプルにうれしかったですね。
──「MINGLE」は異種格闘技戦の面白さというより、全員が同じ文化で育って同じ美学を共有している者同士だということがちゃんと伝わる場になったんじゃないかと思います。ヒトリエ、須田景凪、なとりと、ネットに音楽を発表し始めた年代は違うけれども、1つの同じ流れの中にいるアーティストが集まった。そういうことを作り手もリスナーも共有してるからこそ温かい場になったのではないでしょうか。
須田 そうですね。自分が「MINGLE」で誰をお招きするかと考えたときに、まったく違うカルチャーの方と一緒にやるつもりはあまりなくて。周りから見ても自分たちから見てもしっかり接点や受け継がれるものがあって、ちゃんと交われる場にしたいという考えがありましたね。
──では最後に、それぞれお互いへのエールやこの先への期待を聞かせてください。
なとり もう「一生曲を作り続けてください」くらいしかないです。俺が言わなくても一生カッコいい人でいてくれる方なんで。いちファンとして活動をずっと楽しみにしてます。
須田 僕は、なとりのことを後輩だと思ってなくて。シンプルに友達だし、尊敬するミュージシャンなんです。「Overdose」「エウレカ」「絶対零度」「糸電話」「IN_MY_HEAD」……と、新曲が出るたびにマジでちゃんと嫉妬してるんですよ。「またカッコいい曲が出た」って。自分にないものをいっぱい持っているから、そこがうらやましくもあるし、負けないようにしなきゃとも思いますね。同時に、自分も新曲を出すたびに相手を嫉妬させたい。それはアーティストとして健全なマインドだと僕は思うんです。これからもそう思える友達でいてもらえたらうれしいです。
なとり がんばります!
プロフィール
須田景凪(スダケイナ)
2013年より「バルーン」名義でニコニコ動画にてボカロPとしての活動を開始。代表曲「シャルル」はセルフカバーバージョンと合わせ、YouTubeでの再生数が1億回再生を突破。JOYSOUNDの2017年発売曲年間カラオケ総合ランキングで1位、年代別カラオケランキングのうち10代部門で3年連続1位を獲得した。2017年10月、自身の声で描いた楽曲を歌う「須田景凪」として活動を開始。2019年1月に初の音源集「teeter」、2021年2月にメジャー1stアルバム「Billow」を発表した。2024年12月にヒトリエをフィーチャリングアーティストに迎えた新曲「WOLF」をリリース。2025年4月19日に東京・日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)にてワンマンライブ「須田景凪 LIVE 2025 "花霞"」の開催を、春にバルーン名義での企画アルバム「Fall Apart」の発売を予定している。
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なとり
2021年5月より活動開始。2022年5月に投稿された楽曲「Overdose」はTikTok上の関連動画が60万本を超え、総再生回数も20億を突破している。同曲のYouTube再生回数は1億3000万回を突破。各アーティストによる“歌ってみた”動画も多数投稿され、大きな話題を呼んでいる。2023年はSpotifyブランドCMソング「フライデー・ナイト」をはじめとした配信シングルをリリース。12月に1stアルバム「劇場」を発表した。2024年3月に東京・Zepp Haneda(TOKYO)、4月に大阪・Zepp Osaka Baysideで1stワンマンライブを開催。4月にアニメ「WIND BREAKER」のオープニングテーマ「絶対零度」を発表した。9月に映画「傲慢と善良」の主題歌「糸電話」を配信リリース。2025年5月より全国5都市を回るZeppツアーを、2026年2月に初の東京・日本武道館でのワンマンライブを開催する。