「オーバー・ザ・シネマ 映画『超』討議」の刊行を記念したトークイベントが6月1日に東京・青山ブックセンター本店で行われ、編著に名を連ねる石岡良治、三浦哲哉、著者の平倉圭、土居伸彰、入江哲朗が出席した。
2018年3月に刊行された同書は、現代のハリウッド大作、古典映画、1980年代の映画、アニメーション、実験映像など、さまざまな作品について各章のゲストが石岡と三浦とともに議論し、映画理論の拡張を対話形式で図るもの。「『超』攻略!『オーバー・ザ・シネマ』~Pump Up Your Brain Muscles !!~」と題されたイベントには、畠山宗明を除いた著者陣が出席し、本書に対する感想や掲載された議論のその先を予感させるトークを繰り広げた。
第3章の「『筋肉』から映画史を考え直す──スタローンとシュワルツェネッガー」にゲスト登場した入江。本章では“脳筋”というキーワードを出しながら、「ロッキー」「ランボー」「コマンドー」といった“筋肉映画”と呼ばれるジャンルやそれらに出演する“筋肉俳優”を掘り下げているが、イベントではそれらと対置させる存在として“オタク俳優”という概念を提出した。「『007 スカイフォール』でいうQのようなオタク青年をどう考えたらいいのか」と切り出し、映画において類型化されたオタクのキャラクター像について言及。そしてオタク俳優の走りとして「ジョーズ」「未知との遭遇」などに出演したリチャード・ドレイファスを挙げ「今では映画に登場するオタク、ナードはありふれた存在ですが、おそらく80年代前半くらいまでオタクという存在をどう扱っていいのか確立されていない時期があったのではないか」と問題提起する。これに「1冊本が書けそう(笑)」と反応しつつ、石岡は「赤ちゃん教育」「レディ・イヴ」など戦前に流行したスクリューボールコメディの作品群を参照し、「イケメンでお金も持っているけど恐竜や蛇の研究に没頭している“変人”という類型はあったよね」と答えた。そのほか入江は、陰謀論といった映画におけるオカルティズムやスタンリー・キューブリック監督作「シャイニング」に隠された謎を解き明かそうとする“ガチ勢”の存在、映画受容のTSUTAYAレコメンド文化圏の影響に関する話題も提供した。
新千歳空港国際アニメーション映画祭のディレクターであり、「21世紀のアニメーションがわかる本」の著者としても知られる土居は、第4章の「棒人間と複数の世界──アニメーションの現在・過去・未来」に参加。自身が設立した配給会社ニューディアーや21世紀におけるアニメーションの新たな潮流、そして「君の名は。」やユーリー・ノルシュテイン、ドン・ハーツフェルトの作品に触れながらアニメーションの「個人と世界」「普遍性」「人間と非人間化」といった話題に触れている。トークでは本書を読んだ感想として「映画のオーセンティックな部分、見方をゲストそれぞれの肥大化した筋肉で壊していく。いい意味でコミカルな印象を受けました」とコメント。「仮想敵としてシネフィルが設置されていますが、その文化に対する愛憎入り乱れた何かが反映されている」と続けた。
従来の映画の見方を超えていく可能性を示すためのナビゲーション、ガイドブック的な側面もある同書。石岡は「『この映画が最高』『これを観ればセンスがいい』というタイプの本ではない」とし、ゲストの映像体験に触れながら、各々の関心領域、分野で今何が起こっているのかを記録しようとしたという。映画鑑賞の方法論を確立するものではないという点で同意する土居も「僕は映画を観るときにいかによい観客でいられるかを考えました。映画を作らない純粋な観客として映画をどう楽しむか。観るときの身体的な態度が鍛えられる。映画鑑賞者の筋肉鍛え本(笑)」と位置付け、平倉も「何が語られているかではなく、映画をどう論じるのかというのが中心的な問題」と補足した。
続いて平倉は、アンドレ・バザンが映画の理想的な形式の生成過程を説明する際に比喩的に用いた「理想河床」という言葉を持ち出し、各章に通底する問題系を説明。地理学用語である「理想河床」とは、川の流れによる浸食作用で河床が削られていくと、それがある時点で理想的な曲線を描き出すというもの。これを映画に置き換えながら「形式は歴史的な偶然によって形成されるものでいくらでも変容しうる。それが均衡点を見つけ安定した形をとったとしても、それは最終でも最適でもない」とし、「今世紀の映画がさまざま形をとっているという現実。川が1本ではなくなり、理想とされた過去の川の形が真実とは言えない。本書はそういった中で映画をいかように語るのかという実験をハードに繰り返している」と各章の論点に触れながら述べた。
「オーバー・ザ・シネマ 映画『超』討議」はフィルムアート社から販売中。
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