鳥嶋和彦、10年越しの謝罪
──たかしろさんはどういう経緯でWebtoonをやるように?
たかしろ 私はもともと電子書籍ストアの会社にいまして、作る側ではなく売る側にいたんです。マンガはもともとずっと好きだったので、出版社から預かったマンガを「どうPRしたら買ってもらえるのか」ということをずっと考えて仕事していました。その中で、「やっぱり作る側に立ちたい」という思いが強くなって編集を志したときに、知人の紹介でcomicoにきた感じですね。
鳥嶋 電子書籍の会社では、「もっとこう売ればいいのに」と思いながら仕事してたの?
たかしろ そうですね。例えば、紙ではとっくに絶版になっているタイトルが、広告バナーをきっかけに電子書籍でリバイバルヒットするケースがよくありますよね。そういう電子書店のバナー戦略で、広告1つでブームを作ったり、それによって作家さんが再び脚光を浴びるようなことに多く立ち会ってきたので……。
鳥嶋 手ごたえがあったわけだ。
たかしろ ありましたね。そのときに、「まだまだ知られていない作品が多すぎる」と感じたんです。単にいい作品を作れば売れるわけではなくて、それをどう見せるか、どう知ってもらうかも一気通貫に考えなければいけないんだと。それでいろいろと施策を打っていったんですけど、出版社からは「あまり突拍子もないことをしないでほしい」と言われたこともありました。
鳥嶋 それは、例えば?
たかしろ 例えば、今では当たり前になった1巻まるごと無料で読ませるキャンペーンですね。マンガの単行本はどこの書店に行ってもシュリンクされていて、お金を出して買わないと試しに読んでみることもできなかった。読者を増やす入口として「まず読んでもらって、面白さを知ってもらうことが必要なんです」と出版社に提案したんですけど、やはり最初の頃は「わけがわからない」という反応が多かったです。2011年とか12年くらいの話ですけど。
鳥嶋 そうだろうね。その反対した人間のうちの1人が僕だよ(笑)。
一同 あはははは!(笑)
たかしろ ここに当事者がいた(笑)。
鳥嶋 今にして思えばすごく理に適ったやり方なんだけど、その当時は「なんじゃこりゃ?」と思ったもんな。タダで読ませるなんて、恐怖感しかなかった(笑)。本当にそのときは申し訳なかったね。僕が間違っていました。
たかしろ まさかの10年越しの謝罪(笑)。そんな状況の中で、2013年に「48時間限定で御社の全作品・全巻を無料公開しませんか」という企画にある出版社が「面白い」と乗ってくださったんです。それをやったら、アクセス集中でサーバーが落ちるほどの大反響で、大きな話題になりました。今でこそ全巻無料キャンペーンなんかもよく行われていますけど、これがその先がけになったと思います。それくらい思いきって間口を広げることは本当に大事なんだなと、そこで改めて実感したんですよね。
鳥嶋 本当にそうなんだよな。どんなに面白いマンガを作っても、それがそこにあると知ってもらえなければ、それはないのと同じなんだよ。ナッシング。
たかしろ そういう経験もあって、作るだけではなく、見せ方や売り方まで自分で面倒を見られる編集になりたいなと思ったんです。大手だと部署が細かく分かれていてなかなか難しいと思うんですが、comicoのような少人数の組織であればやれることはたくさんあるんじゃないかと。そういう思いで入ってきたのが、2018年10月のことです。
──なるほど。当初、Webtoonにはどういう印象がありました?
たかしろ やはりヨコのマンガが好きで育ってきたので、最初はあまりわからなかったですね。comicoへきた当初に一通りWebtoon作品を読んでみて、「自分がのめり込める作品はあまりないなあ」という印象を受けました。ただ、その中で1つ「これはすごい」と思った作品があって……。
鳥嶋 なんていう作品?
