楽園 Le Paradis [ル パラディ]|かずまこを×水谷フーカが表現する“恋” 鶴田謙二×kashmir×panpanyaが伝えたい“背景”

「エレキテ」の景色も、ほとんど家の周り(鶴田)

──背景に使う写真は、ご自身で撮影に行かれるんですか。

鶴田 うん、でも自分の撮った写真って意外と使えないですよ。

panpanya そうですね。あとで資料になるかもと思って撮っておいたものでも、見返してみると全然足りないっていうことがよくある。描くものがはっきり決まってれば欲しい写真が撮れるんですが。

kashmir 普通に観光地に行って撮る写真と、マンガを描くときに必要な写真ってだいぶ違いますよね。もっと、すごくどうでもいい地面とか柵とかが重要で。だから取材は本当はネームの前と後で2回行きたいんです。でも遠いところは2回も行ってられないので、決め打ちでやるしかない。

──とりあえず広角で撮っておけばいいってわけでもないんですか。

kashmirの描き下ろしイラスト。右側は鶴田謙二作品の背景を、左側はpanpanya作品の背景をイメージしている。

kashmir マンガでキャラクターが出るシーンって、広い範囲を広々と描くというよりは、特定の背景を切り取るという意味でわりと望遠寄りなんです。だから広角で撮っても、そのままだとそんなに使えないですね。見開きで描く絵とかだと大丈夫なんですけど。

鶴田 背景用に撮った写真にキャラクターを乗っけてみたら、背景に欲しいものが何も写ってないとかね、よくある。

panpanya なので、写真をそのまま使うということはあまりないですね。全然違う角度の写真を寄せ集めて、屋根の形はこれにしよう、窓の形はこれかな、とか組み合わせたり、想像で描いた下描きに適した写真を探してきてディテールだけ参考にしたり。

kashmir その場所で撮った写真には富士山写ってないけど、マンガでは富士山入れちゃったりね(笑)。

鶴田 やるやる。「エレキテ(冒険エレキテ島)」の景色も、ほとんど家の周りなんですよね。ここの段差と、ここのガードレールと、ここの坂を組み合わせて、とかそんなふうにして描いてました。

──ちなみに、「モモ艦長の秘密基地」の宇宙船は何を参考に描いているんでしょう。

鶴田 宇宙船の中は自分の部屋ですね。まだ内容的にそこまで踏み込んでないので詳しくは言えないですけど……。1年半後ぐらいにその意味がわかると思います。

背景もキャラクターの1つだと思って描いてる(鶴田)

鶴田 そもそもキャラクターの後ろに描かれている絵を背景と言ってしまっていいんですか?

panpanya ああ確かに……背景っていう言い方はしないですね。景色、風景。

鶴田謙二「モモ艦長の秘密基地」より。

鶴田 うん、風景の絵ですよね。背景じゃない。それに背景もキャラクターの1つだと思って描いてるし。マンガでは、舞台を記号的に設定するための絵を背景って呼びますけど、背景をちゃんと絵として描こうと思ったら、それはもうキャラクターじゃないですか。背景はただ単に状況を説明するための要素ではなく、登場人物と同じぐらい替えの聞かない存在だと思うんです。ベネチアはベネチアだし、エレキテはエレキテだし。

kashmir 僕はなくていいものを描いているっていう感じはしてます。別に説明する必要のないものを、すごい時間をかけて描いてるなと。

鶴田 わかります。理由なんてなくて、もう描かなきゃいけないと思うから描くんだよね。僕は、基本的にキャラクターのその後ろを埋める作業が好きで。キャラクターと釣り合いが取れるように背景を描いているから、背景を描いたときには人物を入れ込みたいし、人物を描いたときには背景を入れ込みたい。まあ趣味ですねコレは(笑)。きちっとキャラクターが描けたときには、背景が一緒についてくるし。それでひとつの絵なんです。

panpanya なんか“景色に対する態度”ってあると思っていて。マンガの背景としてだと、例えばコマにY字の線で天井と壁を描けば、「ここは部屋の中です」っていう説明はできると思うんですけど、現実にはそこに影ができてるとか、パイプが通っているとか、もっとたくさんディテールがある。マンガでそれをがんばって描こうとしても、現実ほど写実的には到底できないんですけど、でもがんばって近づけようとしているという態度は画面に出ると思うんですよ。

──なるほど。

panpanya 状況や説明であればいいっていうのは踏み越えて、表現しようとしている姿勢みたいなものがある気がする。ここにでっぱりがあるっていうことを言いたいし、鉄パイプにつなぎ目があることを言いたいし、この隙間から雑草が生えていることを言いたい。

kashmir「てるみな」より。

kashmir すごいわかる。草ってどこからでも生えるじゃないですか。そういうのは見逃せなくてマンガの中に描いてしまうんですよね。

panpanya そう、見逃せないんですよ。しかし多くの場合見過ごされている。現実はマンガに比べてこんなにも解像度が高いというのに。でもマンガだと、ただの背景にも「わざわざ描いてる」っていう事実が上乗せされるから、見逃せないのだという気持ちを見る人に伝えることができる。kashmirさんの「ぱらのま」の背景に対して、「てるみな」の背景がよりウェットな感じがするのは、異界を舞台にした「てるみな」はトレスじゃなく「わざわざ描いている」っていう態度がよりにじみ出るからではないかと思いました。

鶴田 ドラマとかストーリーっていうのはキャラクターだけにあるわけじゃないんですよ。人物だけにあるんじゃなくて、背景や風景にもある。それを思いついたら描いておきたいっていうのがあるんだよね。

「背景はキャラクター」っておっしゃるのに、すごく愛情を感じる(かずま)

──かずまさん、水谷さんは3人のお話を聞かれていて、いかがですか?

