「喜劇 愛妻物語」監督・足立紳×メッセンジャー黒田の対談 / YOUも登場|甘え上手な“ダメ監督”が手がける夫婦の明るいバイブル

監督・足立紳×メッセンジャー黒田

足立の小説「それでも俺は、妻としたい」の重版記念で、この4月にも対談したばかりという2人。その後「喜劇 愛妻物語」を鑑賞した黒田たっての希望で2回目となる対談が実現した。

3泊4日ひたすら夫婦喧嘩(足立)

左からメッセンジャー黒田、足立紳。

黒田有 お久しぶりです。僕が読ませていただいた「それでも俺は、妻としたい」とタイトルが違うので、別の夫婦の話かと思いきや、ほぼほぼ……。

足立紳 そうなんです(笑)。読んでいただいた小説の夫婦とまるっきり同じ夫婦なんです。

黒田 このまま2人の関係が続くと、もう離婚しかないんちゃうかな(笑)。

「喜劇 愛妻物語」原作書影

足立 離婚でもなんでも、シリーズ化できたらうれしいです(笑)。小説では「喜劇 愛妻物語」「それでも俺は、妻としたい」と同じ夫婦の話をいくつか書かせていただいてるんですが、映画となるとお金が掛かるので、相当ヒットしないと続編は作れないんです。

黒田 そもそも「喜劇 愛妻物語」が生まれたきっかけは?

足立 香川県にさぬき映画祭というのがあるんです。そこで香川を舞台にしたシナリオのコンペをやっているのを、妻が8年ぐらい前に見つけてきて。「あんた、これに応募しなさいよ」と。ただ香川に行ったことがなかったので、実際に行って何か見つけなきゃとなったんです。

黒田 香川には実際に奥様も同行された?

足立 その頃は僕もまったく仕事がなかったので、妻がお金をひっかき集めて、青春18きっぷで家族3人で行きました。でも何も見つけられず、3泊4日ひたすら夫婦喧嘩してたんです(笑)。それをもとにした話ですね。だから原作小説の前に映画にしたいと思ってストーリーを書いてました。

黒田 旅行中も映画のようにコテンパンにやられた感じですか?

足立 そうですね(笑)。

黒田 映画にある別れ話も?

足立 ありましたね……その頃の僕は今以上に駄目な人間で「久々に旅行に行ける!」ぐらいの感覚だったんです。

黒田 シナリオのためではなくて(笑)。

「喜劇 愛妻物語」

足立 何かを見つける気がまったくないのが、妻からするとイライラしたみたいで。映画では別れ話1回ですけど、旅行中は2回ぐらい爆発がありましたね……。

黒田 そのあとに「百円の恋」があって、今や小説の「それでも俺は、妻としたい」も当てられた。これから映画も公開されて、仕事が右肩上がりになっているがゆえに離婚を免れてると思います? もし8年前と状況が一緒やったら、もう終わってたかもとか考えます?

足立 たぶん、8年前のまんまでも一緒にいるんじゃないかと思いますね(笑)。

黒田 もう奥さんに殴ってほしい(笑)。

足立 僕は何度「出ていけ!」と言われても出ていかなかったんですよ。石にかじりついてでも(笑)。妻の名義で借りている家なのに妻が出ていくというわけわかんない状況のときは何度もありました。

黒田 もう、こういう夫婦がいるということが全国に伝わるだけでも、ある意味、少子化に歯止めが効くんちゃうかなと思ってしまいますね。

足立 その一役が担えたら、それはそれでうれしいですね(笑)。

黒田 タイトルに「喜劇」と入ってますけど、男からしたら哀愁の哀を取って「哀劇」と思えて仕方がない。決して夫婦の絆だけをうたうものではない。これは新たなジャンルやなと思います。

ほぼ変態(黒田)

黒田 この映画でも一部元ネタになっている「それでも俺は、妻としたい」。知り合いにポツポツと入院する人がいて、そのときは必ず贈り物として、その小説を渡してるんです。この前、ある女性から「すごく、気分が悪くなった」と感想が送られてきて(笑)。でも豪太とチカの夫婦像に触れた感想としては、一般的な反応やと思ったんです。

足立 ありがたいです。いざ発売されるとなると、こんなみみっちい夫婦の話が読まれて大丈夫なのかな?とは思ってました。実際に怒る人もたくさんいて「この夫婦は間違ってる」とか「別れたほうがいい」とか。大きなお世話だと言いたくなるような意見はけっこうある(笑)。

黒田  いろんな方の感想を聞いてるんですけど、「すごく面白い!」となる人か「えっ」と引いてしまう人か。映画をいいと言う人は、実はすごく夫婦仲がいい人やと思うんです。離婚しようか迷っている女性が観たら、そのまま離婚届に判を押して持ってくような気がしますね。

足立 最後のあと押し(笑)。

黒田 男のずるい部分、悪い部分、弱い部分。逃げてしまう男の駄目なところが全部入ってる。濱田岳さんが、何かを言いかけるけど、もぞもぞして結局何も言わない。でも白旗を完全には揚げない感じ。僕なんかは、この映画を観て勇気付けられました。

