週刊少年チャンピオン(秋田書店)が創刊50周年を迎えた。コミックナタリーではこれを記念し、武川新吾編集長による対談連載をお届けしている。第2回の対談相手は週刊少年マガジン(講談社)の栗田宏俊編集長。ハーレムものが大好きだという栗田が、チャンピオンの連載作「六道の悪女たち」を語ることで言語化される、同誌の独自性とは。さらに「マガジンの編集スキルに興味がある」という武川が雑誌の作り方を尋ね、チャンピオンと似ている部分、異なる部分が浮かび上がってくる。
取材・文 / 松本真一 撮影 / 石川真魚
チャンピオンは1話だけ読んでもよさがわかるマンガが多い(栗田)
栗田宏俊 僕は武川さんとも初対面だし、ほかの少年誌の編集者ってほぼ交流ないんです。ジャンマガ学園っていう企画の記者会見で、ジャンプの中野(博之)編集長とお会いしたぐらいで(参照:ジャンプ×マガジンのコラボサイトに、「野望が形になった」と編集長が手応え)。昔のマンガ雑誌の編集長って、濃い人が多いじゃないですか。ああいう人が編集長なんだろうと思うと、あんまり関わりたくないなって(笑)。だけど中野さんもそうですけど、こうやって挨拶させていただくと、「あれ? 意外といい人っぽい」みたいな。
武川新吾 昔の編集長っておっかないイメージありますよね。実は僕も今日、ジャンマガ学園の記事をネットで改めて拝見したんですけど、栗田さんが風格ある方だったので、「怖い人だったらどうしよう」って(笑)。
──前回の武川さんと、サンデーの市原(武法)編集長との対談は、最初に「お互いの雑誌のことはどれぐらい意識してますか」と伺ったんですけど、市原さんからは「ライバルとは思っていない」「世界に4つしかない週刊少年マンガ誌の伴走者だ」といういい言葉をいただきまして。栗田さんはどうでしょうか。
栗田 市原さんとの対談も読ませていただきましたけど、腑に落ちるところはありましたね。マンガ自体のパイがこれだけ縮小している中でわざわざ「あいつらの足を引っ張ってやれ」とは思わないというか。むしろ少年誌が何かで話題になってればうれしいと思っているので、協力関係とか仲間意識ぐらいの感じです。
──とはいえ「業界1位のジャンプを追い抜くぞ」という気持ちは持っているのかなと思いますが、そのあたりはどうでしょう。
栗田 「追い抜くぞ」というのもあまりないかもしれないですね。昔だったら紙の雑誌の売り上げだけが物差しになってましたけど、今は1つの物差しで測れなくなってると思うんですよ。単行本の売り上げもありますし、うちで言うとアプリの売り上げが相当でかくなっているので。
武川 確かに紙の単行本に加えて電子書籍の売り上げなんかを考えるとそうでもないですよね。雑誌の売り上げ以外にも見るべき数字があるので、他誌と比べてどうこうっていうよりは、自分のところの結果をまずしっかり見なきゃいけないなって気持ちが強くあります。
──栗田さんはチャンピオンも目を通されていますか?
