麻倉もも インタビュー|自分のやりたいことをやりたいように──自由に音楽を楽しんだ3rdアルバム「Apiacere」 (2/3)

クマの老夫婦の温かな物語

──5曲目の「フラワーズ」は、ボカロPのけんたあろはさんが作詞・作曲・編曲を手がけたミディアムテンポのエレクトロポップです。麻倉さんはミディアムテンポの曲を今までもたくさん歌ってきましたが、トラックにしてもボーカルにしてもメランコリックでありつつ軽やかでもあり、とても新鮮に聞こえました。

うれしい。けんたあろはさんには何曲か作っていただいて、アップテンポの曲もあったんですけど、この「フラワーズ」は「これ、私が歌ったらどうなるんだろう?」という興味がすごく湧いたんですよ。私のイメージでは絵本の世界の曲というか、登場人物は人間じゃなくて、クマの老夫婦みたいな。

──その発想はありませんでした。僕は普通に人間のカップルの話かと。

本当ですか? でも、私がいろんな人にそれを話しても「えっ? 全然そんなふうに思わなかった」と言われるので、私だけがそう考えているのかもしれない(笑)。

──クマだと思って改めて聴いてみます。あと、この曲は一人称が「ぼく」なんですよね。麻倉さんとしては珍しいというか、「僕だけに見える星」以来、2度目でしょうか。

そうですね。ただ、私の中では主人公はクマさんだったので、男性としての「ぼく」というよりはマスコットキャラクターとかぬいぐるみの感覚だったんですよ。なので特に違和感なく、今言ったように絵本の中にいるようなイメージで歌えました。クマの老夫婦が過去を振り返りつつ、最後は「一緒にいようね」みたいな、温かい気持ちで。

──ボーカルは静かにエモーショナルといいますか、1コーラス目から2コーラス目にかけて徐々に気持ちが乗ってくるようなグラデーションの付け方も見事です。

ありがとうございます。私としては、もっとかわいい声で淡々と歌うというプランを持ってレコーディングに臨んだんですけど、現場でディレクターさんと相談しまして。おっしゃる通り感情のグラデーションを付けたりしたほうがバックの音とも合うんじゃないかということになり、ガラッと歌い方を変えたんですよ。あと、この曲はコーラスもがんばったので……。

──サビなどは声を重ねてセルフデュエットみたいになっていますよね。それもあって、じんわり染みてくる感じもあります。

うんうん、聴けば聴くほど染みてくるような。主旋とコーラスの割合が半々ぐらいの感じで、録る分量も多かったんですけど、それがこの曲のすごく大事な要素になってもいるので、耳を澄ませて聴いてほしいです。

──続く6曲目は先ほど言及した「僕だけに見える星」で、少し脱線しますが、僕は個人的にこの「僕だけに見える星」や「スマッシュ・ドロップ」(2019年5月発売の6thシングル表題曲)におけるセンチメンタルなロングトーンが好きなんですよ。

ええー!

──いきなりそんなこと言われても……という感じだと思いますが、麻倉さんが好きな麻倉さんのボーカルって、あります?

ああー、難しいですね……でも、パッと思い浮かんだのは「Agapanthus」です。「こういう声の出し方をしたら、こんなふうに聞こえるんだ?」というのが知れた曲でもありますし、この曲を歌ってから、例えば「あしあと」とか、いろんなところでウィスパー気味のボーカルを試すようになって。できあがった曲を聴いても「ウィスパーボイスって、意外と心地いいな」と気付いたり。あと、「Agapanthus」はサビも伸びやかで気持ちいいので、今思い付く限りでは一番好きなボーカルかなと思います。

失恋の歌のほうが歌っていて楽しいかもしれない

──7曲目「monologue」は月丘りあ子さん作詞、Agasa.Kさん作曲、岸田勇気さん編曲のオーセンティックなバラードです。月丘さんは「365×LOVE」と、アルバム「Agapanthus」に収録された「秘密のアフレイド」および「Shake it up!」の作詞をされた方ですが、ここではなかなかヘビーな失恋を描いていますね。

「monologue」は、まずいくつかあったバラード候補曲の中から私がこの曲を選んで、何回も聴いて、そこで思い浮かんだストーリーを歌詞にしていただきました。ストーリーといっても、プロットみたいな形なんですけど。

──この歌詞の原案は麻倉さんだったんですね。ざっくり言うと、自分の好きな人が自分以外の人と結ばれてしまい、とても悲しいが祝福したいという歌詞ですよね?

そうです。私の考えたストーリーは、主人公の女の子は近所に住む幼馴染みのお兄ちゃんのことがずっと大好きだったけど、思いを伝えることができなくて。そのお兄ちゃんが、自分の実の姉と結婚することになるという。

──僕が思っていたより数倍ヘビーでした。好きだった人が義理の兄になってしまうとは。

そうなりますね(笑)。でも、主人公は幼馴染みのお兄ちゃんも自分のお姉ちゃんもどっちも好きだから、好きな人同士の結婚なんですよ。だからこそ余計につらい部分もあるけれど、決して後ろ向きな曲じゃなくて、自分の中で決着を付けて笑顔で送り出すみたいな。少女マンガには自分の大事な人同士がくっつくというシチュエーションはけっこうありがちで、私はそういう境遇の子に感情移入してしまうというか、つい応援したくなってしまうんです。なので、レコーディングではすごく楽しく歌えました。

──麻倉さんは悲しい恋の歌も歌ってきていますが、例えば虚無的な「さよなら観覧車」(シングル「365×LOVE」カップリング曲)とも、ウェットな「今すぐに」(アルバム「Agapanthus」収録曲)とも違う、絶妙なテンションだと思いました。

確かに、サビとかは感情的になるけれど、悲痛な感じにならないように気を付けていましたね。最終的には心から「おめでとう」と言えるような子を想像していたので、終盤にかけては笑顔が見える歌になったらいいなと。

──先ほど「楽しく歌えました」とおっしゃいましたが、ハッピーなラブソングよりも失恋の歌のほうが実は歌っていて楽しいとか、そういうところはありますか?

ああ、そうですね。曲調自体も切ないバラード系が好きですし、悲しい気持ち、つまり負の感情のほうが爆発力が出やすいというか。逆に言うと、私は「楽しい」という気持ちを歌に乗せることに難しさを感じてしまう場面がたまにあるんですよ。だから感情を込めやすいという意味では、失恋の歌のほうが歌っていて楽しいかもしれないですね。