頑なに恋愛には寄らないようにしてます(鶴田)
──続いて「背景」というテーマで鶴田さん、panpanyaさん、kashmirさんにお話をお伺いしたいのですが、まずは「恋愛系コミック最先端」という楽園のテーマについてどう思われているのかお聞きしたいなと。
鶴田 僕は全然聞いてなかったので、騙された感が強かったです(笑)。
一同 (笑)。
鶴田 もともと知り合いだった編集の飯田さんから「新しく雑誌を作るので、何か描いてくれ」と頼まれて。で、いざ予告が出たときに「恋愛」っていう2文字が書いてあって、騙された、それは聞いてないぞと(笑)。木尾士目さんもあさりよしとおさんも同じこと言ってましたし。だから僕はそんな話は聞いてないという体で描いてます。むしろ頑なに恋愛には寄らないようにしてます(笑)。
kashmir 僕も全然聞いてなかったですね。でも特に「恋愛を描け」って言われたわけでもないので、好きにやってます。
panpanya 私は本誌でいうと13号からの参加なので、恋愛テーマなのは知ってたんですけど、それだけに「いいんですか?」と思いました。でも「いい」ということだったので、いいものとして描いてます。
鶴田 何かリクエストされました?
panpanya なかったと思います。「いつものように」とか「好きなように」とか。
鶴田 やっぱり。飯田さん、基本丸投げだもんね(笑)。アイデアを出したりネームを描いたりしてても、「いいじゃん、描いて描いて」としか言われないし。何を出したら駄目って言うかなと思って、もう嫌がらせみたいなネームを描いたりしてます(笑)。
建物は丁寧に描き込めば描き込むほど豊かになるけど、人間はそうじゃない(panpanya)
──鶴田さんの「ポム・プリゾニエール La Pomme Prisonniere」は、廃墟、猫、裸をモチーフにした作品ですが、描こうとしたきっかけは?
鶴田 もともと、猫を使ったマンガを描きたいなと思っていて。女の子が裸なのは、服を考えるのが面倒くさいっていうのが理由です(笑)。
一同 (笑)。
──kashmirさんの「てるみな」は、実在の路線に似た、でもどこか違う異界を猫耳の少女がさまよう旅行記で、「ぱらのま」は日本全国津々浦々を鉄道で移動する、いわゆる“鉄子”を描く作品です。どちらもほかの4コマ誌などで描かれている作品とは毛色が違う印象があるんですが、鉄道はお好きなんですか?
kashmir いや、まあ人並みというか……(笑)。マンガを描くために取材に行って、それで初めて知ったことを描いていることも結構あります。一応「てるみな」は近場、「ぱらのま」は遠方、というふうに描き分けていますね。
panpanya 「てるみな」の銚子電鉄の回ってどれぐらい本当なんですか?
kashmir えっと、外川には干物はあんまり売ってなくて、銚子も醤油が吹き出してはいないです(笑)。でも駅降りて東西どっちに行っても醤油工場があるのは本当かな。工場を見学すると小さい醤油をくれます。
panpanya 上野の闇市は?
kashmir アレはかつて闇市があったっていうところだけですね。まさかそこを突っ込まれるとは(笑)。
panpanya いや、明らかに嘘なんだろうなってわかる部分もあるけど、本当っぽいところと地続きだから、どこまで本当にあるのかなと(笑)。
──panpanyaさんの作品は、いつも同じ女の子と動物が登場しますよね。背景はとてもしっかり描き込まれていますが、人物はふわっと描かれているのには理由はあるのでしょうか。
panpanya それは人間をきっちり描くのがあんまり好きじゃない、というか苦手なので。なんか、あんまり生き生きしたものが描けないんですよね。建物は丁寧に描き込めば描き込むほど豊かになりますが、人間は毛穴まで描いたからといって豊かになるってものでもないというか。だから人間はいい加減に描くぐらいのほうがいいのかな、という気持ちが、昔からあります。
鶴田 キャラクターの表情っていうのは、線の数に反比例するんですよ。線の数を増やせば増やすほど表情が失われていく。観る人の考える余地がなくなっていくからですね。そういう意味では、panpanyaさんの描くキャラクターは理想的ですよ(笑)。
「てるみな」の背景は箱庭に近い(Kashmir)
──では、実際の背景の作画についても教えてください。
鶴田 僕は「ポム・プリゾニエール La Pomme Prisonniere」ではあまり背景描いてないですよ。そんなに力を入れた覚えがない(笑)。1話目は背景を真っ黒にするにはどうしたらいいかなと考えたときに、ずっと真っ暗なトンネルの中にいればいいじゃんと思って。結局オチが付かなくて外に出しちゃったけど、出さなきゃそのまま続けられたのに(笑)。
kashmir 僕は「てるみな」と「ぱらのま」でちょっと描き方が違って。「てるみな」のほうは箱庭に近いというか、そこにあってほしいものを自由に描いていくみたいな感覚です。だから変なものとか、よくわからないものとか、あったらいいなと思うものとかを何でも背景に入れ込んじゃってて、あんまり背景として成立しているか考えないように描いてます。逆に「ぱらのま」は行った場所を、わりとそのまま描いていて。
panpanya 「ぱらのま」は資料を見ながら描いてるんですか?