「喜劇 愛妻物語」

足立 思考回路は、99%僕なんです。仲のいい映画監督には「濱田岳はお前を完コピしてる」とおっしゃる方もいて(笑)。日常では絶対しない映画やドラマ用の表情や演技ってあると思うんですけど、この作品については、それが一切ないほうがいい。濱田さんはどんな作品を観ていても、引き算的なお芝居をされる方で無理やり前に出てくるような小芝居がない。この役は絶対にハマると思ってました。

黒田 観た人がバカバカしい映画と言うのはすごく簡単なんですけど、バカバカしい中にも自分を省みる瞬間がある。自分の姿が絶対に豪太と重なるんですよね。コロナ離婚という言葉を聞くようにもなりましたけど、今どき妻にハッキリものを言える旦那のほうが少ない気がします。

足立 自粛で夫婦が一緒に家にいる時間が長くなって、奥さんのほうが「こんなクソ旦那は家にいなくていい」と思う状態になっている家庭は多いですよね。

黒田 映画も足立さんのお家で撮影されたと聞きました。日本のごくひ……(言い直して)貧しさは韓国映画の「パラサイト 半地下の家族」みたいに描いてしまうと、少し嘘くさい。「喜劇 愛妻物語」の2LDKぐらいがちょうどいい。壁にある子供の落書きとか、リアリティがありました。

足立 「極貧」と言っていただいて大丈夫ですよ(笑)。いろいろ探したんですけど、ピンとくる場所がなくて。スタッフも「監督の家がいいんじゃないですか?」と言ってきて、乗せられました。本来、自宅で撮影するのってめちゃくちゃ面倒くさい。近所の方に迷惑かかりますし。

黒田 自分の家で自分ら夫婦のことを自分で撮るって言うたら、ほぼほぼ変態ですからね(笑)。いまだかつてないですよ。だって、すぐそこで奥さんが見ていらっしゃるわけでしょ。

左からチカのモデルとなった足立晃子さん、水川あさみ。

足立 妻もずっと撮影現場を見学してました。スタッフに「あの人、今は低姿勢にしてますけど、いつもは全然違うんです」と言い回ってて……ものすごく気が散って集中できなかった(笑)。

黒田 僕は嫁が聞いてると思うと仕事ができないんで、絶対家ではしない。足立監督の場合、そんなことないですか?

足立 家での仕事に関しては、慣れちゃってる部分があります。紙とかノートに手書きでバッと書いたものを、妻にパソコンに打ってもらうことが多いので……。だから、それを機嫌よく打ってもらわないといけない(笑)。そういう気を使う必要はあります。

大阪の女性ならではの罵声(黒田)

黒田 豪太は愛嬌のある男ですが、特に若い女の子には「何この男?」と思われるかもしれない。結婚するかしないかは別として、これから歩む人生の中で、1人は必ずこういう男を通るんです(笑)。チカは正直に言うと、すごく理想的な方。豪太には、夫として、男として彼女をつなぎ止められる理由がない。だからチカが一緒にいるのは、母性本能のみやと思うんです。

「喜劇 愛妻物語」メイキング写真

足立 水川さんは怒鳴り散らしながらも、母性を体現してくださった気がしてます。初めてお会いしたときからクランクインまでに太ってきてくださって。背中とか、体がグッと大きくなってたんです。もちろん役作りのためなんですが、そこに僕自身も母性的なものを感じて、奥さんに甘えるような感じで現場でもついつい甘えてしまってました(笑)。

黒田 それはどのように?

足立 自分には、どちらかと言うとダメ監督という自覚があるんです(笑)。そこを許してくださいね……という甘え方ですよね。監督は何もしなかったら「この監督、大丈夫かな?」と周りのスタッフが支えてくれるんです。チーフ助監督にしろ、撮影の猪本(雅三)さんにしろ、普段から甘えてる人たちを呼んできて、そういった体制だけは最初に作りました(笑)。本当に厳しい女優さんが来てたら「ちゃんとしなさい!」と怒鳴られてたかもしれないですね。

黒田 主演のお二人は、事務所を通して台本を読んだうえでの出演ですよね。断られる可能性も考えました?

足立 キャスティングが始まる前から、実はプロデューサーと「この役を演じても特にメリットないから断る人が多い気がする」と心配はしてましたね(笑)。特にチカはあんな言葉遣いですし。

黒田 同じ関西出身なので水川さんを本当に陰ながら応援していたんです。僕みたいな素人が言うのもなんですが、この役ですごい幅が広がったような気がします。

「喜劇 愛妻物語」メイキング写真

足立 実は昔から好きで。10年以上前の深夜ドラマで面白い演技をされていて、いつかお仕事したいと思っていました。この役をやってもらえたら絶対に面白くなる、と確信犯的にオファーしましたね。観てくださった方にも、水川さんの評判がすごくいいです。

黒田 大阪の女性ならではの罵声みたいなものが、いい具合に表れていると思いました。言葉は悪いですけど、ちょっとした汚れ役な部分もある。この映画は生活感が出ないとすべてが台無しになってしまう。水川さんからも、ちゃんと生活感がにじみ出てました。

足立 人前に出る仕事だから、俳優さんってチラッとでもかっこつけたり、かわいく見せたりする性の人が多いとは思うんです。でも水川さんは一切そういうところがなくて、120%でチカを演じてくれた。めちゃくちゃありがたかったです。