コミックナタリー Power Push - 「アルキメデスの大戦」

“役に立たないこと”がマンガの価値を高める 三田紀房が描く「ドラゴン桜」と対極の新作

戦争は特別な存在ではない

── 本作で描きたいテーマやコンセプトとはなんだったのでしょうか。

戦争って実際に起こった事件は教科書などでわかりますが、そこには載らない理由や経緯を描く、ということですね。手がかりと思える出来事をひとつずつ解明してから全体を見直すと、事件の起こるからくりがとてもよくわかるんです。サスペンス小説の構成が、まず事件が起き、そこから容疑者の動機と理由を解明するという流れになっているのと近いというか。

「アルキメデスの大戦」では、戦艦大和の建造をめぐる海軍派閥の対立が詳細に描かれている。

──「アルキメデスの大戦」の場合は、その大きな事件が戦艦の建造だったと。

そう。ただ、最初は戦艦大和を造るシーンから描くつもりが、編集者と相談する中で計画段階から描くほうが面白いのではという提案をもらって。それで改めて調べたら作戦開始が1933年、昭和8年だったので、戦艦を造る数年前からのスタートになりました。

──なるほど。舞台が1930年代で、第二次世界大戦を題材にしたマンガにしては早いので、不思議だったんです。

普通は開戦前夜あたりから始めますもんね。まあイチかバチか、ウケるかわからないけどそこから描いてみようと。国立競技場の建設も相当揉めていたから、戦艦大和だって絶対にそうだったと思うんです。だからまず議論の対立軸、大型戦艦が必要派と不要派を作り、その対決シーンから始めることにしました。ストーリーの基本構造として、バトルがないと盛り上がらないですからね。むしろバトルを通して読者も考えてくれるので、一緒に物語を進めていけば興味を持ってくれる人も少しずつ増えるだろうと。

── 読者さんもどちらかに感情移入できますもんね。そういえば、三島先生との対談では、人間模様や作戦の紆余曲折も絡めて描きたいとおっしゃっていました。

海軍の中枢機関にいる軍人たちによる権力闘争。

資料を見ると出世争いの様子がすごくよくわかるんです。軍人たちが戦争という大きな国家事業にどう関わり、いかに官僚としてのし上がるかを考えている。それは今も昔も同じですよね。海軍のエリートも、作戦案を大臣に売り込んで昇進を狙っていたんじゃないかな。それに作戦の提案者の記録を辿ると、その人の上司が同郷だったり、提案者本人が高官の親戚だったりなんて関係も見えて興味深いんです。そういうドラマも描ければ、読者も戦争を近い目線で捉えられるのではないかと思っています。違うのは規模の大小だけ、戦争は特別な存在ではないんですよ。

── ただある種、戦争はデリケートな題材ではありますよね。そこに親しみを感じさせ、読者に話に入りやすくさせるうえでどんな工夫をされたのでしょうか。

主にキャラクターの描き方ですね。例えば大将や中将などの偉い人たち、今の企業の重役クラスが会議で低レベルな争いをしているとか、そういうギャップを面白く描くことで身近さを感じてもらえるようにしました。足を引っ張ろうとする人や嘘を吐こうとする人、ある種人間臭さのあるキャラクターの群像劇なら親しみも湧くのではと。特に第19話に掲載された会議シーンは面白いですよ。みんなが勝手なことを言うから内容がめちゃめちゃになっちゃう。

── 戦艦の会議なのに「あの芸者とは手が切れたのか」「生意気な態度が兵学校の頃から気に入らなかった」なんて個人攻撃をしていますもんね。

こういう場面は描いていて本当に楽しいですね(笑)。軍隊は規律で厳しいイメージがあるけど、家に帰れば家族がいるし、呑み屋に行けば芸者を口説いたりもする。すべては人間がやっているんだ、ということを強調したいですね。

マンガ家人生28年にして初挑戦の「まっすぐなキャラクター」

── 逆に主人公の櫂は天才ということもあってか、どこか特別です。

主人公の櫂直。帝大数学科の学生で、数学の天才。

実は、櫂は僕にとって新たな挑戦なんです。まっすぐなキャラクターって苦手で、自分でツッコミを入れたくなる性格だし、何かしら捻りたくなっちゃう(笑)。ネームでも最初はスレた主人公を描いたんですが、編集者から「一度まっすぐなキャラクターに挑戦してみませんか」とアドバイスをもらって。マンガ人生の中で一度ぐらい、描くのもいいかなということで、ここで一発やってみようかとね。僕なりのイノベーションです。

── 確かに、三田先生の作品は清濁あわせ持つ主人公が多いですよね。

「インベスターZ」の主人公も中1だけどクソ生意気でしょ(笑)。今回は「国を救う」という高い理想と高潔な気持ちを持つ男だから、アドバイスを取り入れて正解だったと思います。櫂に軍隊に入る大義名分がないと、魑魅魍魎がうようよしている巨大な力にぶつかっていけないですから。ひとつ大きな軸ができたと思います。

── 編集者さんはなぜまっすぐなキャラクターを勧められたのでしょう?