kashmir 最初はそうだったんですけど、途中からトレスになって。あんまりトレスはしたくないんですけど……。
鶴田 描き込みの量を見ていると、他人事とは思えない感じするもん(笑)。
kashmir 細かく描き込むのは作業としては好きなんですけど、「もう嫌だ!」って思いながらやっている感じで(笑)。瓦とか同じパターンをずっと描くのはキツイですね。
鶴田 それは本当によくわかります。しんどいときは、余所見をしながら描いたりするもんね(笑)。
kashmir はい。でもちゃんと描かないと瓦に見えないですしね。
panpanya 瓦ってがんばって描くと瓦になるから、私はわりと好きです。
一同 (笑)。
──がんばって描くと瓦になる……?(笑)
panpanya はい。瓦は時間をかけてがんばって描いていくと、ちゃんと瓦に見えてくるので。水面とかを描くよりは気楽で好きですね。
鶴田 僕は水面を描くほうが好きですよ。一発勝負って感じで。
panpanya ほんとですか?描いても描いても、水面にならないなと思ってしまって。
鶴田 ああ、計算が立てられないからね。
panpanya 同じ自然物でも雑草を描くのは好きですけどね。端から思い付いた草を描いていくとちゃんと雑草になっていくので。
鶴田 海も同じだよ。思い付いた波を描いていけばいんだから。雲もそうだし。
panpanya なるほど……。
kashmir panpanyaさんって、あんまりストロークの長い線は描かないじゃないですか。だから一筆が長くなる水面とかよりも、シャッシャッと描ける岩とか草とかのほうが合うんじゃないかな。
panpanya ああ、それはあるかもしれないです。
鶴田 panpanyaさんの背景は、panpanyaさん自身の願望を描き込んでいる感じがするね。kashmirさんの作品で例えると、現実的な「ぱらのま」よりはファンタジーの「てるみな」に近い。
panpanya 建物にしてもなんにしても、本当に直線なものって世の中にほとんどないような気がしていて。「まっすぐだな」と意識して建物を見ることって日常にそんなにないし、一見まっすぐでも微妙に歪んでたり凸凹があったりする。だから定規できちんと描く対象があまりなくて。「NEWTOWN」(「枕魚」収録)は、「newだぞ、新品だぞ」感を出したくて定規を使いましたが、やがて新品ではなくなって、その世界に馴染んだものになっていったらもう直線とは思えなくなってくる。
鶴田 それこそベネチアなんかは、定規で引いた線は1本もないような場所なので、楽しいですよ。全部建物が傾いてるし、フリーハンドでしか描けない。
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「エレキテ」の景色も、ほとんど家の周り(鶴田)
- 楽園 Le Paradis [ル パラディ]第26号
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新連載開始!の幾花にいろ、新作はガールズラブ♩のシギサワカヤ、かずまこを、ハルミチヒロ、「微熱空間」の蒼樹うめ、「スタジオパルプ」の久米田康治をはじめ、中村明日美子、木尾士目、水谷フーカ、宇仁田ゆみ、kashmir、鶴田謙二、黒咲練導、志摩時緒、迂闊、位置原光Z、沙村広明、犬上すくね、あさりよしとお、panpanya、平方イコルスン、黒井緑、鬼龍駿河、竹田昼、以上24名!一騎当千の作家陣!
- かずまこを「ディアティア5 —エンゲージ-」
- 発売中 / 白泉社
- 水谷フーカ「14歳の恋⑧」
- 発売中 / 白泉社
- 鶴田謙二「ポム・プリゾニエール La Pomme Prisonniere」
- 発売中 / 白泉社
- kashimir「てるみな③」
- 発売中 / 白泉社
- panpanya「二匹目の金魚」
- 発売中 / 白泉社
- かずまこを
- 2月19日兵庫県生まれ。2007年、コミック百合姫(一迅社)にて「パジャマ夜話」でデビュー。以後、コミック百合姫や楽園 Le Paradis(白泉社)にて青春少女マンガを発表している。代表作に「純水アドレッセンス」「ディアティア」など。
- 水谷フーカ(ミズタニフーカ)
- 7月4日京都生まれ。2006年、同人誌作品集「夜盗姫」(司書房)の単行本でデビュー。ファンタジー、4コマ、百合、その他さまざまなジャンルで執筆。現在は楽園 Le Paradis [ル パラディ](白泉社)で「14歳の恋」を連載中。
- 鶴田謙二(ツルタケンジ)
- 1961年静岡県生まれ。1986年、モーニング(講談社)に掲載された「広くて素敵な宇宙じゃないか」でデビューを飾る。代表作に「The Sprit of Wonder」「さすらいエマノン」「冒険エレキテ島」など。
- kashimir(カシミール)
- 代表作はアニメ化もされた「百合星人ナオコサン」など。現在、楽園 Le Paradis [ル パラディ](白泉社)にて「てるみな」「ぱらのま」、まんがタイムきららMAX(芳文社)にて「ななかさんの印税生活入門」を連載中。
- panpanya(パンパンヤ)
- 2013年に楽園 Le Paradis [ル パラディ](白泉社)にて商業デビュー。以降も継続的にマンガ作品を発表中。単行本に「足摺り水族館」(1月と7月)、「蟹に誘われて」「枕魚」「動物たち」「二匹目の金魚」(白泉社)がある。