「きみと、波にのれたら」湯浅政明×片寄涼太|自信を持つのは難しい、それでも精一杯やるということ / 湯浅の過去作振り返りも

湯浅政明 単独インタビュー

「桐島、部活やめるってよ」を観て驚いた

──後半では、湯浅監督の過去作と比較しつつ、本作についてより詳しく伺えればと思います。企画の初期段階から“間口の広い作品”を目指して取りかかったのでしょうか?

そうですね。ここ10年くらいは少しずつ、いろいろな感想を聞きながら「こうやればもっとみんなが観やすくなるのかな」「みんな、こんなふうにアニメや映画を観てるのかな」ということを考えながら作っています。その中でも今回は特に、多くの人に気に入ってもらえるよう振り切っていると思います。

「きみと、波にのれたら」より、川栄李奈演じるひな子。

──サーフィンの得意な明るい女の子だけど、自分に自信がないというひな子のキャラクター像はどのように生まれましたか。

最初はサーフィンをやってるドジっ子で、ただ明るい女の子を想定していたんです。でも脚本家の吉田玲子さんが、自信がないという設定を足してくださって、すごくいいなと思ったんですよね。勝手な想像ですけど、ひな子のように自分に自信を持てない人って、けっこう多いのかなと。ちょっと昔だと、自信がない子は「自信がないんです」って表に出していたイメージですが、最近の人はどんなに楽しそうに見えても実は自信がないんじゃないかな、それって興味深いなと。僕、「桐島、部活やめるってよ」を観て「こんなにイケてる人にも悩みがあるんだ!」と驚いたんです。それでいろいろな人に話を聞いたら「自分もそうだった」という声が多くて。今の時代、SNSで自分の行動が表に広がってしまうので、失敗できない空気があると思うんです。ひな子はそういう時代を生きていて、今はサーフィンという自分の得意なものに逃げ込んでいるけど、その先の将来は見えていない。実は自分は何もできないんじゃないかとおびえているところに、港が現れるんです。自分の世界を持っている港が、ひな子を連れ出していくイメージで物語を進めました。

──港、ひな子、港の妹である洋子、港の後輩である川村山葵と、本作の登場人物は4人に絞られていましたね。

「きみと、波にのれたら」より、片寄涼太演じる港(左)と、伊藤健太郎演じる山葵(右)。

今回出てくる4人はみんな、どこか自分に自信がないんです。でも実は本人も気付いていないところで、誰もが必ず誰かを元気付けている。そこに気付くことで、それぞれが自信を持てるようになるという話を目指しました。

──湯浅監督の過去作を見ても、メインキャラクターがここまで少数なのは珍しく感じました。

そうですね。前回「夜明け告げるルーのうた」をやったとき、「もっとこのキャラクターを深く知りたかった」という意見をいただいたので、もっと個人に寄り添ってみようかなと思ったんです。考えてみれば自分の好きな映画って、けっこう登場人物が少ない作品もいっぱいあるなと。「夜は短し歩けよ乙女」の頃は、大勢を登場させようという意識で、世界を描きたい、京都という街を描きたいというのが1つの目標でした。今回はたった4人だけ、自分自身がヒーローであると気付かずに一生懸命生きている人たちを描いて、その中で世界を見せようという挑戦をしています。

「夜は短し歩けよ乙女」

森見登美彦による青春恋愛小説を、湯浅が2017年に映画化した作品。脚本家の上田誠、キャラクター原案の中村佑介、主題歌を担当したASIAN KUNG-FU GENERATIONSといった、湯浅の監督アニメ「四畳半神話大系」のスタッフが再集結した。主人公“先輩”に星野源が声を当て、彼が思いを寄せる“黒髪の乙女”役を花澤香菜が務めている。

「ルー」での経験を経て、再挑戦するために

「きみと、波にのれたら」より、川栄李奈演じるひな子(左)と、片寄涼太演じる港(右)。

──今回脚本を手がけた吉田さんとは、「夜明け告げるルーのうた」でもタッグを組まれています。同作では、“音楽を聴くと尾びれが脚に変わる”人魚のルーが登場しました。「きみ波」の“思い出の曲を歌うと、死んでしまった恋人が水の中に現れる”という設定には近いものがありますよね。変幻自在な水の描き方なども、あえて共通性を持たせているのですか?

「ルー」を経て「もっとこうすれば伝わったんじゃないかな」と感じたことに再挑戦するために同じスタッフが集まったという面もあるので、何かしらつながりを持たせたい思いはありました。今回も歌をストーリーの鍵にしたのは、「ルー」でもう少し突き詰められたなと感じた部分だったからです。登場人物が歌うという形で、もっと特定の楽曲をフィーチャーしたいと思いました。また水がキーワードになっているのは、企画段階で“異形の恋人”というオーダーがあったから。そう考えると、やっぱり水がいいんですよね。

「夜明け告げるルーのうた」

2017年、湯浅が映画初のオリジナルストーリーで挑んだ長編アニメ。鬱屈した毎日を過ごしている少年カイが、無邪気な幼い人魚・ルーと出会い、再生していく姿を描く。声優として下田翔大、谷花音、篠原信一、柄本明らが参加した。斉藤和義による1997年の名曲「歌うたいのバラッド」が、物語の鍵を握る楽曲として登場する。

──「夜は短し歩けよ乙女」にはたくさんのお酒が登場しましたが、そこでの液体の描き方もすごく印象に残っています。

湯浅政明

水は、本当に若いときに(テレビアニメ「キテレツ大百科」で)描いたことがあるんですが、そのときうまく描けなかったことがトラウマになっているんです。それと同時に、当時から水は本当にいいキャラクターだなと思っていて。アニメーションの1つの魅力として、普通に立体的なキャラクターが芝居するのではなく、そのもの自体の形が変化していく“メタモルフォーゼ”という考え方があります。水はその魅力を体現するキャラだと思いますし、こういった描きづらい対象物がうまく描けるとすごい快感でもあるんです。

──では最後に、湯浅監督のファンの方々に、「きみと、波にのれたら」の見どころを伝えるとしたら?

今回はいつもより大きく手を振って、より多くの人に向けて作っているつもりです。料理でいうと、よりみんながおいしいと感じる味を目指しました。一見すると「いつもと違う」と感じるかもしれませんが、僕の過去作が好きな方なら絶対に楽しんでもらえると思います。キャストの方々もいいキャラクターを作ってくれているので、ぜひご覧になってください。