それぞれの音作りのこだわりは
──「歌にフォーカスする」「バンドサウンドもしっかりカッコいいものにする」という2つの軸がある中で、プレイヤーとしてはそれぞれどんなことを意識しましたか?
松本 ドラムのサウンドは、エンジニアさんやドラムテックさんと密にコミュニケーションを取りながら作っていきました。今回のEPには、疾走感あふれる曲と温かい曲の2種類があると思っていて。どちらも内包できて、ボーカルになじむサウンドにするために、スネアとかも木の素材のものを使って、あまり金属質の音が鳴らないようにしました。あと、これまでは音源を聴いて「ドラムがちょっとパンチに欠けるな」「勢いがパッケージングできてない」と感じることがあったので、それも相談させてもらって。レコーディングの段階で最終的な仕上がりをイメージしながら、ギターやベース、ボーカルが足されても負けないサウンドをしっかり作れたと思ってます。
石井 僕個人としては「ギタリストは目立ってナンボ」と思っているので、歌を立たせることとギターをどう両立するかという戦いが、自分の中にずっとあって。その中でエンジニアさんにアドバイスをもらいながら、すごく初歩的なことですけど、各楽器の譜割りを意識して、「ここに突っ込める一番カッコいい音は何か」と考えていきました。「Gazer」や「Happy」は特にそういうアプローチになっていると思います。ほかはあまり考えてないです。出せるところは全部出す(笑)。
仲川 「ゴースト」とか本当にすごいよね。
石井 そうだね。出しまくってます。
オギノ 僕はソングライターとして個性を出している分、ベーシストとしては“カメレオンタイプ”で。曲に合えばなんでもいいし、エンジニアさんのオススメはなんでも聴く。だけど今作に関しては、僕が書いた曲は1曲しか入っていないということもあり、ベーシストとしてのエゴを出していこうと思いました。一番こだわったのはレコーディングで使うベース。普段ライブで使っているリッケンバッカー4003Sを使用してることですね。界隈ではレコーディングに向いていないベースと言われているんですけど、そんな声はガン無視して、1曲を除いてこの1本で録りました。曲によってはエフェクターやアンプも普段のライブと同じものを使っています。
──なぜそうしたんですか?
オギノ SNSでエゴサをすると、「時速はライブのほうがカッコいい」という投稿を見かけることが多くて。裏を返すと、音源は微妙ってことかなと。もちろんライブハウスには音楽を聴くためのしっかりとした設備があるから、音圧もあってカッコいいとは思うんですけど。ライブで聴く音と音源で聴く音の乖離があまり生まれないようにしたかったんです。
スタジアムやホールで鳴ったときにカッコいい曲を目指した
──「Happy」のMVは今まで以上に再生数が伸びていますね。「ちゃんと伝わる作品にしたい」という思いがあった中で、手応えを感じているのでは?
仲川 そうですね。この曲はちょっと冒険したようなところがあったんですよ。さっきヒデアキが言っていたように、時速には疾走感と温かさという2つの強みがあって、この曲の制作は「両極端な2つの面をうまいこと、どちらも採れないだろうか」というところからスタートしました。だから疾走感を保ちつつも、テンポを上げすぎたくなかった。ライブハウスというよりは、スタジアムやホールで鳴ったときにカッコいい曲を目指しました。今までの時速と地続きだけどちょっと違うテイストの曲だし、MVで役者さんに出演していただいたのも初めてだったし、完成後は手応えもありつつ、どう受け入れられるだろうという不安も若干ありました。なので、たくさんの人に届いてすごくうれしいです。「俺たち、このまま思いっきりがんばっていいんだね」という自信になりました。
──歌詞についてはいかがですか。「幸福であれ」という一般的な価値観になじめない人に向けた曲のように感じました。「そんな日々の果てを睨むように話をしようぜ」という一節が印象的です。
仲川 「話をする」ということは、自分自身と小さな約束を積み重ねることだと思っていて。例えば「来週の『ONE PIECE』どうなるかな」とか「夜飯は何にしようかな」とか、未来に向けて自分と約束をした以上は死ねないわけじゃないですか。そうやって「ここで死にたくないな」という瞬間をつないでいくことが話をすることだとしたら、安易に言ってしまうと希望だけど……まあそうは言ったって、先をにらみながらじゃなきゃできないよな、と。別に自殺するわけじゃないけど、かといって楽観もしていない。だからこそ自分自身と話をしていかないと、という感じですかね。
──EPのラストを飾る「ゴースト」は、どんな思いで書いた曲ですか?
