「82年生まれ、キム・ジヨン」特集|性別・世代問わず観るべき1本 / 和田彩花レビュー掲載「人々に“気づき”を与えてくれる」

韓国のベストセラー小説を映画化した「82年生まれ、キム・ジヨン」が10月9日に全国公開される。

チョ・ナムジュが2016年に発表した原作は、“韓国で1982年生まれの女性にもっとも多い”と言われる名前のジヨンを主人公とした物語。彼女の半生を通じて、社会における性差別、不平等、理不尽さが共感性あふれるエピソードとともに描き出される。

この特集では、女性をエンパワーメントする言葉を積極的に発信している和田彩花に映画の感想をつづってもらった。さらに本作の試写会で、さまざまな性別・世代の観客から集めたコメントも掲載。観る人によって響き方が違うはずだ。

文 / 金須晶子

和田彩花レビュー 「人々に“気づき”を与えてくれることを願って」

この物語は、育児や家事の苦労を露呈させるだけでなく、あらゆる女性が置かれている不自由、不平等を扱った物語です。だからこそ、今もなおどこかで闘っている女性の声を題材にした物語がこうして映画「82年生まれ、キム・ジヨン」となり、より多くの人に見てもらえることが嬉しいし、生きていく上で感じる違和感の原因がわからなかった少し前の自分を振り返ると、この物語が多くの人に気づきを与え、心を支えてくれるものになると感じました。

「82年生まれ、キム・ジヨン」

また、ジヨンと直接的な接点なく発せられていた言葉も印象的です。「ママ虫」という主婦に対する中傷や仕事で成功しても育児で失敗したらそこでおしまいという価値観、仕事を続ける女性に対して「男に生まれればよかった」など。人々が生きていく上で感じる不自由や不平等は、主人公の人生とは直接関係のない社会で口にされ、1つの価値観となっていくことがよくわかります。

「82年生まれ、キム・ジヨン」

物語では、産後うつや憑依という言葉がジヨンの苦しみを示していましたが、育児と家事の苦労、やりたいことへの諦めだけがジヨンを苦しませているのではないのでしょう。私たち社会が口にする言葉が誰かにとっての不自由や不平等を作り出し、苦しみとなってしまうことも、映画「82年生まれ、キム・ジヨン」から学べることの1つだと思いました。

和田彩花(ワダアヤカ)
1994年8月1日生まれ、群馬県出身。2009年4月にアイドルグループ・スマイレージ(のちに「アンジュルム」に改名)の初期メンバーに選出された。2019年6月18日に開催された卒業コンサートをもってアンジュルムおよびハロー!プロジェクトを卒業。同年8月にソロとして本格始動し、ソロコンサートを行うなど精力的に活動している。絵画や仏像に強い関心を寄せ、アイドル活動を続けるかたわら大学院で美術史を学んだ。また女性として、アイドルとしてのあり方を積極的に発信し続け、自身の公式サイトでは「私の未来は私が決める」とメッセージを掲げている。
注目される3つの理由

原作のヒット、映画化の苦難…逆風を受けながら社会現象に

小説「82年生まれ、キム・ジヨン」書影(チョ・ナムジュ著 / 斎藤真理子訳 / 筑摩書房刊)

2016年10月、韓国で小説「82年生まれ、キム・ジヨン」が刊行された。担当編集は当初1万部も行かないと予想していたが、性別を問わず幅広い世代から反響を呼び、国内だけで130万部を突破するベストセラーに。少女時代のスヨン、BTSのRMら影響力のある芸能人も同作に言及。それまでジェンダー問題に関心のなかった人々も目を向けるようになり、韓国社会の感受性が高まったと見られる一方で、“反フェミニズム”による批判の的にもなった。

Red Velvetのアイリーンが「本書を読んだ」と発言すると、一部の男性ファンが反発し、アイリーンの写真やグッズを破損する様子を動画サイトに投稿する事態が起きた。映画化が決まるとその対立は一層強まり、主人公ジヨンを演じるチョン・ユミのSNSには支持派と否定派のコメントが入り乱れた。しかし、いざ映画が封切られると堂々の初登場興収1位を記録。興行成績が示すように多くの人が映画の内容に共鳴している。メガホンを取ったキム・ドヨンも評価され、第56回百想芸術大賞の映画部門で新人監督賞に輝いた。

チョン・ユミ×コン・ユの共演にハズレなし

「82年生まれ、キム・ジヨン」撮影現場にて、チョン・ユミ(左)とコン・ユ(右)。

本作で3回目の共演を果たした2人は、同じ所属事務所という共通点もあり互いへの強い信頼がうかがえる。初共演は聴覚障害を抱える子供たちへの性的虐待事件を題材とした「トガニ 幼き瞳の告発」(2012年日本公開)。実際の事件にもとづく同作で、2人は正義感あふれる役を真摯に演じ切った。次に共演したパニックスリラー「新感染 ファイナル・エクスプレス」(2017年日本公開)は、韓国で1156万人を動員する大ヒットとなり、日本でも話題に。

そんな2人は本作で初の夫婦役に挑んだ。チョン・ユミは主人公ジヨンの少しずつ変化していく複雑な感情を、表情、視線、身振り、声とすべてにおいて精巧に表現。第56回大鐘賞映画祭で主演女優賞に輝いた。コン・ユもまた、一大ブームを巻き起こしたドラマ「トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜」や映画「新感染」「密偵」ののち、本作で3年ぶりにスクリーンに復帰。心が壊れていくジヨンの姿を目の当たりにし、思い悩む夫デヒョンの役と誠実に向き合っている。

韓国映画における「今年の1本」

「82年生まれ、キム・ジヨン」

「新感染 ファイナル・エクスプレス」「タクシー運転手 約束は海を越えて」「パラサイト 半地下の家族」など、日本で公開されると「今年の韓国映画はこれだ!」と注目を集める1本が必ずある。社会そのものをエンタテインメントとして反映し、“作品力”を底上げしてきた韓国映画・ドラマ界の水準の高さは、ポン・ジュノ監督作「パラサイト 半地下の家族」の米アカデミー賞作品賞受賞の快挙にも結び付いた。

そうした流れの中で生まれた1本である「82年生まれ、キム・ジヨン」も、韓国での封切りから1年越しにはなったものの、2020年の今観ておくべき作品と言える。日本では今年、家父長制の抑圧を背景としたキム・ボラ監督作「はちどり」も口コミで広まった。同作ではジヨンとほぼ同世代の少女の思春期にフォーカスしており、そこで示された生きづらさが「82年生まれ、キム・ジヨン」でより明確に提示される。熱心な映画ファンのみならず、「愛の不時着」「梨泰院クラス」といった話題のドラマで韓国エンタメに興味を持った人も「今年の1本」を見逃さないでほしい。