栗田 グラビアに使うタレントさんが被るっていうことがけっこうあるので、そういう意味でもよく見てますね。タレントさんに「ここは無理」って言われたスケジュールから逆算したタイミングで、その子がチャンピオンさんに出てたりするんですよ。
武川 もちろん偶然ですが、なぜか被っちゃうときがありますよね(笑)。
栗田 マンガも小学生の頃からすごく読んでましたよ。その頃からエッチなマンガが好きで、吾妻ひでおさんの「ふたりと5人」は当時からすると「なんだこのエッチなマンガ!?」って衝撃的でした。チャンピオンは手塚治虫さんからエッチなマンガまで載ってて、あと「がきデカ」もあったし、節操がないというか、“悪食”というか……悪食は言いすぎかな、すみません、「思い切りがある」で(笑)。
武川 いいんですよ(笑)。前回、サンデーの市原さんとの対談でも話に出ましたけど、うちの有名な編集長の壁村(耐三)さんが始めた、「とにかく世の中の楽しいものを集めちゃえ」という感じでジャンルに捕らわれずにいろんなマンガを載せたお子様ランチ感が、チャンピオンの起源になってるのかなと。
──そのお子様ランチ形式を、マガジン、サンデー、ジャンプも追随したことで、今の週刊少年マンガの形ができたのではないかという話がありましたね。
栗田 講談社って昔から二番煎じが多い社風ですからね。
──講談社の人がそんなこと言っていいんですか(笑)。
栗田 まずいのかな?(笑) だけどマガジンも「どっかで見たようなマンガだな」みたいなのありますからね。僕がマガジンに入った1994年には五十嵐隆夫さんって方が編集長で、五十嵐さんはその前に月刊少年マガジンにいて、「いけない!!ルナ先生」とかのエロで売り上げを伸ばしたんですよ。だから週刊のほうでも「とにかくエロを載せろ」って感じで節操がなくなっていった時期があったみたいです。もっと昔の70年代とかだと、ジャンプさんとチャンピオンさんの印象は近かったですね。ジャンプも永井豪さんの「ハレンチ学園」とかのとんでもないマンガを載せてましたから。
武川 70年代のチャンピオンも、まさにそういう節操がない傾向があったんじゃないかと思いますね。エロで言えばさっきの「ふたりと5人」もそうですし、ギャグも「がきデカ」とか、お下品でキレッキレな作品がけっこう載っていましたし。読者が喜んでくれればそれが一番みたいな(笑)。
栗田 あとチャンピオンは昔から表現的にエッジの立った作品が多いですよね。最近のチャンピオンで、昔の作品をリバイバル掲載しているじゃないですか。あれを1話だけ読んで「このマンガのよさはここだ」っていうのがすぐわかるのがすごいなと。
武川 「ブラック・ジャック」や「750ライダー」なんかがそうなんですけど、当時の壁村さんの考え方として、連載ものであってもその中に明確な見せ場やオチをつける1話読み切り形式っていうものを大事にしてたんですよね。なので、1話読み切り形式をとっていない、ほかの作品にも影響があったんだと思います。
栗田 マガジンが今年60周年だから、名作のリバイバル掲載をしようかなと僕もちょっと思ったんです。でも「あしたのジョー」や「巨人の星」にしても、意外とどこか1話だけ切り抜いても「すごいマンガだな」とはならない気がするんですよ。どちらかというと、連続ドラマならではの総合力みたいなところがあるので。
他誌はいかないところをほじくり出すのがチャンピオン(武川)
──栗田さんは、今のチャンピオンに対してはどういうイメージをお持ちですか?
栗田 最近はとんでもない角度から当ててきますよね。「BEASTARS」は最初見たとき絵の荒々しさに「なんだこれ!」と思いましたし、「六道の悪女(おんな)たち」も始まったとき「これで載せるのか」ってびっくりしました。
──中村勇志さんの「六道の悪女たち」は、いじめられっ子の六道桃助が、ある日突然不思議な力でモテモテになるけど、ただしその力が効くのはヤンキーなどの悪い女限定で……という物語です。「これで載せるのか」というのは?
栗田 表現が難しいんですけど、例えば僕が「六道」のネームと作画資料みたいなのを見せてもらったときにそのまま連載にGOを出せる自信がないというか……。「この作者はネーム原作のほうがいいかも」とか言っちゃうと思うんですよね。野球選手で言うととんでもなくカーブが曲がるみたいなタイプ。
──何かに秀でているのは確かなんだけど、ストライクは入りづらい、みたいな。
武川 そんなカーブ、素晴らしいじゃないですか。「六道」はまさにそういう作品です。マガジンさんはハーレムものというか、ラブコメがすごく好調でいらっしゃると聞いています。絵がきれいで繊細な作品が多いですよね。
栗田 僕はラブコメってそこが生命線のような気がしてならないわけですけど、「六道」は違う角度から切り込んできますよね。しかもいわゆるハーレムものだから、女の子いっぱい出るのに絵のクセが強めというか……。慣れてくると女の子がかわいく見えてくるのがすごいんですけどね。
