あの名勝負の誕生秘話からケイデンスの出し方まで!「弱虫ペダル」渡辺航が1万字超えで語る連載14年間の裏側 (3/3)

恋愛は「弱虫ペダル」には合わない

──少し「弱虫ペダル」から話はずれるのですが、春に放送された「浦沢直樹の漫勉neo」を拝見したり今日話を伺ったりすると、先生は少年マンガというものにこだわりがあると感じたのですが、いかがでしょうか?

僕がどれくらい少年マンガを好きかと言うと、「やっぱりマンガにはルビが付いていてほしい」と常々思っているくらいです。一度青年誌で「ゴーゴー♪こちら私立華咲探偵事務所。」という作品を連載させてもらったときも「ルビが入ってないとこんなに寂しいんだ」と感じましたし。

──そこまでですか(笑)。

だから週刊少年ジャンプ(集英社)でうまくいかず「青年誌を紹介します」と言われたときに「自分は本当は何をやりたい?」と考え続けて何も描けなくなったし、「華咲探偵事務所」の連載終了後もやっぱり少年マンガを描きたいと強く思いました。その後、少年シリウス(講談社)で描かせてもらった「まじもじるるも」は、少年と魔女の女の子の同居ものという、こちらの趣味全開にした少年マンガらしいもので。一方でその直後に連載を始めた「弱虫ペダル」で少年同士の戦いを通じて全力を出すこと、そしてそこから人間関係がどんどん増えていく様子を描けて楽しいし、お客さんに伝えられてうれしいというのはすごくあります。

──週刊誌と月刊誌を同時連載し、さらに途中から別冊少年チャンピオン(秋田書店)で「弱虫ペダル SPARE BIKE」の連載も始まって大変だったとは思いますが、それでもこの10年ほど好きな少年マンガを存分に描けたんですね。

そうそう。僕はその同時連載を10年くらいやっている中で、「女の子キャラを描きたい」「女の子と掛け合いをさせたい」という思いは「るるも」のほうで発散して、「弱虫ペダル」とバランスを取っていたんです。ただ「るるも」の連載が終わっちゃって、その欲求はどうしようかなと悩んでいます。

──それが「SPARE BIKE」に影響している面もありますか?

待宮の彼女とか、本編に比べると女の子の登場率が高いので、こっちでうまいこと描ければいいなと少し思っているところです。

「弱虫ペダルSPARE BIKE」5巻より。
「弱虫ペダルSPARE BIKE」5巻より。

「弱虫ペダルSPARE BIKE」5巻より。

──少年マンガと言えば主人公とヒロインの恋愛も定番でしょうが、「弱虫ペダル」はその要素が薄いですよね。寒咲幹ちゃんや橘綾ちゃんは魅力的なのに、と少し思ったりして。

恋愛はラブコメの「るるも」でやっていたのでいいだろうと思っていたのと、やり始めるといろいろネックになることがあって……例えば今泉に彼女がいたとして、その子がゴール前で待っている。それで今泉がめっちゃがんばっても「お前はチームのためにがんばっているのか、女の子のためにがんばっているのか。どっちなんだ?」と思う読者が出てくるでしょう。「女の子のためにがんばりたい」というのは男子として当たり前の本能ですけど、僕はロードレースは仲間が一丸になっての命がけの勝負として描いているのでそこには合わない。「みんなのためにも走りたいし、彼女のためにも走りたい」ではそれが薄れちゃうんですよね。

「弱虫ペダル」18巻より。

「弱虫ペダル」18巻より。

──すごく納得できました。

だから定時が綾ちゃんにときめいたり、鏑木が幹ちゃんを女神だと思ってたりすることはあっても片思いでそれ以上にはならない。真波と委員長に関してもそう。綾ちゃんが、最初は見損なっていた坂道が成長する様子を見てきて、何か変わってるんじゃないかという空気を出しているけどそれは確定情報にしていません。例外はヒロ君とその彼女くらいで。

──ヒロ君こと広田弘司は、1年目の坂道に勝負を挑んであっさり負けたサイクリストですね。その後も観客として時々出てくるという。

あの2人でも読者の中では「付き合ってるのか」「付き合ってないんじゃないか」という話もあるくらいです。恋愛要素はハッピーなことでもあるけど、勝利に向かってみんなでがんばる際には多少ネガティブになることもある。だからそれをネタとしてガンガンやるのは違うだろうし、そこは気になる皆さんが想像して楽しんでくれればいいかなと思っています。

坂道くらいのケイデンスを出すコツは

──残り時間はできる限り読者から届いた質問にお答えください。「実際の高校の自転車競技部に取材に行かれたり見学に行ったことはありますか?あるようなら印象に残ったことはどんなことですか?」とのことですが。

キナンサイクリングチームにいる畑中勇介選手が自転車競技部を立ち上げた昭和第一学園高等学校に取材に行きました。印象に残ったのは、みんなジャージを着て自転車で通学しているので制服がすごくきれいという話で「なるほどなあ」と。それを「弱虫ペダル」でもネタにしたかったんですけど、制服で登校して制服で帰るという学生のベースとなる部分を壊すと読者の皆さんにわかりづらくなるのを恐れてボツにしました。だから総北の面々は制服で通学しています。

──続いて「キャラクターが乗るロードバイクのメーカーはどのように決めていますか?」という質問はいかがでしょう?

フィーリングで決めています。トレックとジャイアントは世界の2大メーカーなので1年目の主将である金城と福富に乗ってもらおう、みたいな。新開はフェルトとサーヴェロで最後まで迷っていましたが、ロゴがカッコいいのでサーヴェロにしたところ、“サー”の称号にふさわしい男になってくれてよかったです。

「弱虫ペダル」15巻より。

「弱虫ペダル」15巻より。

──最後の質問は「どうやったら坂道さんくらいのケイデンスでますか?」です。

足をぐるぐる回す作業は大変なんですよ。足だけで回すと乳酸がすぐに溜まっちゃって、きつい。だからお尻から背中にかけての背筋を使って回すというイメージで漕いでみましょう。最初はうまくできないかもしれませんが、繰り返していると慣れてきて「坂道に近付いてきたんじゃない?」と感じるかなと。気が付いたら坂道を越えていたなんてこともあり得ると思うので、がんばってください。

※記事初出時、渡辺航先生が監督を務めるチーム設立年に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

プロフィール

渡辺航(ワタナベワタル)

長崎県出身、3月9日生まれ。2001年に「サプリメン」がマガジンSPECIAL(講談社)に掲載されデビュー。2008年に週刊少年チャンピオン(秋田書店)で「弱虫ペダル」の連載を開始。同作は舞台化、TV・劇場アニメ化、ドラマ化や実写映画化など多数のメディアミックスを果たしている。現在は別冊少年チャンピオン(秋田書店)にてスピンオフ作「弱虫ペダル SPARE BIKE」も連載中。2007年から2019年にかけては月刊少年シリウス(講談社)にて「まじもじるるも」シリーズを発表、こちらも2014年にTVアニメが放送された。2015年に「弱虫ペダル」で講談社漫画賞(少年部門)を受賞。

2022年11月9日更新