コミックナタリー Power Push - 鶴ゆみか「もはや私は貴腐人です」

作者・鶴ゆみかとBL研究家・金田淳子がボーイズラブへの愛を叫ぶ

男を見るとまず受けか攻めかで見てしまう(金田)

金田 ちなみに鶴さんの周囲の方の反応はどうでした?

 マンガ家仲間には怖くて聞いていません! 今回帯を書いていただいた、師匠の久保ミツロウさんには「こっち方面に行くとは思ってなかった」と言われましたね(笑)。ふだん遊んでいる友人はほとんど腐女子なので、「え、連載になったの!?」とは驚かれましたけど、それくらいでした。

「もはや私は貴腐人です」に登場する腐女子4人組。(左より)Tさん、Aさん、Cさん、Bさん。

金田 「貴腐人」には、Aさん、Bさん、Cさん、Tさんという4人の腐女子が出てきます。それぞれモデルがいるんですか?

 モデルというほどではないですが、友達何人かをぼんやり参考に自分の中のキャラと混ぜている感じですね。といっても私は、いつもこんなに激しく腐女子トークと妄想を繰り広げているわけではなくて、マンガのために「普段はこうしているけど、これくらいやると面白いんじゃないか」と強調している部分も多いです。

金田 まあ、そうですよね。私はまさに選ばれし貴族の女性、貴婦人といった貫禄のBさんが一番好きですが、こんなつばの広い帽子をかぶってここぞというときにかっこいいセリフを言う人には現実ではなかなかお目にかかれない。「いろいろなことを諦めてきたけど、腐女子だけは卒業できなかった」とか、ラブホ女子会でTさんが妥協しかけたときに「神は細部に宿るのよ」とか……。彼女がこんな達観した人間になるまでに何があったのか気になります。

 あはは(笑)。金田さんが「あるある」と思ってくださったところはありました?

金田 彼女たちの細かい思考回路が「あるある」でしたね。自分の好みかどうかにかかわらず、男を見るとまず受けか攻めかで見てしまうとか。2つの関連し合った何かを見ると、無機物だとしてもカップリング(※2)してしまうとか。

担当編集 「貴腐人」の1巻では椅子と机のほかに、牡蠣2種類も妄想BLの対象になっていますね。

1巻に収録された「カラオケ女子会に行こう!」より。

金田 かきえもんとコフィンベイですね(笑)。「貴腐人」を読んでいて、ジェネレーションギャップを感じるところも結構ありました。この腐女子たちは20~30代で若いから、逆カプ(※3)にあまり厳しくないじゃないですか。好きなキャラ同士ならそこまで受け攻めの違いにこだわってない。

 あ、そういえば。

金田 Cさんだけは受け攻めにこだわっているから、キャラ2人のイラストが並んで描かれたケーキが出てきたときも「右と左(※4)が違う!」って言い出して、とても共感できました(笑)。私の世代だと攻め受けは固定するカプ厨(※5)が多かったと思います。受けと攻めにそこまでこだわらない人が増えたのって、ここ10年くらいだと思うんですね。

 言われてみれば、確かに。

金田 同人誌でも2000年くらいから「A×B×A」(※6)というような、受け攻めをあいまいにした表記のものが増えてきたと思います。私は同一作品内で受け攻めの逆転が起きてもだいたい楽しめますし、リバ(※7)も好きなんですが、自分の推しカプと違う逆カプの作品となると、よほどのことがないと楽しめない。

鶴ゆみか

 カップリングが逆だと、キャラクターの解釈が違ってきますもんね。最近はキャラがいっぱいいてわちゃわちゃしている作品が多いのもあって、あまりカップリングにこだわらなくなってる気もしますが。

金田 「チーム男子」ですね。

転がり落ちるように腐女子に(鶴)

金田 「貴腐人」を読んで世代の違いを感じたりもしたんですけど、「こころ」妄想の回は「あるある」でしたね。授業中って一番暇な時間だから、私もよく教科書の内容で妄想してました。

 一番暇かどうかは別として(笑)、10代の頃にはありがちですよね。

金田 英語の教科書で男同士がしゃべっていたら、ちょっとそれっぽい会話を創作してみるとか、化学の時間には分子式を見て「やだ、水素と水素が結合……そこに酸素も? 3Pだ!」とか。あと、一番萌えるのは歴史ですよね。ちょっと調べていくと、例えば日本の近世以前の貴族や僧侶、武士たちってだいたいバイ(断言)。女性についての記述は残りにくいのですが、それでも平安から鎌倉ごろの物語で女性たちが同衾している描写があることを、木村朗子さんが報告しています。歴史の授業では縄文土器とか弥生土器がどこから出土するなんてことよりも、西洋近代の性道徳が日本に入ってくる以前にバイはごく普通だった、ということを教えるべき。

 それも入試には出ないのでは?(笑)

金田 出ないかもしれないけど、人間の多様性を学べるでしょ!

