「シアロア」|田口囁一×「覆面系ノイズ」福山リョウコ 青春を捨て、丸腰になった自分が再び描いたら

当時の全10話では成長しなかったサエ、試練を与える予定です(田口)

田口囁一

福山 「シアロア」に話を戻しますけど、どういう経緯があって再スタートに至ったんですか?

田口 2016年に感傷ベクトルとして「青春の始末」というミニアルバムをリリースしたんですよ。制作にあたって“青春とはなんぞや”ということから考え始めたんですけど、20代前半に必死に描ききった「シアロア」って、自分にとって青春のひとつにあたるなって思ったんです。それをアルバム制作を通じて一旦始末したというか、線引きしたという感覚がありまして。その後しばらく経ってLINEマンガ編集部の方にお声がけいただいたのをきっかけに、青春を捨てて丸腰になった今の自分が改めてこの作品に向き合ってみたらどうなるのかと興味が湧いて、再び描こうと決意しました。

「リユニオン」より、飲み会からの帰り道で言葉を交わす東と小西。

福山 すごいです、きちんと考えられていて。私はどうしてもすぐ直感で突き進んでしまうので。

田口 いやいや、いろんな理由を後付けしてるだけです(笑)。あと10話という枠の中で描いてきた「シアロア」のキャラクターたちが、一般的な連載マンガのフォーマットに落とし込んだときに、どんなふうに動くんだろうというのも気になって。

福山 私、渡瀬くんが現在どうなっているのかすごく知りたくて。 新生「シアロア」の第1話に描き加えられた「リユニオン」で、彼がまだバンドを続けているって、東くんと小西くんの会話で言及されてたじゃないですか。

田口 そうですね。渡瀬については新規エピソードの第11話以降で描いていくつもりです。単にキャラクターの現状だけでなく、当時は描ききれなかった部分も詰めていこうかと考えていて。渡瀬で言えば、第1話から第8話までの間に東と何があったのかというのも明らかにしていく予定ですね。

福山 じゃあ同じく「リユニオン」でシアロアが活動休止したという描写がありましたけど、そこに至る経緯も追って説明されていく感じですか?

「0と1」より。自身のことを歌にするため自問自答するミナは、迎えた初ライブで変化のきっかけを得る。

田口 はい、これからサエのほうに何か試練を与えようと。

福山 お、いいですねえ! 男の子のキャラクターはいじめてなんぼですよ(笑)。

田口 福山さんがおっしゃると説得力があります(笑)。以前の連載は、1人で殻に閉じこもってるミナが音楽を通して世間とかかわりを持っていく、“神様を人間にする話”というのをテーマに掲げていたんです。でも再連載では、そこから中心が少し変わっていきそうだなと。あらかじめ着地点は決めずに、キャラクターの行きたい方向に進めていけたらと思ってるところです。

泣かせるメロディじゃない新曲作ってます(田口)

福山 続きが楽しみです。でも執筆に入られたら音楽のほうはしばらくお預けですよね。

田口 それが……ちょうど今、次のネームを制作しながら「シアロア」の新規楽曲を作ってるところなんです。

福山 えっ、書き下ろし楽曲があるのは「リユニオン」だけかと思ってました!

田口 現在は毎週更新なので、毎回作ってたら死んじゃうんですけどね(笑)。だから例えば「青春の始末」に入ってる曲から派生させて、マンガを作るなんてこともやってみたいなと思ってます。あとは、ほかの方のマンガを読んで曲のヒントになるものをいただこうかなと。

福山 作品から受けた感情を表現したい、みたいなことですね。

田口 はい、感傷ベクトルの「エンリルと13月の少年」も、羽海野チカ先生の「3月のライオン」に曲をつけるならっていうつもりで書いたんですよ。上京したての自分と、何もない殺風景な部屋で1人で暮らしてる桐山くんが重なって、創作意欲に結びついて。

福山 そうだったんですね、言われてみると確かに納得です。

田口 今作っているのは、「シアロア」とか感傷ベクトルになかった曲調なので、こんなの違う!っていう反応がこないか少し怖いんですけど……。

福山  どんな感じなんですか?

