ナタリー PowerPush - 相川七瀬

彼女が変化した“必然的”理由

相川七瀬が約4年ぶりにリリースするニューアルバム「今事記」(こんじき)。そこには、柔らかで温かいサウンドスケープの中で生きるということに向き合い、大きな愛を歌う彼女の姿がある。それはロックシンガーとして鋭い言葉を放ってきたこれまでのイメージからすると、衝撃的なほどの大きな変化。果たして彼女の中で何が起こったのか。インタビューを通してその真意をひも解いていくと、聴き手を納得させる“必然”が浮かび上がってきた——。

取材・文 / もりひでゆき インタビュー撮影 / 井出眞諭

震災を経て、自分の中からどんどん湧き上がってくる言葉があった

──約4年ぶりのアルバム「今事記」は、歌詞もサウンドもこれまでの相川さんのイメージを良い意味で裏切る内容になっています。まずは、本作がどのようなきっかけで生まれたのかを教えてください。

相川七瀬

2011年の震災以降、被災地に呼んでいただいたり、チャリティライブで歌わせていただく機会がすごく増えたんですよ。そのときに、自分が作ってきた今までの曲は観ている人を盛り上げることはできたとしても、そういう大変な状況に置かれた人たちに寄り添うことはできないんじゃないかなって思ってしまったんです。「夢見る少女じゃいられない」を歌えばすごく盛り上がりはするけど、そこでそれを歌うのは自分としてちょっと違うなと思ったというか。そういう気持ちをきっかけに、今の私が伝えられるものを曲として歌っていくのがいいんじゃないかなと思うようになったんです。元々はガールズバンドのプロジェクト(Rockstar Steady)の2枚目を作る予定だったんですけど、そういう気持ちの変化の中で「ことのは」や「ヒカリノミ」という曲ができていったことで、じゃあこれを1枚にまとめてみようということになって。

──生きることの意味や大きな愛を描いた曲たちで編まれた本作が生まれたのは、ある種、必然でもあったわけですね。

震災を機にこれ以上ないというくらい深いことを考えた時期でしたから。これまで自分で書いてきた単純なラブソングのような、一対一の好きだ嫌いだっていうことを超えた次元のことを考えざるを得なかった3.11でしたから。だからこそ、そのレベルで出てくる言葉を絶対に残しておきたかった。最終的には自分で書いた歌詞も、アコースティックっぽい雰囲気のある音も普遍的なものになったと思いますね。

──どの曲にも相川さんのリアルな強い思いが詰め込まれている気がします。

そうですね。私はデビューから織田(哲郎)さんと一緒に曲作りをやってきたんですけど、途中で織田さんの手を離れて自分で自分をプロデュースするようになっていって。そうなったときに私は過去の自分のイメージをがんばって作るようになってしまい、だからこそリアルじゃない部分も出てきてしまっていたんだと思うんです。でも、震災という出来事を経たときに、自分の中からどんどん湧き上がってくる言葉というものがあったから、それを軸に音楽を作っていけば今のリアルが出せるなってすごく思ったというか。言葉がまずあって、そこに音を付けていくという作り方を、40歳目前というタイミングにやってみてもいいのかなって思えたんです。

サウンド的なロックではなく、精神的なロック観を見せていく

──そういう作り方をしたからこそ、サウンド面でもこれまでのイメージに引っ張られずに済んだんでしょうね。

そうだと思います。自分自身、ロックというものにとらわれすぎてしまって、自由に曲が作れないモードになってしまっていたこともあったんですけど、詞があってこそのメロディだし、サウンドだなって改めて思えましたからね。しかも、今回は自分の中からすんなり出てきた歌詞だけを書き留めて、そこにすんなりメロディが乗ったものだけを録音するようにしたんですよ。ムリしてひねり出したものはあまり良くないなと思ったので。

──ああ、それはすごく納得。すべての曲において、歌詞とメロディ、サウンドが自然に寄り添っていると思います。

お互いにすんなり出てきたもののほうがシンクロしますからね。それを今回は特に大事にしました。1年近い時間をかけてゆっくりゆっくり急がず慌てず、曲に対して向き合ってこれたのもすごくいい経験だったと思いますね。

──アレンジに関して、相川さんからイメージを伝えたりはしたんですか?

プロデューサーには、何年経っても古くならない音作りをしてほしいっていうリクエストはしましたね。普遍的にずっと歌えるものにしたいなあっていう思いがあったから。それ以外は特になかったかな。イメージを伝えることで、それが縛りになっちゃうのもイヤだったから。結果的に、こうなったらいいなって思っていたアレンジになりましたね、全部が。今までのロックなイメージよりこのアルバムを聴くとバラードが多いなっていう印象だろうし、歌詞にも攻撃的な言葉がないので今までと違うなって思われるのは当然だと思うんですよ。でも今回は自分の精神的な部分のロック観がすごく出てるから、それがすごくいいなって思うんですよね。

──なるほど。そういう意味では本作もロックなアルバムであると。

うん。エレキギターが鳴ってるからロックだとか、そういうカテゴリーって今はもうないと思うんですよ。大事なのは自分がどう生きていくかってことだけなんで。だからサウンド的にロックを表現するのではなく、言葉とか考え方で自分のロック観を見せていくのもいいのかなって。そういう部分ではすごく自由になった気がしますね。

ニューアルバム「今事記」 / 2013年2月6日発売 / 3000円 / motorod / AVCD-32214
ニューアルバム「今事記」
収録曲
  1. ヒカリノミ
  2. カレイドスコープ
  3. Butterfly
  4. オトヒメ
  5. 花のように
  6. 誰かのためになら
  7. A message
  8. ことのは
  9. Hello
  10. あっというま
相川七瀬 (あいかわななせ)

1995年「夢見る少女じゃいられない」でデビューして以来、現在までのCDトータルセールスは1200万枚を超えている。毎年7月7日には、「七瀬の日」と題したライブをSHIBUYA-AXで8年連続で実施中。また、音楽活動以外にも処女小説「ダリア」を上梓するなど、活躍の幅を多方面に広げている。デビュー15周年となる2010年には、ベストアルバム「ROCK or DIE」をリリース。その翌年には、新プロジェクトとして「Rockstar Steady」というバンドを結成。2012年9月に第3子を出産。2013年2月6日には”相川七瀬”としては、4年ぶりとなるアルバム「今事記」をリリースする。