武川 絵はもちろん大切なんですけど、マンガにはそれ以外の魅力が際立っているものもやはりあるんじゃないかと思ってますので。
栗田 そうですね。主人公の六道くんもいい奴で、ちゃんと応援したくなりますしね。
──ハーレムマンガなのにヒロインが全員不良っていうのも、チャンピオンらしいです。
武川 ほかはあんまりやらないでしょうね。そういった、読者が欲しがっているものの探し方が、ひょっとしたらうちは少し特殊なのかなとは思います。チャンピオンが50年やってきた中でできた風土として、「他誌はなかなかそこにいかないだろう」と思われてしまう部分をほじくり出すところがあると思うんですよね。チャンピオンというレーベルはそこでほかと差別化できているんだと思います。「六道」の“ヒロインが全員悪女”っていうコンセプト、一般的に考えたら誰得なんだっていう話ですから。
栗田 いやいや、僕得です。僕はヤンキーの女性ってすごく好きなんですよ。社会的に認められてなかったり、何かの不幸を抱えてたりする感じがあるじゃないですか。「認めてやれるのは俺だけだ」みたいな感覚が好きですね(笑)。「六道」の独特さは、非常にチャンピオンらしいですよ。
武川 チャンピオンを愛していただいている読者には、ものすごくファンが多いタイプの作品ですね。
栗田 あ、やっぱりチャンピオン読者に人気があるんですね。
武川 アンケートを見るとそうですね。中村勇志先生は人を気持ちよくさせるマンガ力が非常にあると思いますし。さっき言ってくださったように、主人公の六道くんを応援したくなりますよね。
──六道くんは悪女に好かれる特殊能力があるけど、そこに頼ってハーレムを作るのに甘んじるわけではなくて、ちゃんと「女の子を守れるように強くなるんだ」と努力してますからね。
武川 読んでいて嫌な気持ちにはならないタイプの素敵なマンガだと思います。
人が死ぬマンガって結局、楽なんですよね(栗田)
──マガジンでは今「五等分の花嫁」「ドメスティックな彼女」「寄宿学校のジュリエット」など、ラブコメが多く連載されていますよね。そこの編集長がちゃんと「六道の悪女たち」をチェックしてるのがさすがだと思いました。
栗田 単純に僕はハーレムマンガが好きなので(笑)。チャンピオンさんで言うと、何年か前に終わった「実は私は」も好きでしたし。
武川 あっ、あれは私が担当してたんですよ。ありがとうございます。
栗田 そうでしたか! 「弱虫ペダル」も武川さんですよね? すごいなあ、そりゃ編集長になりますよね(笑)。僕は読むぶんにはラブコメとグルメが大好きなんですよ。だけど今マガジンでやってるラブコメの多くは僕の前の編集長の菅原(喜一郎)くんが始めたもので、自分ではラブコメもグルメもほとんど担当したことないんですけどね。
武川 ラブコメお好きなのに意外ですね。
栗田 僕が得意としているのは人が死ぬマンガなんです。マガジン60周年のときに、いろんな記録をランキング形式で発表したんですけど(2019年4・5合併号)、「死んだキャラクター数ベスト5!」っていうやつだと5本中3本が僕の担当でしたから。「金田一少年の事件簿」と「サイコメトラーEIJI」と「我間乱~GAMARAN~」。確かにいっぱい殺したなーって(笑)。人が死ぬマンガって結局、楽なんですよね。
武川 楽というのは?
栗田 人の生き死にって最大のドラマだと思いませんか? その面白さは誰でもわかるから、TVドラマも犯罪ものと医者ものが多いんだと思います。だけどラブコメは心の綾とか、女の子の表情とか、ちょっとしたセリフ回しが重要だから、必要な要素が多いんですよね。僕は作家さんと「こいつをどうやって殺します?」という話はできるんですけど、「こいつをどうやってキュンキュンさせます?」っていうのが苦手なんですよ(笑)。
武川 殺し方の打ち合わせって(笑)。
栗田 僕がマガジンに入ったとき、今は作家になった樹林(伸)さんが指導社員だったんですけど、同期は野内(雅宏)さんっていう人が指導社員だったんですね。野内さんは「バリバリ伝説」とか「はじめの一歩」とかを立ち上げた、僕の4代前の編集長です。野内さんにつくと「BOYS BE…」っていう恋愛マンガの担当になるんですよ。あれって担当に入るとまず、自分の恋愛経験を赤裸々に話さなきゃいけなくて、マンガにできそうな部分だけ全部使われてから「ほかにないのか、じゃあ考えろ」って話のアイデア出しを手伝わされるんです。それを隣で見てて、つらくてつらくて……(笑)。
武川 「BOYS BE…」は10代の頃に読んでて毎週キュンキュンしてましたよ。実は栗田さんとかマガジンさんの編集者の体験談だったなんてことは今さら聞きたくなかった(笑)。今考えれば、そうなんだろうなってわかりますけどね。
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リアリティの程度(栗田)