田口 どっちかって言うと、シティポップ寄りです(笑)。

福山 マイナー調で泣かせる感傷ベクトルのイメージが……!? 新たな一面を期待してます。

コンプレックスを抱いたまま、米津玄師に嫉妬したままでいいと思います(福山)

左から田口囁一、福山リョウコ。

田口 最後に福山さんが今ハマっているバンドを聞きたいです。

福山 ヒトリエです。そう、今日知ってすごい驚いたんですが、田口さんって昔ヒトリエのゆーまおさんとバンドを組まれていたとか……。

田口 あ、そうなんですよ。

福山 彼ら、天才ですよね。

田口 僕もずるいと思います(笑)。ゆーまおはギターのシノダさんと、音楽ナタリーで展開される「シアロア」の特集に登場してくれて。この対談が載るページのどこかには、福山さんとヒトリエの名前が並んでるんではないかと。

福山 いろんな意味で光栄です……! ちなみに田口さんがハマってるアーティストは?

田口 一番好きなのはPeople In The Boxです。言い方が悪いですけど、ひねくれている曲がすごく多いんですよ。

福山 確かにイメージぴったりです。退廃的な感じでいいですよね。

田口 そうですね。あとはあまり言いたくないんですが、米津玄師はめちゃめちゃ聴いてます。歌詞からも頭のよさが伝わってきて、アーティストとしての雰囲気作りもうまい。それでいてうわべだけでなく、しっかりとした自分の意見も発信できるって……もう完全に嫉妬ですよ(笑)。

福山 畑違いですけど、私も気持ちはよくわかります(笑)。

田口 己が確立されてて、素直にすげえなって。自分は個性がないのが割とコンプレックスなんですよ。「シアロア」でもエピソードによって作画を変えようとしてましたし、次の「フジキュー!!!」では少年誌っぽい力強いタッチに寄せていって。幅広くこなしたいという気持ちもありつつ、1つの要素に絞ったほうがマンガ家としてはいいのかもしれないっていう迷いもあって。

「シアロア」出力画

福山 まさに最近、個性についてずっと考えていたんです。そこで気付いたのが、いびつな部分、粗を持ち続けている人って強いなって。完璧すぎるとサラッっと流されて終わっちゃうこともあるじゃないですか。でもどこかしらに欠けた部分があると、どんな形であれ心に引っかかりやすいなって思って。だから田口さんもコンプレックスを抱いたまま、米津玄師に嫉妬したままであるべきだと思います(笑)。

田口 なるほど、じゃあ欠けた自分で突き進もうかなって思います。「米津さん、イラスト描くのやめてくれー! おしゃれなタッチなんてますますやめてくれー!」って思い続ける感じで(笑)。

福山 あはは!(笑)そんな田口さんも魅力的です。

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田口囁一「シアロア」

田口囁一を中心としたロックバンド、感傷ベクトルが2011年よりWebサイトにて連載した1話完結型の音楽マンガ。正体不明の覆面バンド“シアロア”と、彼らの楽曲に影響を受けるさまざまな人々の物語が交錯して描かれた。連載時には各話をイメージしたオリジナル曲も同時公開され、ネットユーザーを中心に大きな話題を呼ぶ。2012年8月には全エピソードを収録した単行本と、イメージソング10曲にボイスドラマを加えたアルバム「シアロア」を同時発売。2017年12月から新規描き下ろしエピソード「リユニオン」と共に、LINEマンガオリジナルとして再連載がスタートした。既存の第10話以降は、全編新作による隔週連載も予定されている。

田口囁一(タグチショウイチ)
田口囁一
2010年よりジャンプSQ.19(集英社)にて平坂読のライトノベル「僕は友達が少ない」のスピンオフ「僕は友達が少ない+」を連載。自身を中心とするユニット・感傷ベクトルとして2011年6月から10カ月にわたりメディアミックス作品「シアロア」をWeb上で連載し、2012年8月には本作の単行本とアルバムを同時リリースした。その後、別冊少年マガジン(講談社)で「フジキュー!!!~Fuji Cue's Music~」、少年ジャンプ+(集英社)にて「寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。」のコミカライズ連載を開始。2017年12月にはLINEマンガで、「シアロア」の再連載をスタートさせた。
福山リョウコ(フクヤマリョウコ)
福山リョウコ
和歌山県出身。2000年にザ花とゆめ(白泉社)に掲載された「カミナリ」でマンガ家デビュー。2003年に花とゆめ(白泉社)で10代のモデルを主人公とした「悩殺ジャンキー」の連載を開始、同作がヒットし代表作となる。その後、2008年より2012年まで「モノクロ少年少女」を発表。2013年、バンドと片恋をテーマとした「覆面系ノイズ」の連載を開始。「覆面系ノイズ」は2017年に4月にテレビアニメ化、11月に実写映画化を果たした。