ナタリー PowerPush - 馬場俊英
暮らしの中で見つけた光 2枚組「馬場俊英 LP1」堂々完成
デビューから18年目を迎えた馬場俊英は、このアルバムとともに新たなスタートを切ることになるだろう。
前作以来、約2年半ぶりとなるオリジナルアルバム「馬場俊英 LP1~キャンディー工場」。昨年発表されたEP1~3の収録曲に加え、新たにスタジオレコーディングされた曲、馬場がすべての楽曲を演奏し多重録音した楽曲などが収められた本作は、彼の音楽が新しい境地に達したことをはっきりと告げている。日本に暮らす市井の人々の生活に寄り添いながら、ロックミュージックとしてのカッコよさはまったく失われていない——こんな音楽を生み出せるミュージシャンは、馬場俊英以外にはいないと思う。
取材・文 / 森朋之 撮影 / 佐藤類
アーティストが乗ってる時期に出てくる2枚組アルバム
──オリジナルアルバムは「HEARTBEAT RUSH」以来、約2年半ぶりですね。
ちょっとひさしぶりですよね。「HEARTBEAT RUSH」が2011年で、EPシリーズが2012年なので、年に1枚くらいのペースなのかな。今回のアルバムはEPシリーズをまとめたところもあるので、ちょっとボリュームがあるんですけど。
──2枚組のオリジナルアルバムって、最近は少ないですよね。
そうですね(笑)。2枚組っていうと、The Beatlesのホワイトアルバム(「The Beatles」)、(エリック・)クラプトン(Derek and the Dominos)の「いとしのレイラ」とか、思い入れのある作品が多いんですよね。ブルース・スプリングスティーンの「The River」もそうですけど、(アーティストが)乗ってる時期に出てくる感じもあって。
──確かに。ということは、馬場さんも好調ということですよね?
(笑)。最初は「EPシリーズをまとめながら10曲入りくらいのアルバムにしよう」と思ってたんですよ。でも、新しい曲を作ってるうちに「1枚では収まらないな」ということが途中でわかって。「これを入れないのはもったいない」と思って2枚組になったんです。
──プロデューサーの須藤晃さんと本格的にタッグを組んだのも、EPシリーズからですよね。2011年には尾崎豊さんの「僕が僕であるために」のカバーを須藤さんのプロデュースでやっていますが、どんな経緯でオリジナル曲を制作することになったんですか?
えーと、「また一緒にやろう」っていう会話は特になかったんですけどね。定期的に会って話をしているうちに、曲のアイデアが生まれたり。そこは自然な流れだったと思います。
──人としての相性も合ったんでしょうね。
そうですね。お互いの活動もあるから、しばらく連絡を取らないこともあるんですよ。でも、会ったときは「こんなことがあって……」って、いろいろ話をするんですよね。須藤さんの旅行の話だったり、僕のほうからは「ライブでこんなことを思ったんですけど」という話をしたり。まあ、世間話ですよね。
──そういう何気ない会話から楽曲のアイデアが生まれる、と。
お互いに意外とシャイだから、その場では話さなかったりするんですよ。あとになって、「あのときに思ったんだけど、こういう曲はどうかな……?」「あ、そうなんですか」というやり取りをしたり(笑)。もうちょっと近道をして、自分から「こんな曲を作ってみたい」ということもありますけどね。
「お金のことってすごく歌いにくいよね」
──最初に話すのは歌詞のことなんですか?
