「羊角のマジョロミ」阿部洋一×海法紀光対談|エロくてかわいい後輩と世界で2人きり♡ ――ポストアポカリプス、それは恐怖と解放への欲望

「それはただの先輩のチンコ」「血潜り林檎と金魚鉢男」などで知られる阿部洋一の最新作「羊角のマジョロミ」1巻が発売された。ヤングドラゴンエイジ(KADOKAWA)で連載中の同作は、全人類が眠りについてしまった世界を舞台に、地球上で目覚めている唯一の人間となった男子・先輩と1つ後輩の女子・澤田が、2人だけの時間を謳歌する物語だ。

コミックナタリーでは1巻の刊行を記念し、「学校」「世界の崩壊」という共通点を持つ作品「がっこうぐらし!」の原作者・海法紀光と阿部の対談をセッティング。崩壊した世界を描く“ポストアポカリプス系作品”への思いを聞く中で、海法は子供の頃に感じた核戦争への「恐怖」、阿部はとあるアニメを見て感じた「解放感」について語った。また「ちょっと特殊なものが好きなんだな」と自身の性癖を自覚したマンガ、学生時代の思い出なども明かされ、独特の世界観を持つ阿部作品のルーツを紐解く。

取材・文 / 小林聖

「がっこうぐらし!」はきららという地の利があったから成立した

──「羊角のマジョロミ」と「がっこうぐらし!」はともに学校を舞台にしたポストアポカリプス系作品ですが、それぞれどんな着想から生まれたんでしょう?

阿部洋一「羊角のマジョロミ」1巻
阿部洋一「羊角のマジョロミ」

魔女となって全人類を眠りにつかせた女子・澤田と、彼女に起こされた男子・先輩。澤田はなぜ魔女になったのか、世界はこれからどうなってしまうのか。謎と不安を感じながらも、2人きりで過ごす時間は楽しくて……。

海法紀光(ニトロプラス)原作・千葉サドル作画「がっこうぐらし!」1巻
海法紀光(ニトロプラス)原作・千葉サドル作画「がっこうぐらし!」

蘇った死者が地上を覆い尽くす異常事態が発生。学校で避難生活をすることになった少女たちは「学園生活部」として、生き残る道を探す。

阿部洋一 もともと崩壊した世界を舞台にした作品は好きで、いつか自分でも描いてみたいとは思っていたんです。僕は普段から少年少女を主役にした話が多いので、その組み合わせでポストアポカリプスをやってみようと。最初にイメージしたのは羊ですね。羊が大量に発生して、「羊が1匹、羊が2匹……」って感じで世界中の人が眠ってしまうという。今までの作品でもポイントで動物の要素を入れていて、今回はそれを羊でやりました。

海法紀光 けっこう最初からイメージが固まってたんですね。

阿部 いや、でも実は最初の舞台設定は学校じゃなかったんです。「マジョロミ」が連載されているヤングドラゴンエイジ(注:連載開始当時の誌名は別冊ドラゴンエイジ、2019年にリニューアルされた)は「すべての作品がファンタジー」っていうのが雑誌の初期コンセプトにあったんです。なので、最初はこの作品もファンタジー世界を舞台にした形で考えていました。それでドラゴンエイジでやっているほかのファンタジー作品を読んで勉強していたんですが、読んでいて「やっぱり付け焼き刃では本当にファンタジーが好きで描いている方の作品には勝てないな」って感じたんです。無理してファンタジーを描いても読者に見抜かれてしまうでしょうし。だったら今まで自分がやってきたように日常をベースにファンタジー要素が入るようなものをやったほうがいいだろう、と。

「羊角のマジョロミ」1巻より。自分と澤田だけが眠りから覚めたことに疑問を持つ先輩。
「羊角のマジョロミ」1巻より。2人だけの地球で楽しく過ごそうと笑顔を見せる澤田。

海法 それで舞台を学校に?

阿部 はい。学校で生徒がみんな寝ちゃっているっていうのはビジュアル的にも楽しいですし。それで、土壇場で描き直したんです。すでにファンタジー世界を舞台にしたネームを描いていて、OKももらっていたんですけど、「変えます!」って言って編集さんを困惑させてしまいました(笑)。

──それは担当さんも驚かれたでしょうね(笑)。「がっこうぐらし!」は、どういったプロセスを経て生まれたのでしょうか?

海法 直接の着想を得るきっかけになったのは、有名な作品ですが「WORLD WAR Z」という小説です。

──謎のウイルスによってゾンビパニックが巻き起こり、人類がそれにどう立ち向かったのかをレポート形式で読み解くというマックス・ブルックスのゾンビ小説ですね。

海法 あれがめちゃくちゃ面白くて、「なんとか俺も面白いゾンビものをつくりたい!」と思ったんです。それで、ゾンビもので一番面白い取り合わせってなんだろうと考えて思い付いたのが、いわゆるきらら系(注:まんがタイムきららに代表されるような女の子を中心とした日常系作品)の学園ものとぶつけるというアイデアです。そんなときに、ちょうどきららさんから何か書きませんかという話が来た。正確には(PCゲームメーカーの)ニトロプラスに話が来て、「海法、暇なら何かやらないか?」という感じで声をかけてもらったんです。これはもう渡りに船だ、と。

