ナタリー PowerPush - 相川七瀬
彼女が変化した“必然的”理由
子供ができる前の私は怖いものが何もなかった
──収録されている全10曲を眺めてみて改めて感じることって何かありますか?
心の波風があんまり立っていない状況で書いてる歌詞が多いなあって思います。自分の精神状態がブレてるときって、傷付いている主人公を書く傾向があるんだけど、今回はまったくそうじゃないというか。妊娠してた時期だったのも関係してるのかな。
──あ、その時期に制作していたんですね。
そうです。レコーディングも全部、妊娠してるときにやりました。だからすごく落ち着いていたのかもしれないですね。ボーカルに関しても普段とは全然違うと思う。
──それぞれの曲のメッセージには、母親でもある相川さんだからこそ出せる説得力が満ちているような気もしますね。
子供ができる前の私は怖いものが何もなかったんですよ。守るものが何もなかったから、究極、死ぬのも怖くなかった。でも子供ができてからは、私が死んだらこの子はどうなるんだろうとかね、そういうことを考えるようになって、逆にすべてが怖くなってしまったりもして。でもそういう中で、守るべきものがあるからこそ生まれる本当の強さみたいなものは徐々に蓄えられてきたと思うんです。それが震災という出来事によってストンと自分のものになって、曲にすることができたんだと思いますね。
「ことのは」は間違いなく自分のターニングポイントに
──収録曲の中で、最初にできた曲が「ことのは」だそうですね。ほぼひらがなで書かれている歌詞が夢の中で出てきたとか。
寝てるときにふっと歌詞が頭の中に流れてきて。それが今までの自分が書いたことのないタイプの言葉遣いだったんで、サッと起きてメモしておいたんです。ただ、その歌詞にメロディを付けるのはかなり難しいだろうなと思ったんですよ。
──確かに。普通の歌詞とはちょっと趣が違いますからね。
そうですね。でも、そこで前に一度、一緒に曲を作ったことのあった池田綾子さんのことがパッと浮かんだんで歌詞を渡したら、すぐにメロディを付けてくれて。自分の深い部分から無意識に出てきた歌詞もそうだし、そこに池田さんがパッとメロディを付けてくれたこともそうだし、すごく運命的な感じがした1曲でしたね。自分の歴史の中でターニングポイントになった曲っていうのはいろいろあるんですけど、これも間違いなくそういう意味合いが出てくるだろうなって思います。
──本作はサウンドの変化に伴って、歌声でもこれまでにない表情がたくさん楽しめるんですけど、特にこの「ことのは」の声が印象的だったんですよね。どこか子供のような、無垢な声が曲の雰囲気にすごくマッチしていて。
今までの私はずっと、力を入れたシャウトに近い歌い方をしてきたので、力を抜いて歌うことがなかなかできないという壁にぶつかったこともあったんですよ。それを克服するために自分なりにトレーニングをしたこともあったんですけど、ここにきてその成果がボーカルに表れるようになったとは思いますね。同時に、今回は丁寧に歌うことをすごく大切にしたので、詞の中に込めた感情がより声色に出てるんじゃないかなと思います。あとは、この「ことのは」に関してはライブで歌い込んでからのレコーディングだったので、完全に歌が自分のものになってたんです。それが声色にも関係したのかもしれないですね。
──ライブでの反応って、どんな感じでした?
最初にやったのは2011年の8月、鹿島スタジアムでの復興ライブだったんですけど、自分としては特殊なタイプの歌詞を持つ曲だからどうなのかなっていう不安もあったんですね。でも、年齢問わず、皆さんに喜んでいただくことができて。コアなファンだけが喜んでくれればいいとか、そういうことではなく、ある種、ターゲット層を全く考えずに書いた曲でもあったので、それがすごくうれしかったし、このアルバムを作っていく励みにもなりましたね。
──今までのファンからの反応もありました?
今までのファンの人たちはね、「相川七瀬が今度はもののけ姫みたいな曲書いてるよ」みたいな感じで反応してくれていて(笑)。早く歌詞が見たい、早く音源にしてほしいってみんな言ってくれてましたよ。
──ああ、それはすごくいい反応ですね。歌詞やサウンドの変化に戸惑ったり反発する人たちも出てきちゃうんじゃないかなと思ったりもしたんですけど。
なんかね、そう思われたらどうしよう、怖いなっていう考えはもう全くないんですよ。織田さんから離れた10年間くらいはまさにそういう思いに縛られてきた期間だったんだけど、そこからきれいに抜け出せたというか。「夢見る少女じゃいられない」を歌う相川七瀬も私だし、このアルバムの曲たちを歌うのも私。どっちも違いがないっていう自信が出たんでしょうね。
日本の良さを改めて感じるようになった
──「ことのは」もそうですけど、今回は“和”のテイストが随所に散りばめられているのも面白かったです。そこでも相川さんのイメージを覆されたというか。
20代の頃なんかはロンドンとかね、ヨーロッパのほうに目が向いていて、そこから吸収したものを放出してきたんだけど、30代に入ってからは日本の良さを改めて感じるようになって、日本中を旅することが多くなったんですよ。そこで出会ったいろんな歴史みたいな部分が、今回のアルバムでは炸裂しましたね(笑)。
──「ヒカリノミ」の歌詞は知床半島の森の中で浮かんだそうですが。
そういう場所に行くと歌詞を書こうかなって気になるし、言葉が自然と出てくるんです。今まではハワイとか、リゾートに行って歌詞を書いてたんですけど(笑)、今は日本にある世界遺産とか、そういう場所で歌詞が浮かぶことが多いんですよね。
──「オトヒメ」の歌詞は大和言葉を使った独特なものになっています。これってちゃんとした知識がないと書けないですよね。
そうですね、書けないですよね(笑)。好きなんですよ、ああいう世界が。「オトヒメ」は日本の悠久の世界を書いてるから、神社関係の人には喜ばれる1曲だと思いますけど(笑)。
──あははは(笑)。全部がカタカナで書かれているから、聴き方によっていろんな意味に取れるんですよね。タイトルの「オトヒメ」も“音の姫”っていう聴き方もできるし……。
“音を秘める”とも取れますよね。“カミムスビ”の“カミ”は“神”でもあるし、“火”と“水”っていう意味もあったり。けっこう言葉遊びをしてます。
収録曲
- ヒカリノミ
- カレイドスコープ
- Butterfly
- オトヒメ
- 花のように
- 誰かのためになら
- A message
- ことのは
- Hello
- あっというま
相川七瀬 (あいかわななせ)
1995年「夢見る少女じゃいられない」でデビューして以来、現在までのCDトータルセールスは1200万枚を超えている。毎年7月7日には、「七瀬の日」と題したライブをSHIBUYA-AXで8年連続で実施中。また、音楽活動以外にも処女小説「ダリア」を上梓するなど、活躍の幅を多方面に広げている。デビュー15周年となる2010年には、ベストアルバム「ROCK or DIE」をリリース。その翌年には、新プロジェクトとして「Rockstar Steady」というバンドを結成。2012年9月に第3子を出産。2013年2月6日には”相川七瀬”としては、4年ぶりとなるアルバム「今事記」をリリースする。