ほとんど歌詞のことですね。サウンド的なことは僕のほうで引き受けてるところがあるので、(須藤さんと話すのは)歌う内容、テーマのことが多いです。アルバムの中に「預金通帳の歌」という曲があるんですけど、それも「お金のことってすごく歌いにくいよね」という話から始まったんですよ。The Beatlesに「Taxman」という曲があって、税金のことを歌ってるんですけど、ああいうテーマってさじ加減がすごく難しいんじゃないかなって。お金の話というのは誰にでもついて回るものですが、歌にするとどうしても下品な感じになってしまうというか。そこはチャレンジでしたね。
──確かにお金のことって、生きていく上でもっとも大事なことの1つなのに、なかなか歌にはなりづらいですよね。
そうですね。生活に直結しているし、将来の不安なんかもそこにつながってるので。須藤さんと2人で作ってなかったらやらなかったかもしれないです。半分は須藤さんのせいにできるじゃないですか、冗談じゃなく。あと須藤さんが言ってたのは、「キラキラした場所から誰かが『お金なんてなくてもいい』って歌っても、たいていの場合、聴いてる人は『お前はそれでいいよ』って思う。でも、馬場くんが歌ってもそうは思われないんじゃないか」って(笑)。
──(笑)。もっとも生活に密着したテーマをカッコいいロックと結び付けるのも、馬場さんの特長だと思います。「犬はライオンになりたくない」もまさにそうですよね。旦那の実家に行って、姑に気を遣って……みたいな内容の歌を、スピード感のあるロックンロールに仕上げていて。
ありがとうございます。今回のアルバムを作っていく過程には、“かき混ぜる”みたいな感じがあったんですよね。今年でデビューから18年目なんでけど、アルバムを10枚作ってきた中で、ちょっとずつセオリーみたいなものが増えてきたと思うんです。自分はこういうアーティストイメージで、こんな歌を歌って……という。それはいいことでもあるんですけど、このあたりで1回全部をかき混ぜてみたかったんですよ。昔、お風呂を沸かしたときに、お湯をかき混ぜたじゃないですか。
──熱いところと冷たいところを混ぜて、お湯が均等の温度になるように。
そうそう。しっかりかき混ぜることで、新しい何かが出てくるような気もしたし。歌詞に関しても、そういうことがずいぶんありました。あと、今回のアルバムには「未完成」というキーワードもあったんですよ。何を持って完成か?っていうのは、実はないんですよね。今までは「これくらい時間をかけて作って、これくらいの人数の人が『いいね』と言えば完成」みたいな感じもあったんですが、今回はそういうことも決めないでやってみよう、と。例えば1日で全部仕上げた曲があったとして、今までだったら「もうちょっと吟味して丁寧にやろうよ」ということになったと思うんですね。この段階で完成というのは抵抗があるなっていう。でも、このアルバムを作っていく中で少しずつ気持ちが変わってきて。
- ニューアルバム「馬場俊英 LP1~キャンディー工場」/ 2013年10月9日発売 / Warner Music Japan
- 初回限定盤[CD2枚組+DVD] 3465円 / WPZL-30728~30
- 通常盤[CD2枚組] 3150円 / WPCL-11621~2
CD収録曲
SIDE1 ~この街の石ころ
- FACTORY TOURにようこそ
- キャンディー工場
- 石ころ伝説
- 昭和生まれの星屑野郎
- ギザ10
- ラーメンの歌
- 誰がために金は成る
- 預金通帳の歌
- 吊り橋
- じんぎなきたたかい真夏編
- オレたちに明日はない
- 弱い虫
- オオカミの歌
- 敗者復活の街
- 石ころ2013
SIDE2 ~この街の青空
- 青空
- 平凡
- 先生、この頃なにか変なんです
- 野蛮人になって
- HALF
- ありそでなさそ
- 幸せのウェイティングリスト
- 駄菓子屋
- 愛をあきらめないでくれ
- 犬はライオンになりたくない
- ころんで立ち上がるときの顔が好きだ
- アシスタントは見た、ころんで立ち上がる瞬間
- 昨日のジョー
- お隣はオーディナリー製作所
- スーパーオーディナリー
- CANDY FACTORYよ永遠に(Reprise)
初回限定盤DVD収録内容
- レコーディングドキュメントDVD「Once upon a time in Japan」
馬場俊英(ばばとしひで)
1967年埼玉県生まれの男性シンガーソングライター。1996年にメジャーデビューし、2001年より自主レーベルでの活動に移行。ライブ活動を中心とした地道な活動が実を結び、2005年に再びメジャーシーンに復帰する。2007年にはNHK紅白歌合戦に出場し、「スタートライン~新しい風」を歌唱。デビュー15周年を迎えた2011年、音楽プロデューサーの須藤晃と出会い、タッグを組んで制作活動をスタートさせる。2013年5月には、キャリア初のオールタイムベストアルバム「BABA TOSHIHIDE ALL TIME BEST 1996-2013 ~ロードショーのあのメロディ」をリリース。同年10月には、ミニアルバム「馬場俊英 EP」3作をまとめた2枚組アルバム「馬場俊英 LP1~キャンディー工場」を発表する。