ナタリー PowerPush - 馬場俊英
暮らしの中で見つけた光 2枚組「馬場俊英 LP1」堂々完成
フィニッシュを最初から決めつけない
──アルバムには、馬場さんがすべての楽器を演奏した曲(「ころんで立ち上がるときの顔が好きだ」)も含まれてるんですよね。
はい。自分でドラムを叩いて、ベースやキーボードも演奏して。デモテープの段階だったら今までもやってたんですよ。レコーディングではミュージシャンに差し替えてもらうことも多かったんだけど、曲によってはそのままフィニッシュしてもいいんじゃないかな、と。そういう「全部自分でやる」という制約があったほうが面白いじゃないですか。スポーツだって、ルールがあるからこそ工夫が生まれて、そこで技が磨かれていくわけで。
──その楽器の専門家ではないからこそ、思わぬアイデアが生まれることもあるだろうし。
バンドもそうですよね。「ここでバイオリンの音を入れたい。本物のバイオリンは入れられないから、ほかの音でやってみよう」とか。それがバンドの個性にもなるし、新しいものが生まれるチャンスでもあると思うので。この制約もそういう面白さがあったし……。最近、1人で全部の演奏をするシンガーソングライターって多いんですけど、ちょっとわかる気がするんですよね。音楽にはうまく説明できないことも多いと思うんですよ。「今のドラム、ちょっと違うんだけどな」と思って「こういうふうにしてほしい」って言うんだけど、いまいち伝わらないっていう。そういうときは、自分でやったほうが理に適ってますからね。自分の思ってることって、100%は伝わらないじゃないですか。でもそれは当たり前だし、お互いにのりしろを持って、その部分を楽しもうとするのが大事というか……。なんでもそうかもしれないですけどね。そんなふうにセッションを楽しめるときはそれでいいし、「自分の思った通りにならないとイヤだ」と思えば、そのときは自分でやるほうがいいだろうし。気分に合うやり方でできれば。
──実際、ミュージシャンと一緒にしっかりと作り上げた曲も収録されてますからね。
つまりフィニッシュを自分で最初から決めつけないということだと思います。きっちり作り込んだ曲もあるし、バーッとやった曲もあって、けっこうデコボコなんですけど、その1つひとつがトライなので。やってみないとわからないですからね。
どこにでもいる中年のおじさんが実はヒーロー
──アルバムのタイトル曲「キャンディー工場」は、どんなテーマで制作されたんですか?
「平凡」という曲の流れの中でできた曲なんですよね。ある平凡な街の中に工場があって、そこで作られたものが市民の皆さんに貢献しているっていう。「石ころ伝説」という曲もあるんですが、石ころというのはつまり、我々なんですよ。それを包み込むように「青空」という曲があって、その間に「預金通帳」みたいなリアルライフがある。それがアルバム全体の作りになってるんですよ。
──DISC 1のタイトルは「SIDE1 ~この街の石ころ」、DISC 2は「SIDE2 ~この街の青空」ですからね。
はい。あとね、「平凡」のジャケットで、須藤さんがヒーロー役をやってくれたんですけど、それもすごく大きなヒントになってますね。ヒーローの服を着たおじさんが、マントを付けて夕陽の中を走るっていう——その写真を撮ったときに「すごくいいな。最高だな」って思ったんです。どこにでもいる中年のおじさんが実はヒーローで、そういう人が街中にいる。そこに本質を見た気がしたというか、そこからアルバムの景色が広がっていったんですよ。須藤さんはどこにでもいるような人じゃないんですが(笑)。
──なるほど。それにしても須藤さん、よくヒーロー役をやってくれましたね……。
ホントですよね。最初は「あれは俺じゃない」って言ってたみたいだけど、最近はそれもどうでもよくなってきたみたいです(笑)。
──(笑)。“中年のヒーロー”というモチーフは確かに魅力ですよね。自分の仕事に対する意味を見失っている人も多いと思うのですが、「キャンディー工場」にはそういう人たちに対するメッセージも含まれてるんでしょうか?