たかしろ 「せんせいのお人形」という、のちに私が担当することになる作品なんですけど(参照:「せんせいのお人形」|comico)。これはWebtoonによくある異世界ファンタジーなどではなく、骨太のヒューマンドラマだったんですね。「人間を描くドラマというものが、タテでも成立するんだ」という発見があったのと、タテならではの間の取り方でドラマを表現していることに新鮮な驚きがあって。しかも、その作家さんはスタジオ体制ではなく1人で描いているということもあって、そこで初めてWebtoonというものに可能性を感じました。
──結局のところ、形ではなく何を表現するかが大事なんだと。
たかしろ そうですね。今のcomicoの人気ランキングを見ると、基本ファンタジー一色でときどき現代ドラマが入ってくるような感じなんですけど、今後はもっと多様性を持たせられるはずで。作家さんの描きたいものと読者の読みたいものをうまくマッチングさせれば、それは別にタテでもヨコでも、なんならナナメでも関係ない。面白いものは面白くできるはずなんです。
鳥嶋 ナイスな発言だね。
たかしろ 今回、「comicoタテカラー漫画賞」の応募ページのコメントに「Webtoonはまだまだ発展途上です」と書いたのは、そういう思いからです。フォーマットとしての可能性をまだ出しきれていないなと。
鳥嶋 結局ね、面白ければそれがすべてなんだよ。うまくいっているものだけを見て、そこに合わせて作ろうとするからおかしなことになるわけ。この1年で僕が彼女たちに口酸っぱく言ってきたのは、まず自分の頭で考えろということ。考えるクセを身に付けろと。
たかしろ もちろん鳥嶋さんにいろいろ教えを請うことは多いですし、それまでになかった考え方に気付けたりもしているんですが、そこで得たものを最終的にどう料理するかは私たちで考えるべきことだと思っていますね。鳥嶋さんの意見が絶対なわけではない。あくまでブレストの中で出てきた意見の1つとして受け取って、「それを実際の仕事にどう反映するかは私が決める」というところは守るように心がけています。
鳥嶋 素晴らしい! 「私が決める」、いい言葉だね。
たかしろ じゃないと意味がないなと。私は「DRAGON BALL」を読んで育ってきた世代なので、鳥嶋さんに対して「わあ、本物のDr.マシリトだ!」みたいな思いも最初は正直あったんですけど(笑)、そういう存在としていてほしいわけではないですから。おこがましいですけど、ガチンコでやらせてもらっています。できているかどうかはさておき。
鳥嶋 いやいや、できてるよ。だからね、今回の「comicoタテカラー漫画賞」は、そんなふうに僕の途方もないツッコミに耐えながら日々成長している人たちの主催するマンガ賞だということです。そこはわかっておいてもらいたいね。
スター不在の業界に才能は付いてこない
──このマンガ賞に、どういう人に応募してきてもらいたいですか?
たかしろ 今は商業媒体で描かずとも発表の場はいくらでもありますし、マネタイズの手段もいろいろある中で、それでも商業で描くことを選ぶからには「個人規模ではなく、もっと多くの人に読まれたい」「SNSで一瞬バズるだけではなく、ずっと長く読まれ続けたい」という気持ちがあると思うんです。その欲望に自覚的な人のほうがいいでしょうね。編集としてもバチバチやりがいがある。
かわかみ 私も、「自分の作品をヒットさせるために編集を利用してやろう」くらいの気概がある方にきてもらいたいです。「自分ならWebtoonでもっと新しいことができる」と思っているような人が現れたらうれしいですね。
鳥嶋 なんで僕がこの賞に関わるかというと、まだ見ぬ新しい才能に出会いたいからなんですよ。最初に言ったように世の中ではWebtoonのあり方が誤解されてるから、「大資本をバックにチームで作るもの」と思われているうちは、作家性の高い人ほどきたくないわけ。そうじゃない考えに基づいて仕事をしている編集者がここにいるんだということをもっとハッキリ言っていかないと、まともな作家なんて1人もこないよ。「じゃあ大手出版社に行ったほうがいい」ってことになっちゃう。
たかしろ 賞のスローガンでもある“作家第一主義”というのは、本来ならわざわざ掲げるまでもない、当たり前のことなんです。でも今は、その当たり前を伝えていくことが大事だと思ってやっています。
