ファンタジーは、負の感情を主軸にすると描きやすい

──高校生の未来と陵の前世から続く縁と因縁を描いたファンタジー「あやかし緋扇」(以下「あやかし」)は、くまがい先生の代表作の1つです。ファンからの反響は、それまでとは違ったものがありましたか?

いや、最初はそれほどでもなく(笑)、3、4巻くらいでやっと少し増えてきた感じですね。反響の大きさでいうと、今連載中の「チョコレート・ヴァンパイア」(以下「チョコヴァン」)のほうがわかりやすかったです。「チョコヴァン」ではキャラをいっぱい描いたり、最初から盛り上がるように設定していたので。

──戦略的に仕込んでいたのですね。例えば「片翼のラビリンス」(以下「片翼」)はヒロインの都が失恋する運命を変えようとタイムリープするところから始まるお話ですが、“あり得る未来”の1つに、都が失恋を苦に自殺してしまうという世界が示唆されます。「あやかし」以降の作品では、キャラクターの幸せが、死と隣合わせになっているように感じるのですが。

私の中で、ファンタジーは負の感情を主軸にすると描きやすいというのがあります。そこから這い上がっていく主人公に読者は勇気づけられると思うんです。物語を作るときには最初に明確な目的を置いたほうがいいと思うのですが、最初から幸せに満ち足りた主人公だと、「幸せになりたい」って目標を持たせても感情移入しづらい気がするんです。だから負の感情でスタートさせるほうがいいかなと思っています。自分がつらかったときに勇気づけられた作品がそういうお話だったので、私もいつか描きたいと思っていました。

──確かに、「あやかし」の未来は兄を亡くしていて、「片翼」の都は好きな人が姉と付き合うという壮絶な失恋があり、「チョコヴァン」のヒロイン・千代は義理の親が殺されています。キャラクターの暗い過去があって、それをどう克服していくかという目標の設定がされていますね。

苦悩しながら乗り越えていく主人公は、どのマンガも切なくて魅力を感じます。ラストは必ずハッピーエンドなお話が好きなので、設定を暗くすることで、克服できたときのうれしさを倍増させる狙いもありますね。

「あやかし緋扇」より。陵は「未来の亡くなった兄と未来を“護る”と約束している」と話す。 「片翼のラビリンス」より。2年前の世界にタイムリープした都だが、クラスメイトの司と桃子から、元の世界で自身が命を落としていたことを告げられる。

かわいい系男子は“2度おいしい”!

──男の子キャラについてお聞きします。「チョコヴァン」の雪(せつ)、「あやかし」の陵のような、かわいいけれど芯があり、かつヒロインのことが大好きな男子キャラというのは、くまがい先生自身の“萌え”と共通しているのでしょうか。

「ヒロインのことが大好き」というのは、Sho-Comiだとそのほうが楽しんでもらえるかな?というのがあってそう描いていることが多いですが、“かわいい系男子”は本当に自分が好きで描いてます(笑)。しかも、かわいい系の男子キャラって、かわいいシーンとカッコいいシーンの両方が描けて、二重においしいんですよね。シーンに困らないんです。

「チョコレート・ヴァンパイア」より。千代のとある決断に対し、駄々をこねる雪。 「チョコレート・ヴァンパイア」より。千代に“紅血の契約”を強いる雪。

──なるほど! でも意外にも今回の「チョコヴァン」の雪が初めての年下キャラですよね。

はい、2歳差ですね。年下男子はずっと描きたかったんですよ。

──この2人の関係性は見ていて微笑ましく、すごくかわいいです。くまがい先生が今まで読んできたマンガの中でも、背が小さくかわいらしい男の子キャラを好きになることは多かったですか?