阿部 僕は「がっこうぐらし!」はアニメで知ったんですが、やっぱり第1話を見たときはびっくりしました。日常学園ものだと思っていたら急にゾンビものになって……。

海法 不意打ちですよね(笑)。やっぱり「がっこうぐらし!」はまんがタイムきららに載るから面白いんです。例えば月刊アフタヌーン(講談社)に載っていたらダメだったでしょうね。アフタヌーンはもちろんすごくいい雑誌ですが、きららに載っているという“地の利”が重要だったんです。

阿部 「がっこうぐらし!」は3巻で美紀が由紀たちの関係を「共依存じゃないですか!」って責める場面が印象に残っています。

──平和な日常が続いているという空想の中で生きている由紀と、その空想に付き合うことで過酷な現実から目をそらしているみんなを責めるシーンですね。

「がっこうぐらし!」3巻より。由紀たちの関係を共依存だと責める美紀。

阿部 あれはドキッとしました。最終話はその答えになるような展開になっていて感動しましたね。お話は、最初からラストまで大きなイメージができていたんですか?

海法 一番最初の段階でとりあえず高校卒業までは決めていました。そこから先も大雑把には決まっていましたね。ただ、初期の企画段階ではけっこういろいろ今とは違っていました。この間、本当に初期の企画書が出てきたんですけど、それを読んだら「ここで(主人公の)由紀が死ぬ」とか書いてあって、「何だこれ!?」って思いました(笑)。

阿部 変遷があったんですね。

海法 最初の企画書を見ると映画の「ミスト」そのまんまみたいなところがたくさんあったりします(笑)。「ゾンビじゃなくて実は異次元からの侵略だったんだ!」とか。この辺は僕も企画書を読み返すまで忘れてました。本当に最初の頃の話ですね。

「先輩のチンコ」は第1話だけで単行本1冊分くらいの内容がある(海法)

海法 「マジョロミ」の物語は、最初から決まっていたんですか?

阿部 大きな展開はイメージしていましたが、迷いながら悩みながら描いていっていた部分もあります。「マジョロミ」を始める頃、ちょうど同時期に「それはただの先輩のチンコ」という作品をスタートさせて。「チンコ」は月刊連載で、1巻分で完結すると決まっていたので、最初から全部構成を決めて描き始めたんです。「マジョロミ」は季刊連載なので3カ月に1回というペースで、ページ数も少ない。どうせなら違う形でやろうと思って、エピソードを重ねながらいろんなことを模索していくスタイルで始めたんです。連載を続けるうちに徐々に世界観やキャラクターへの理解も深まっていった感じがあり。だから、今回単行本にまとめるにあたって「やっぱり全体的に描き直そう」となりました。

──雑誌連載版からかなり大幅な加筆修正をしていますよね。単行本でまるごと別の話になっているエピソードも多いです。

阿部 例えば雑誌連載版だとハグしたり膝枕したり、けっこう直接的な身体接触がありました。でも、1巻終盤の回想編を描いたあたりで、「この2人だとこういう関わり方ではないな、接触はあまりないほうがいいな」と思ったんです。

「羊角のマジョロミ」1巻より。先輩に角を掴まれて頬を紅潮させながら耐える澤田。

海法 単行本版も読ませてもらったんですが、先輩が澤田の角に触るエピソードは大変よかったです。

阿部 うれしいです。直接的な接触はないほうがいいけど、接触に近いものはほしい。それで、直接的ではないけど身体の一部を触るということで、角に触るエピソードにしたんです。この2人ならこれくらいの接触がちょうどいいだろうな、と思ったんです。

海法 でも、読んでいて思うんですが、登場人物が先輩と澤田の2人だけって大変じゃないですか?(笑)

阿部 すごい大変です。後悔してるくらい(笑)。

海法 「がっこうぐらし!」で思ったことですが、普通展開に困ったら新キャラを出すんですよ(笑)。でも、この「マジョロミ」だと新キャラを出せないでしょう? 書き手としては勝手に心配してます。ほかの作品を読んでいても阿部先生って攻めてるなあって感じるんですよね。

──例えばどんな部分でそう感じましたか?

阿部洋一「それはただの先輩のチンコ」(太田出版)

海法 「チンコ」なんかでもそうで。俺は本を読むとき表紙を見て「だいたいこういう話だな」って想像してから読むんですね。それで言うと「チンコ」って、俺の構想ならあの第1話にある要素だけで1巻分に膨らませて描くんです。それくらい描く要素がある。なのに、1話で全部やっちゃってる(笑)。「わ、すげえ! この先どうするんだろう!」って思っていたら、ちゃんといろんな話が出てきて続いていった。これはいいなと思いました。「マジョロミ」も、少年と少女の2人だけという純粋化された世界は、描くのは大変だと思うんですが、その分テーマがググッと迫ってくる。俺なんかだと「このへんでネタを使い尽くしてしまうんじゃないか」という恐怖があるんですけど、ガンガン乗り越えていかれるところが阿部先生のマンガの面白いところだなと思います。贅沢ですよね。

阿部 ありがとうございます。僕はけっこうせっかちで、早くギュッと見せたいというのもあるんだと思います。あと、マンガってどうしても打ち切りになることがあるじゃないですか。そうすると、話を膨らませている間に連載が終わってしまうんじゃないかっていう怖さもあって、ギュッとまとめるのがクセになっているというのもあるんでしょうね。

海法 それが素晴らしいんですよ。展開を膨らますって薄めることにもなりかねないし、悪い言い方をするなら、セコくやっていくということにもなりますから。