うーん……。自分の目の届く範囲というか、一緒に仕事をしている人たち、ライブに来てくれるファンの人たちに向けているところはあると思います。僕の音楽を聴いてくれてる人は、僕と同世代というか、40代くらいの方が多いんですよね。今はホームページなどでやりとりができる環境になってますけど、ファンの方々のメッセージやコメントを見ていると、「この人はこんな感じの暮らしをしているのかな」ということが少しずつわかってくるんです。なんて言うか、「偉いな、すごいな」って思うんですよね、そういう人たちに対して。仕事も忙しいし、家の中の仕事もたくさんあるのに、ライブに来てくれたり、ホームページにメッセージをくれたり、ラジオにリクエストしてくれたり……。そういうことって意外と面倒だし、エネルギー、パワーが必要じゃないですか。そういう人たちがこのCDを聴くだろうなという意識はありますね。顔が浮かぶというか。もちろん、それだけではありませんし、その他の多くの人たちにも届けたいと思ってますけど。
──まずは身近な人たちとしっかり交流したい、と。
普通に暮らしていく中で、大きな世界のことを考えることももちろんあるけれど、その前にやっぱり自分の生活圏のことが重要だし、例えばニュースを見ていても自分と共通項のある話題に興味を持ちますよね。病気を抱えてる人だったら、そういう(医療に関する)ニュースが気になるだろうし、子供がいる方もそうだろうし。基本は自分の周りのことですね。今のところ、歌の題材を探すために映画を観たり、小説を読むこともないですから。
キーポイントは暮らしの中にたくさんある
──個人的には「愛をあきらめないでくれ」も強く印象に残りました。「愛を諦めない」って、すごく大事なメッセージだなと。
「諦める」っていうと、「よし、やめよう」という大きい決断みたいな感じがするかもしれないけど、そうじゃなくてわりと些細なところに潜んでると思うんです。例えば誰かと2人でいるとき、相手に話しかけるとしますよね。「え?(なんて言った?)」「いや、だから……」「ええっ?」「いや、もういい」みたいなことって、よくあるじゃないですか(笑)。あと「ちょっとあとにしてくれ」とか、「今は話しかけるような感じじゃないな」ってことで流れていったり、ウヤムヤになったり。
──毎日ありますよ、それは。
僕もそういうところがあるんですよね(笑)。男女のことにしても、お互いに譲れないことあるとして、それを根本的に解決するのは難しいと思うんです。そんなに変わらないですからね、人間は。だから面倒なこともけっこうあるんだけど、そこで諦めたら終わりだし、工夫できるところはあるはずなんですよね。ファンの方のコメントにもそういう話があるんです。例えば「10代のときはパッと別れられるけど、この年齢になったらそうもいかない」っていう。だったら前向きに考えて、楽しさを見つけたり、うまく進んでいく工夫をすることが大事なのかな、と。お互いに補い合うっていうのかな。やっぱりキーポイントは暮らしの中にたくさんあると思いますね。
──アルバムのリリース後に行われる全国ツアーも楽しみです。
ありがとうございます。アルバムの収録曲を全部やるのは無理かもしれないけど、抜粋しながらできるだけやりたいですね。準備はこれからなんですけど、バンドのメンバーも変わるし、いろいろとトライの多いツアーになるんじゃないかなって。
──アルバムの制作スタイルもそうですけど、新しい風を求めている時期なのかもしれないですね。
そうですね、まさに。アルバムを10枚作ってきて、「ここからどんな音楽をやっていこうか」という最初の一歩であり、新しいスタートだと思ってるんですよ。須藤さんと2年間一緒にやってきて、「自由にやったらいいよ」って散々言われたんですよね。自由にやれと言われても急にすぐには何をやればいいかわからないし、それはもう、実際に曲を作りながら確かめるしかないんですけどね。でも、10曲、20曲と作っていく中で、以前とは考え方が変わってきたし、本当にいい経験をさせてもらったと思っています。「そういえば高校生のときってこういうことを考えてたな」って思い出したり、「いつの間にか形にこだわってたな」と気付くこともあって。これからにつながっていくアルバムになったと思いますね。
- ニューアルバム「馬場俊英 LP1~キャンディー工場」/ 2013年10月9日発売 / Warner Music Japan
- 初回限定盤[CD2枚組+DVD] 3465円 / WPZL-30728~30
- 通常盤[CD2枚組] 3150円 / WPCL-11621~2
CD収録曲
SIDE1 ~この街の石ころ
- FACTORY TOURにようこそ
- キャンディー工場
- 石ころ伝説
- 昭和生まれの星屑野郎
- ギザ10
- ラーメンの歌
- 誰がために金は成る
- 預金通帳の歌
- 吊り橋
- じんぎなきたたかい真夏編
- オレたちに明日はない
- 弱い虫
- オオカミの歌
- 敗者復活の街
- 石ころ2013
SIDE2 ~この街の青空
- 青空
- 平凡
- 先生、この頃なにか変なんです
- 野蛮人になって
- HALF
- ありそでなさそ
- 幸せのウェイティングリスト
- 駄菓子屋
- 愛をあきらめないでくれ
- 犬はライオンになりたくない
- ころんで立ち上がるときの顔が好きだ
- アシスタントは見た、ころんで立ち上がる瞬間
- 昨日のジョー
- お隣はオーディナリー製作所
- スーパーオーディナリー
- CANDY FACTORYよ永遠に(Reprise)
初回限定盤DVD収録内容
- レコーディングドキュメントDVD「Once upon a time in Japan」
馬場俊英(ばばとしひで)
1967年埼玉県生まれの男性シンガーソングライター。1996年にメジャーデビューし、2001年より自主レーベルでの活動に移行。ライブ活動を中心とした地道な活動が実を結び、2005年に再びメジャーシーンに復帰する。2007年にはNHK紅白歌合戦に出場し、「スタートライン~新しい風」を歌唱。デビュー15周年を迎えた2011年、音楽プロデューサーの須藤晃と出会い、タッグを組んで制作活動をスタートさせる。2013年5月には、キャリア初のオールタイムベストアルバム「BABA TOSHIHIDE ALL TIME BEST 1996-2013 ~ロードショーのあのメロディ」をリリース。同年10月には、ミニアルバム「馬場俊英 EP」3作をまとめた2枚組アルバム「馬場俊英 LP1~キャンディー工場」を発表する。