かわかみ 今日ここにいない2人の編集者も含めて、編集部4人でいつも真剣に作家さんのことを考えて仕事しておりますので、何とぞよろしくお願いいたします。
鳥嶋 日本オリジナルのWebtoonにヒット作がなかなか出てこないのはなぜかと言うと、世の有象無象の編集者たちが目の前の作家を見ていないからなんだよ。数字を出すために作家があるわけじゃない、その逆だから。作家を守るために数字が必要なの。それをわかった彼女たちと一緒に仕事するというのはね、僕は作家として幸せだと思うよ。
──作家は今こそcomicoにくるべきだと。
鳥嶋 僕が作家だったらここにくるね。
たかしろ (笑)。まさかそんなアゲトークをしていただけるとは。
鳥嶋 本当にそう思ってるよ。
──作家目線で言うと、例えば稼ぎの面は期待していいんでしょうか? 紙のマンガは当たればすごい稼ぎになるイメージがあると思うんですけど、Webtoonに関してはそのあたりのイメージが湧かない人も多いと思うんですけども。
たかしろ 収益に関してはまず原稿料と、それとは別に、課金して読まれた話の売上が作家さんに分配される仕組みになっています。その分配率は会社によって違ったり、条件によって変わってきたりもするので、一概には言えない部分がありますね。comicoの中でも、スタジオで作っている作品と、我々のように作家1人と編集者で作っている作品とでは、分配率に大きな差があります。
鳥嶋 要するに、「1人で作ったほうが儲かりまっせ」ってことね。
たかしろ そういうことです(笑)。
──例えばですけど、紙で出した作品とWebtoonで出した作品が同程度のヒットになったとして……何をもって“同程度”とするかも難しいところではあるんですが、その場合、作家の収入も同程度になると考えていいんでしょうか? 多くの場合Webtoonは単行本化されないので、そこを懸念する応募者も少なからずいそうな気がします。
鳥嶋 それってね、どこにも数字が出てないの。
たかしろ 作品の知名度と実際の売上の関係みたいなところがなかなか表に出てこないので、知られていないというのが現状だと思います。紙だと「コミックス100万部突破!」みたいに話題になりやすいですけど、Webtoonの場合は同程度の印税額を稼ぎ出しても話題にはなりづらいところがあって。でも例えば、かわかみが担当しているヒット作「インモラルに復讐を」は、累計で4億円近くの売上を上げています(参照:「インモラルに復讐を」|comico)。日本のWebtoonでもそれくらいの規模の作品が生まれてきているんです。
──ということは、イメージとしてつかみにくい状況にあるというだけの話であって、ヒットすればちゃんと大儲けできる世界ではあるということですね。
たかしろ そうですね。それに、まず国内である程度うまくいってからの話にはなりますけど、例えば海外展開などをする場合はむしろ紙よりも速いスピードで実現できますし、 広がりやすさというのはWebtoonの大きな利点だと思います。今は国内の電子書店も、Webtoon配信に対応するところがどんどん増えてきていますし。
鳥嶋 1つだけ言えるのはね、今これだけ「Webtoonは儲かる」と言われているけど、ただの1人もスター作家がいないんだよ。みんなが名前を知っていて「この人については知りたい」と思うようなスターがいない。どんな業界であれ、スター不在の業界に才能は付いてこないから。
──そうなると、「俺が最初のスターになってやる」という人にぜひ応募してもらいたいですね。
鳥嶋 いいねえ! スター誕生だ。
かわかみ スター、ぜひ目指してほしいです!
プロフィール
鳥嶋和彦(トリシマカズヒコ)
1976年、集英社に入社し週刊少年ジャンプ編集部に配属。鳥山明や桂正和ら多くのマンガ家を発掘し、数々の名作を世に送り出してきた。2015年、集英社専務取締役を退任。同年に白泉社代表取締役社長に就任し、2018年には同社の代表取締役会長に昇任した。2021年2月からはcomicoの外部顧問として、連載作品のアドバイザーも務めている。
たかしろ
2018年にNHN comicoに入社。自身も編集として作家を担当しながら、2021年11月からは編集長として、新たな漫画賞の創設や編集部のレベルアップに注力している。
かわかみ
2015年にNHN comicoに入社。現在の担当作には「インモラルに復讐を」「聖女は竜騎士様にまもられて」「変態ストーカーに狙われてます」など。