「ザ・ボーイズ」
奥浩哉×佐久間宣行 対談|暴力、セクハラやりたい放題!とにかく下劣なヒーローを、負け犬たちがぶっ潰す!

作り手のクリエイティビティを制限しないプラットフォームが出てきたのが大きい(奥)

──「ザ・ボーイズ」では、ジェンダー、差別、企業と政治、ポピュリズム、宗教などなど現代社会の多様な課題を取り扱っています。このようなテーマをドラマに盛り込んだことについてはどのように感じましたか?

 ハリウッド映画にも言えることですけど、現実の問題をプロットの中に取り入れるのは最近の定石だと思うんですよね。とはいえ「ザ・ボーイズ」はけっこうセンシティブなところまでやってる。これはスポンサーや観客などのしがらみが少ない配信という環境だからやれたんでしょうね。

佐久間 同感ですね。一般的に社会問題をエンタメで扱う場合、理想論が落としどころになることが多いんですよ。例えば「#MeToo」(SNSで女性が性的被害を告白する際に使用されるハッシュタグ)の流れで女性がセクハラと戦う話のみに終始しちゃう、みたいな。だけど「ザ・ボーイズ」では、女性をエンパワーメントするように見せて、実は企業が搾取してる場合もあるという、生々しい現実の構造までも描いているんですよ。こういうのは配信か、完全に自主で制作する以外ではできないですね。唐突な残酷シーンも含めて。

 シーズン1の1話目のオープニングで、ヒューイの彼女が突然爆発して肉塊になるじゃないですか? しかもそれをスローで表現してて。僕はあのシーンを見た瞬間に心を掴まれました。

「ザ・ボーイズ」シーズン1より、ヒューイの彼女がAトレインに殺害されたシーン。

佐久間 あのシーンを作るのに半年かかったらしいですよ。買ってきた肉をグリーンスクリーンの前で爆破させて、血液がどう飛び散るのか、内臓はどんなふうに回転するのかまでこだわったとか。シーズン2と一緒に公開されたビハインドザシーン(制作の裏側を描く番外編「Prime Rewind:『ザ・ボーイズ』の裏側」)でネタバラシしてました(笑)。

──奥先生は、残酷描写をエンタテインメントに落とし込んだ日本の第一人者だと思うんです。今回の取材にあたって「GANTZ」を読み返していたんですが、人体爆破表現なんかは「ザ・ボーイズ」と通じるところがあると感じました。でも連載をリアルタイムで読んでたとき(2000年から2013年)は残酷すぎて嫌悪感があったんです。近年はハリウッド映画などでゴア描写が一般化したことも手伝ってか、改めて読んだらまったく違和感を感じませんでした。

 連載時に嫌悪感を抱いたというのは、普通の感覚だと思いますよ。実際、当時は賛否両論でしたし。「GANTZ」は青年誌だから自由にやらせてもらえたんです。そういう意味で、ビッグバジェットの映像の世界でも、作り手たちのクリエイティビティを制限しないプラットフォームが出てきたのが大きいんだと思いますね。

佐久間 僕も「GANTZ」はリアルタイムで読んでたんですが、内臓が飛び散るシーンを見たときは「これを週刊誌でやるんだ!?」って驚きました。奥先生は、のちの映像表現にも通じる表現を早い段階で発明していたと思いますね。ようやく時代が追いついてきたというか。

 なんだか照れますね……(笑)。20年前の話ですけど、せっかく青年誌でやるならタガの外れた表現の作品にしようというコンセプトがあったんです。でも最初期の頃は僕自身が残酷描写に慣れてなかったので、描くのが気持ち悪すぎて、精神的にキツかったのを覚えてます。それで数週間、休載したんですよね。

佐久間 そうだったんですか!