はい(笑)。雪のトレードマークでもありますが、半ズボンキャラが大好きで、自然に目が行ってしまうんです。一番わかりやすくハマったのは、「名探偵コナン」のコナンくんですね。連載が始まったときは私もまだ子供だったのですが、「これは……!」と大好きになって。たまらなかったですね(笑)。今は、コナンと怪盗キッドのペアが一番好きです。

「チョコヴァン」発想のきっかけは「血を吸わないと生きられないなんて不便」

──連載中の「チョコヴァン」は、そもそもなぜヴァンパイアものを描こうと思ったのでしょうか。

「あやかし」では和のお話を、「片翼」ではタイムリープを描いたので、次は西洋っぽいものを描こうと思っていたんです。その中で、ヴァンパイアというのが自然に出てきました。ただ、すごくメジャーなジャンルなので、「ホントに私が描いていいのかな?」ってドキドキしました。

担当編集 くまがい先生は以前の打ち合わせで、「ヴァンパイアの話って、血を吸うとか吸われる行為をすごくいいことみたいに描いているけど、結局人間の血がないと死ぬわけだから、不便としか思えない」っておっしゃっていました。そこが変だと思ったから描いた、と。

そうでした(笑)。私、今まであまりヴァンパイアものにハマってこなかったので、逆にとらわれずに、自分の解釈で描くことができているのかもしれません。

「チョコレート・ヴァンパイア」は2016年よりSho-Comiにて連載中。人間の千代と、年下のヴァンパイアである雪を中心に展開される恋愛ファンタジーだ。このイラストは背景と人物が別々に描かれ、くまがいがカッターで人物と十字架を切り取り、貼り合わせたものだという。

──確かに“不便さ”という着眼点は新鮮です。

人間も食べなければ生きていけないですが、「チョコヴァン」の世界では、モテない人は満足に血を吸えないんです(笑)。

──(笑)。「人間にとって食べること=ヴァンパイアにとっての吸血」とすると、生きていくうえで必須の行為なのに、すごくハードルが高いですよね。特に「チョコヴァン」で強く感じるのですが、くまがい先生は女性キャラや読者がキュンキュンする男子キャラの行動やセリフを熟知しているように思います。

それが、デビュー当時は全然わからなかったんです。なにせ少年マンガ脳だったので(笑)。最初はセリフよりも、男の子をカッコよく見せられるアングルやネームの流れを大事にしていました。セリフに関しては、まずは描いてみて、読者の反応を見て「ああ、これでいいんだな」と確認しながら、ちょっとずつ手を広げていくような感じでしたね。今でもセリフより、ネームの流れや、キャラの角度、髪の毛の流れなどのほうをこだわって描いています。

──改めて見返すと、確かに髪の毛の密度や美しさは際立っていますね。

あと、キュンとくるようなシーンは、1話に1つは絶対に入れるようにしてますね。それと、自分が萌えられないキャラはやっぱり動かすのが難しいので、自分も萌えられるように、楽しんで描くことを大事にしています。

──単行本は7巻まで発売されていますが、ここまでで印象的なシーンやセリフを教えてください。

「チョコレート・ヴァンパイア」より。再び“紅血の契約”を結んだ千代が思うこととは……。

印象的なのはやはり、2巻で千代と雪が紅血の契約(アーティクル・ブラッド。契約することで雪は千代の血しか飲めなくなり、千代も雪以外のヴァンパイアに血をあげられなくなる)の再契約をするシーンですね。実はそれまでずっと、キャラの気持ちの中心がいまいち見えなかったんです。でもそこでやっと、なぜ千代が雪につれない態度をとっていたのか、今後2人がカップルとしていい感じになるのかどうかが、一気に見えました。

──2人の絆が強まるシーンであるとともに、千代が幸せな感情をなぜ封印してきたのかが明かされる切ないシーンですね。では、敵対する白銀(しろがね)家との戦いを描いている最近の巻ではどうでしょうか。

白銀編はホントに描くのが大変でした……。服もややこしいのが多いし、アクションシーンもたくさんあったので血もいっぱい描かなければならないしで、苦労しましたね。

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くまがい杏子(クマガイキョウコ)
くまがい杏子
2月14日、山口県生まれ。O型。2006年に少女コミック(小学館)に掲載された「キミの手で、あたしを」でデビュー。2011年から2013年までSho-Comi(小学館)で連載した「あやかし緋扇」がシリーズ累計190万部を超えるヒットを飛ばし、同誌のファンタジー作品を牽引する存在に。2014年から2016年まではタイムリープものの「片翼のラビリンス」を発表し、現在は年下ヴァンパイアとの恋を描く「チョコレート・ヴァンパイア」を連載中。