かずま もうずっと肩身が狭いんですけど……(笑)。私はストーリー重視で背景にはこだわりがなくて。記号的に背景を描くタイプ。そこに学校のようなものがあればそれで十分と思って描いちゃうので。

水谷 わかります、私もそう。背景を描いちゃうとごちゃごちゃするので、人物だけのコマもありますし。逆に背景を気にしてもらったら困るみたいなところありますよね。

「ディアティア5 ―エンゲージ―」より。2コマ目の睦子の肩にかかる髪に注目。これが「女の子の肩が当たったときにふわっと浮く髪の毛」。

かずま 困る! だから、皆さんが背景はキャラクターっておっしゃるのが、すごく愛情を感じて……。1人ですごくジーンとして、泣きそうになってました(笑)。でも私も、キャラクターを描くとき、「この線がそこに入ってないと、思い描く絵にならないんだよ」っていう線があるんです。「女の子の肩が当たったときにふわっと浮く髪の毛の線をここに入れなきゃ駄目」みたいな。で、それに時間がかかってつらくなったり。多分、そういう大事な線が、皆さんは背景にあるんだろうなと、お聞きしながら思ってました。それだけ全体に愛情を込めて描いてらっしゃるのが伝わってきて、素晴らしいなと。

鶴田 向いている方向が違うだけですよね。

panpanya だって髪の毛って言ったら……(自分のキャラクターを見て)。

一同 (笑)。

──では最後に、これから楽園でやりたいことや今後の意気込みなど聞かせてください。

水谷 私は「14歳の恋」をもうしばらく描きます。9月のエピソードを描くだけでもすごく長かったので、冬はだいぶ長くなるんじゃないかなと。学生らしいイベントはまだまだいろいろあるので、丁寧に描いていければと思ってます。

かずま 私はまだ別れを描いたことがないので、楽園で1度描いてみたいなと思っています。でもなかなか難しいなと思って……。やっぱりキャラクターを好きになってもらいたいし、好きになったキャラクターが別れたら寂しいし、でも別れを描くからには、それ以上に何かを思ってもらいたいし。

鶴田 じゃあひとつのカップルが、いろんな別れ方を脳内でシミュレーションしてる様子を描くっていうは?

かずま 架空の別れを描くってことですか?なるほど……。うまく描けたら面白そうだけど、難しそう……(笑)。

panpanyaの描き下ろしイラスト。右側はkashmir作品の背景を、左側は鶴田謙二作品の背景をイメージしている。

panpanya 私はいつも通り、いいものが思いついたらいいなという感じです。結構、出たとこ勝負というか、毎回全然違うところからポロっとアイデアが出てくるので。

kashmir 僕もあんまり目標はないんですけど、北のほうにまだ行ってないから行かないとなっていうのと、インドネシアには行ってみたいなと思ってます。

鶴田 僕は、どこまでやったら飯田さんに「駄目」って言われるのか試してみたいですかね(笑)。あとはできるだけセリフを減らして、写植のやりとりする編集の時間もマンガの執筆のためにもらう。

一同 (笑)。

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新連載開始!の幾花にいろ、新作はガールズラブ♩のシギサワカヤ、かずまこを、ハルミチヒロ、「微熱空間」の蒼樹うめ、「スタジオパルプ」の久米田康治をはじめ、中村明日美子、木尾士目、水谷フーカ、宇仁田ゆみ、kashmir、鶴田謙二、黒咲練導、志摩時緒、迂闊、位置原光Z、沙村広明、犬上すくね、あさりよしとお、panpanya、平方イコルスン、黒井緑、鬼龍駿河、竹田昼、以上24名!一騎当千の作家陣!

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かずまこを
かずまこを
2月19日兵庫県生まれ。2007年、コミック百合姫(一迅社)にて「パジャマ夜話」でデビュー。以後、コミック百合姫や楽園 Le Paradis(白泉社)にて青春少女マンガを発表している。代表作に「純水アドレッセンス」「ディアティア」など。
水谷フーカ(ミズタニフーカ)
水谷フーカ
7月4日京都生まれ。2006年、同人誌作品集「夜盗姫」(司書房)の単行本でデビュー。ファンタジー、4コマ、百合、その他さまざまなジャンルで執筆。現在は楽園 Le Paradis [ル パラディ](白泉社)で「14歳の恋」を連載中。
鶴田謙二(ツルタケンジ)
鶴田謙二
1961年静岡県生まれ。1986年、モーニング(講談社)に掲載された「広くて素敵な宇宙じゃないか」でデビューを飾る。代表作に「The Sprit of Wonder」「さすらいエマノン」「冒険エレキテ島」など。
kashimir(カシミール)
kashimir
代表作はアニメ化もされた「百合星人ナオコサン」など。現在、楽園 Le Paradis [ル パラディ](白泉社)にて「てるみな」「ぱらのま」、まんがタイムきららMAX(芳文社)にて「ななかさんの印税生活入門」を連載中。
panpanya(パンパンヤ)
panpanya
2013年に楽園 Le Paradis [ル パラディ](白泉社)にて商業デビュー。以降も継続的にマンガ作品を発表中。単行本に「足摺り水族館」(1月と7月)、「蟹に誘われて」「枕魚」「動物たち」「二匹目の金魚」(白泉社)がある。