 はい。「GANTZ」は僕が大好きなハリウッド映画、「エイリアン」「プレデター」「ダイ・ハード」みたいなものが全部入ったヒーローものにしたかったんです。だから残酷描写は避けて通れなかった。そこも描かないと「GANTZ」にならないというか。「ザ・ボーイズ」の作り手たちも、きっと当時の僕と似たような感じなのかもしれないですね。自由にやらせてもらえるなら、とことんやろうっていう。そういう部分に関しては自分と似通ったセンスを感じます(笑)。

アメコミヒーローの歴史をフリにした「ザ・ボーイズ」の笑いの構造(佐久間)

──「ザ・ボーイズ」は現実のさまざまな問題、容赦ない残酷描写が満載ですが、同時にそれらがユーモラスに表現されていますよね。

ディープ

 それで真っ先に思い出すのはディープですよね。DCのアクアマンみたいに、海洋生物と意思疎通ができるヒーローなんですよ。見た目はアクアマンと違って優男なんですが(笑)。で、彼が魚を守ろうとすると必ず裏目に出て、エグい感じで悲惨なことが起こる。ディープ絡みのシーンは申し訳ないと思いつつも、いつも笑っちゃうんですよね。

佐久間 僕は魚ってところがミソだと思うんですよ(笑)。あれが犬猫だと全然笑えない。かわいそうが勝ってしまう。でも魚はぎりぎり感情移入できないから笑えるんだと思うな。あとね、「ザ・ボーイズ」は笑いの構造がよくできてるんです。

 それはどういうことですか?

佐久間 「フリ」「ボケ」「オチ」がしっかりできているということですね。笑えないアメリカのドラマって「フリ」ができてないんです。「ザ・ボーイズ」がなぜどの表現も笑えるのかというと、マーべルやDCの作ってきたスーパーヒーローたちの歴史が「フリ」になってるから。だからセブンのやることは全部「ボケ」として笑えるんです。

 そういう意味では、「ザ・ボーイズ」が日本でヒットしてる背景には、「アべンジャーズ」の特大ヒットが関係してるとも言えますね。MCUでヒーローものを知った人たちが「こんなのもあるんだ!」って興味を持って流れていってる。

佐久間 「ザ・ボーイズ」は「アべンジャーズ」のきれいごとをすべて反転させてますからね(笑)。だから公開されたタイミングもジャストだったんですよ。そしてそれ以上に、奥先生が最初におっしゃった強力なプロットと、魅力的なキャラクター造形があいまって、世界的な大ヒットになったんじゃないですかね? それで言うと「GANTZ」も同じことが言えると思うんですよ。

 と、言うと?

「ザ・ボーイズ」シーズン2より。

佐久間 インタビュアーの方も言ってたけど、連載当時の「GANTZ」は万人受けするとは思えないほどセンセーショナルだった。でも結果的にアニメ化もされて、実写映画化されるほどの大ヒットになった。それはなぜかといえば、「GANTZ」が日本の少年マンガがそれまで積み上げてきた定石、つまり「フリ」をぶち壊していく楽しさがあったからだと思うんです。アンチヒーローという面では「GANTZ」と「ザ・ボーイズ」には通じるものがある。

 なるほど。確かに「GANTZ」も特別な力を持たない人が圧倒的に強い敵に立ち向かっていく話ですもんね。その指摘はすごくうれしいです。僕、実は海外ドラマっていつも途中で挫折してしまうんですよ。「ザ・ボーイズ」は久しぶりにがっつりハマりました。このドラマって、配信以外ではどこにも出せないくらい過激だと思う。僕自身も、いろんな意味で読んだことがないマンガを描こうって意識することが多いから、そこでシンパシーみたいなものを感じてしまって。あとヒーローものっていうフォーマットの中で、まだこんな裏道が残されていたかっていう驚きもあったし。あらゆる意味で最先端だと思いますね。

佐久間 社会問題や現実のシリアスな事象を作品の中に盛り込むと、多くの場合は「お勉強」みたいな感じになっちゃうんですよ。でも「ザ・ボーイズ」ってめちゃくちゃ笑えるし、楽しいんですよね。それっていうのは、クソ野郎のヒーローを負け犬の一般人が倒すっていう強固なプロットがあってこそなんですよ。この形を開発したのは本当にすごいと思う。シーズン2ではブラックライブズマター(アメリカで黒人が警察による暴行で命を落とした事件を受け、全米に広がった抗議デモ)という難しいテーマを取り扱っているにも関わらず、作品自体の楽しいテンションはまったく衰えてませんからね。

「ゲーム・オブ・スローンズ」のようにスタンダードになっていくドラマなんじゃないかな(佐久間)

──こうした社会の流れをフィクションの中に盛り込んでいく場合、制作者たちはどんなことを意識するものなんですか?