仲川 過去の誰かの営みが積み重なってできたアーカイブの中で、僕らは今をのうのうと生きているわけで。例えば今僕たちがいるこの部屋には日が差し込んでいて、「今日も晴れてて気持ちいいね」と思うけど、この穏やかさの裏に何人の無念があったのかわからない。でもたぶん、それらがなかったら穏やかな今はなかった……見えないけど確かに存在する、そういうものを幽霊に見立てて書いた曲ですね。同じように、今の僕らの生活が、未来の誰かの穏やかな日差しや、「また明日」と言って別れていく小学生の日常につながっていくんじゃないかと思います。最初は「Around i」と「Around you」でほかの曲を挟んで円環構造にするつもりだったんですが、「ゴースト」の圧が強すぎて、このあと何もできないなと。それに、どう聴いても「ゴースト」で終わるほうがきれいな気がして。リスナーとしての直感ですけど。
オギノ 「i」と「you」の円環から外れたもののタイトルが「ゴースト」って、すごくきれいだと思う。
──「ゴースト」のような、自分の死後や次の世代への思いが表れた曲が生まれたのはなぜでしょう。インタビュー前半で話していただいたような「もう自分たちだけのバンドではない」「リスナーの存在を力に変えながら活動している」という意識から出てきたのでしょうか?
仲川 「バンドをどう続けていくか」ということと向き合ったときに、「聴いてくれている人がいるって、ありがたいな」という気持ちがよりデカくなったので……意図的にこういう曲を書いたという側面も、自然とそっちに気持ちが行ったという側面もあります。書き終わった今、自分の感想は「そういうことも歌いたくなるよな」という感じですかね。
──来年以降はどのように活動していきたいと思っていますか?
オギノ ライブはバンドの魅力が出せる場所なので、引き続きメインに据えていきたいと思っています。一方で、学生時代からバンドを続けて今は社会人のメンバーもいる中で、制作はどうしても牛歩になりがち。だけど体制も変わりましたし、ライブをやりながら制作もしっかり進行していきたいです。その結果として、来年以降、何か花開くようなことがあればうれしいですね。
松本 今までは、ライブをやるターム、制作に取りかかるタームと二分化しがちだったんですけど、周りのスタッフさんのサポートもあって、両立できる環境が整いつつあります。今回のEPが最大火力だと仲川が言ってましたけど、2026年は、これを超える作品を作るための期間にしていきたいです。
石井 4人で楽器を持って、時にケンカもして……バンドなんてアナログなこと、時代にそぐわないなと思うんです。でも、だからこそ僕ら4人じゃないとできない音楽をもっと追求していきたいです。時速36kmがこの4人である理由を、より強くしていきたいと思っています。
仲川 今、シンプルにすごく楽しいんですよ。なぜ楽しいかというと、足並みがそろったことでいい予感みたいなものが生まれてきたから。来年以降も「これ、いけるんじゃない?」「だって俺らいいでしょ!」みたいな予感を積み重ねていけたら、楽しくやれるし、スピードも火力もどんどん出ると思ってます。「いいじゃん!」っていうこの感覚を、ずっと持ち続けていきたいですね。
プロフィール
時速36km(ジソクサンジュウロッキロ)
2016年に大学のサークル内で結成された、仲川慎之介(Vo, G)、オギノテツ(B, Throat)、松本ヒデアキ(Dr, Cho)、石井開(G, Cho)による東京・江古田発のロックバンド。2018年の1stミニアルバム「まだ俺になる前の俺に。」リリース以降、ライブハウスシーンに確かな存在感を示す。2023年には2ndミニアルバム「狂おしいほど透明な日々に」を発表。全国10カ所を巡るワンマンツアーを行い、ツアーファイナルの東京・Zepp Shinjuku(TOKYO)公演はソールドアウトを記録。2025年12月にEP「Around us」をリリースした。