 確かに!

金田 という感じで、私も10代の頃から妄想してたんですが、周りには全然腐女子がいなかったんですよね。田舎で、みんな彼氏もいないので、フラットにマンガを貸し借りしたり、手紙に絵を描いていたりもして、楽しく交流してたけど。

1巻のあとがきより。

 私は中学の頃に腐女子として目覚めたんですが、確かに周りはガッツリ腐女子という感じではなかったです。でも、そもそも腐女子になったきっかけが、美術部の友達がBLの非公式アンソロジーを本屋で間違えて買ってきたことなんです。「見て見てこれー!」って部活内で回し読みになって。だからみんなBLにゆるく触れていましたね。

金田 あー! 本屋で原作コミックの横に並べられた同人アンソロを買ってしまうのって、まさに「あるある」ですよね。

 知ってしまってからは、転がり落ちるように腐女子になりました。なんだろう、BLって、ある種の女子にとってはドラッグなんですよね。今までほかのマンガを読んでいたときの感覚と違う。何これ、もっと欲しい……という。男女モノのお色気マンガとかも好きでしたけど、ヒロインに都合のいい感じのストーリーが多かったんですよね。そこに不満があったのかもしれない。あと二次創作ものだと、原作ではさわやかにスポーツをしている少年たちの別の顔が見られるのがいい! それにドキドキしていました。

(※2)カップリング:恋愛関係にある2人の組み合わせを指す言葉。AとBという2人のカップリングの場合、「A×B」「B×A」と表される。BLの場合、先に来るキャラが攻め、後に来るキャラが受けとなる。最近では、「-する」と動詞化し、ふたつのものを組み合わせる行為自体を指すことも。[ » 本文に戻る ]

(※3)逆カプ:攻めと受けが逆のカップリングを指す言葉。A×Bに対するB×A。[ » 本文に戻る ]

(※4)右と左:腐女子の隠語のひとつ。右が受け、左が攻めを指す。BLのカップリングを「A×B」と表記したときに、攻めキャラが左側に受けキャラが右側に書かれることから生まれた。[ » 本文に戻る ]

(※5)カプ厨:ある特定のカップリングに固執する人を指す言葉。[ » 本文に戻る ]

(※6)A×B×A:「A×B」とも「B×A」とも言いがたいが、AとBのカップリングではある、というあいまいな関係性をあらわすために生み出されたカップリング表記。[ » 本文に戻る ]

(※7)リバ:リバーシブルの略で、「攻めと受けが逆になる」や「攻めと受けが固定されない」ことを指す腐女子用語。[ » 本文に戻る ]

鶴ゆみか「もはや私は貴腐人です(1)」2015年11月6日発売 / 734円 / 講談社 / Amazon.co.jp
鶴ゆみか「もはや私は貴腐人です(1)」

この世のすべてを攻めと受けに変えてしまう腐女子4人の妄想コメディ。pixivに投稿した「ラブホ“腐”女子会のススメ。」が3万ブックマーク以上を記録し、ヤングマガジン サード(講談社)にて連載化。1巻には1~8話に加え、描き下ろしの「ラブホ女子会に行こう!(2)」なども収録されている。

鶴ゆみか(ツルユミカ)

日本アニメ・マンガ専門学校卒業。週刊少年マガジン(講談社)に連載された「ブラボー」でデビュー。過去作品に「ヒーローマスク」など。現在ヤングマガジン サード(講談社)にて「もはや私は貴腐人です」を、マイナビニュースで「まじょもじょ-ただいま修行中!?-」を連載中。

金田淳子(カネダジュンコ)

富山県生まれ。やおい・BL・同人誌研究家。ネットニュース番組「真夜中のニャーゴ」の金曜MCを務めている。二村ヒトシ・岡田育との共著「オトコのカラダはキモチいい」(KADOKAWA)では、やおい・BLという2次元側と、SMの女王、M男性などの3次元側との意見交換によって、男性の快楽について深く掘り下げている。