担当編集 先生からはトリッキーな主人公と、初挑戦だけどまっすぐな主人公、両方のご提案があったんです。ネームは前者で上がってきたのですが、私自身三田先生が描かれるまっすぐなキャラクターをどうしても見てみたくて。それで、ご相談したんです。

── 先生が考えられる「まっすぐ」な性格や行動とはどんなものでしょうか。

高校野球児の印象が大きいです。例えば、現日本ハム(ファイターズ)の大谷くんもどうすればこんなふうに育つのかと思うほどまっすぐで驚いた記憶があります。それから、18から22歳くらいまでの世代ってまっすぐ生きられる唯一の期間だと思うんです。熱い言葉も聞いたこちらが清々しく感じられるようなね。甲子園に取材に行くと、応援団も普通の子も本当に夢中になって応援してるんです。その光景を見て、人間には何かに夢中になれる期間があると確信できたし、その部分をはっきりと形にしても大丈夫だと自信が持てました。だから櫂にも「国をこんな大人たちに任せてられない、僕が国を守るんだ」って言葉を言わせて大丈夫だと思えたんです。

── 入省初日の場面ですね。

ええ。僕にまっすぐなキャラクターが描けるだろうか?という不安も多少はあったのですが、取材で見た高校生たちを思い出したときに自分なりの確信と裏付けが取れて、払拭できました。成功するかどうかはさておき、とにかく自信を持って描いていこうと思っています。

三田紀房

── では、誰かモデルがいるというよりは、その世代の真摯さや熱さを凝縮して描いたのが櫂だと?

そう理解してもらってもいいと思います。マンガの役割のひとつに、読者に作品を通して今の時代を感じてもらうことがあります。歴史ものでも、現代に生きる自分と比較したらどうだろう、と作品と読者が対話できるものであるべきだと思っています。ですから1930年代が舞台だけど、作品から何かを感じ取り、今の生活と照らし合わせて生き方を考えてもらえるよう意識しています。

── 確かに、櫂と現代に生きる私たちとの距離感はとても近いと感じました。

名作はいつ読んでも今と通じる部分がありますよね。僕も作品を描く以上は傑作かつ名作にしたいですもん。マンガ家はそのために創作しているわけなので、少しでも近づけるよう努力したいですね。

三田紀房 監修:後藤一信「アルキメデスの大戦(1)」 / 2016年5月6日発売 / 講談社
「アルキメデスの大戦(1)」
610円
Kindle版 / 540円
三田紀房 監修:後藤一信「アルキメデスの大戦(2)」 / 2016年5月6日発売 / 講談社
「アルキメデスの大戦(2)」
610円
Kindle版 / 540円

さかのぼること、1933年。前年に満州国樹立を宣言した日本と中国大陸を狙う欧米列強の対立は激化の一途を辿っていた。世界が不穏な空気に包まれていく中、日本の運命を左右することになる重大な会議──新型戦艦建造計画会議──がいま海軍省の会議室で始まろうとしていた。それは次世代の海の戦いを見据える“航空主兵主義”派と日本海軍の伝統を尊重する“大艦巨砲主義”派の権力闘争の始まりでもあった。

三田紀房(ミタノリフサ)
三田紀房

1958年1月4日岩手県北上市生まれ。1988年モーニング(講談社)にて「Eiji's Tailor」でデビュー。1997年に週刊漫画ゴラク(日本文芸社)で「クロカン」、1999年には別冊ヤングマガジン(講談社)にて「甲子園へ行こう!」の連載を開始する。2作品とも高校野球の知られざる裏ワザを描いて話題となった。2003年、モーニングにて「ドラゴン桜」をスタート。東大入試をテーマに、具体的な勉強法を描いて大ヒット。2005年にドラマ化され、第29回講談社漫画賞および文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞を受賞した。またヤングマガジンで2010年から2015年まで連載していた「砂の栄冠」は平成27年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門で審査委員会推薦作品に選出。2013年よりモーニングにて投資をテーマにした「インベスターZ」を、2015年からはヤングマガジンにて、戦艦大和を題材にした「アルキメデスの大戦」を連載している。