 佐久間さんがおっしゃったように社会問題を「お勉強」させたいわけではないんです。「GANTZ」の話をすると、主人公の2人は線路に落ちた人を助けようして地下鉄に轢かれてしまい、「GANTZ」の世界に行くことになります。そしたら連載開始してから、2001年に新大久保で同じような事故が起きて学生が亡くなったんです。当時は「『GANTZ』が予言した」みたいなことを言われました。でも僕は「GANTZ」を描く何年も前に、似たようなニュースを見ていた。みんなは忘れてしまったかもしれないけど、僕はその子が主人公になって大活躍するマンガが描けたらいいなって思って、あの設定を作りました。また「GANTZ」にはタケシという虐待死した幼児が出てきます。幼児虐待は現在に至るまで日本でよく起こっていることですよね。僕らが生きてるこの社会を舞台にするなら、そうしたリアリティがないと物語から説得力が失われてしまうんです。

佐久間 面白い作品を作ろうとすると、今現実に起きていることを無視できないんですよ。僕はお笑い番組を作っているけど、最近は多くの人がジェンダーやルッキズムを意識するようになった。だから例えば演者が容姿を揶揄するいじりをしたときは見せ方を工夫します。それは炎上が怖いとか、「お勉強」させたいとかじゃなく、過去の価値観で作られた笑いは単純に今面白くないからです。今起きていることをしっかりと見つめて、そのうえで笑えるもの、面白いものを作る。そうすると結果的に社会問題が関わってきてしまう。作り手である僕らは、常に時代とともに価値観をアップデートしていかなければいけない。話を「ザ・ボーイズ」に戻すと、この作品に現実社会の問題がたくさん落とし込まれているのは、これがまさにアメリカの現実だからで、そうしないと面白い作品として成立しないからじゃないかな?

──ちなみにおふたりがヒーローになったら、どんな能力が欲しいですか?

「いぬやしき」より、初めて空を飛んだ犬屋敷壱郎。

 僕は空を飛びたいんですよ。飛行機とかじゃなくて、自分の体単体で飛んでみたい。夢なんですよね。そのへんの願望が「いぬやしき」に出てるかも(笑)。あと「ジャンパー」という映画の主人公みたいに、テレポーテーションする能力が欲しいですね。

佐久間 僕はどの能力も使いこなせる自信がないんですよね……。Aトレインみたいにマッハで走れたとしても、何かにぶつかって死んじゃいそうだし。そういう意味で言うと、天気を操る能力が欲しいですね。僕、ちょっとでも雨降ってると外に出たくないんですよ。「X-MEN」でもストームが好きだし(笑)。

──最後にこの対談をきっかけに「ザ・ボーイズ」を見る人にメッセージをお願いします。

佐久間 奥先生がおっしゃってたけど、「ザ・ボーイズ」は最先端だと思うんですよ。だから今、見ておいたほうがいい。そしてきっと「ザ・ボーイズ」をベースにさらにアップデートされたエンタメが登場するはずだから。僕はHBOの「ゲーム・オブ・スローンズ」も大好きなんですが、ほかのドラマではすでにけっこうギャグのネタにされてますからね。「ザ・ボーイズ」もそれくらいスタンダードになっていくドラマなんじゃないかな。

 そうですね。あとやっぱり、できればMCUか、DCエクステンデッド・ユニバースを見て、おぼろげながらでもヒーローものの世界観を知っていたほうが「ザ・ボーイズ」はより楽しめると思います。けっこうパロディ描写が多いので。

佐久間 逆に言うと「アべンジャーズ」を見てるなら、「ザ・ボーイズ」は絶対に見たほうがいいですよ。この面白さを知らないのは単純にもったいない。

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