コミックナタリー Power Push - 「大奥」「パレス・メイヂ」特集 よしながふみ&久世番子対談

女将軍と女帝を描く2人のシンパシー

嘘をついていていいんですよ(よしなが)

よしなが 「帝の言葉辞典」みたいなものってないですよね?(笑) どうやって調べてらっしゃるんですか。

久世 当時の新聞ですね。残っていてよかった!と。私は明治時代なので新聞が残っていますが、(「大奥」で描かれている)江戸時代初期のものって、文字の資料だと文語体でしか残っていないですよね?

よしなが だから嘘をついていていいんです(笑)。江戸時代を題材にしたものには、時代劇というとてもいい嘘つきの見本があって。時代劇って当時の文化に忠実な部分と、“お歯黒”みたいに本当はしているけどあえてばっさり切ってしまう部分がある。大河ドラマでも、篤姫はお歯黒をやっていないですから。大河がやっていないことはマンガでもやらなくていいかなと(笑)。言葉遣いも、作品によってはすごく現代語に寄せてくるところもあったりして。「大奥」では春日局のときにはかなり意識して昔の言葉を喋らせているんですけど、平賀源内が出てきたときに、一気に、わざと現代語に近い言葉を喋らせました。

久世 確かにそうでしたね!

「大奥」9巻より。

よしなが 時代が下って私たちの時代に近づいてきた、みたいな感じがなんとなくするかなと思って。きちんと考証しないといけないところはして、ほかのことはいっぱい嘘をつく。「パレス・メイヂ」もそうなのではないかと。

久世 そうですね。

よしなが 将軍のお手がついた女性は絶対にお城の外には出られなかったと思うんですけど、「パレス・メイヂ」で明慈帝の子を産んだ真珠さんはそうではなくて。帝のお手がついた方が下野することはありなんですね。

久世 現実でも明治になってから結構変わるんですよね。10年ごとくらいに制度がゴタゴタと変わっていく。いろいろ見ていくと、制度ってずっと同じようだと思っていたけどそうでもない。結構ゆるいな歴史!と思って、じゃあこういう嘘もつかせていただきます、と。

よしなが 現実が先なんですね。こうしなきゃならないっていう状況になったら、じゃあ制度を変えましょうかっていう感じに対応している。そう思うと、帝と御園くんの将来にすごく明るい光が見えます。きっとこの2人もなんとかなるはずって(笑)。

久世 歴史では、なんとかなってきたんだからと(笑)。

「パレス・メイヂ」の彰子と御園。

よしなが 「パレス・メイヂ」を読んでいると、美内すずえ先生の「王女アレキサンドラ」っていうマンガを思い出すんですよ。盲目の王女様のお話なんですけど、最後に、恋仲になったお医者さんに爵位がなくて結婚をどうしようという話になる。そのときに、もともとは意地悪だったんだけれど改心した継母が「爵位がないならあげちゃえばいいんじゃない?」というようなことを言って、2人は結ばれるという(笑)。どうにでもなるんだ、と。「篤姫」でもそうですよね。薩摩の本家の娘ですらなかった篤姫を、まず本家の養女にして、次に京都の近衛家の養女にして……っていう手続きを踏むと、将軍のお妃様になれる。養子制度によってなんとでもなるんです。だからきっと、この2人もなんとでもなる!と思って読んでいます。

こんなに悲しいことが起きるなら、美しいことだって起きる(よしなが)

よしなが 「パレス・メイヂ」の、鹿王院宮が、すごくいいですよね。私は大好きなんですけど、あともう一歩いい男に描いちゃうと、御園くんではなくて鹿王院宮に人気がいってしまうから、ギリギリのところでちゃんと性格が悪くて、読者さんが御園くんがんばれっていう気持ちになれるキャラだと思います。

久世 ほかに悪役がいないので、鹿王院には悪役としてがんばってもらわないとと思っているんですが。悪役がちゃんと描ける作家にならないといけないですよね……。

よしなが え? そうなのですか?

「大奥」11巻より。

久世 だって、「大奥」を読んでいるとやっぱりカッコいいんですよ、悪役って! 特に9巻から出てきた治済が……11巻のこの、ハイライトの入っていない目!

よしなが ちょっと怖いですよね(笑)。

久世 こういうモンスター的なキャラって、すごく魅力的だなと思います。

よしなが ……“犯罪”はお好きですか?

久世 えっ!?

よしなが 私は、犯罪の話が大好きなんです。

久世 リアル犯罪ですか?

よしなが はい。夜中に震えながらインターネットでとある事件に関して見てしまったこともあります。で、その事件関係の本を読んだり、何の役にも立たないのに調べるだけ調べて。こんなに資料を読んだのに全然仕事に生かせないのはもったいないなと思っていた矢先に、治済が出てきたんです。歴史を見ていくと、春日局の荒々しい時代に比べると、治済の治世の江戸は、豊かで平穏だった。この頃に、時代劇で見るような江戸らしい文化が揃ったんですよね。でも平穏だったからなのか、この人がやったことにはなんの志もないな、と思って。結局何がやりたかったのよ、って考えたときに、ああ、この人は別に何もしたくなかったのかもしれないと思ったんです。そこで、「そうだ今まで溜め込んでたものをここで使おう!」と。

久世 治済は毎日退屈だっただけで、あんなことをした……!

よしなが 人を殺すのに理由はいらないんだ、退屈だから殺しちゃう人もいるんだなと思いました。

──よしながさんは、“犯罪”のどういうところに惹かれるのでしょう。

よしなが 私、自分でも気づいていなかったんですけど、“振れ幅”なのかなと思って。糸井重里さんがおっしゃっていたことなんですが、たとえマイナスの方向であっても、人間ってこんなことができるんだ!という大きく振れたところを見ると、人間の持つ逆の、プラスの可能性も信じることができるんじゃないか、と。

久世 おおお……なるほど!

「大奥」12巻より。

よしなが 悲しい話も大好きなんですが、それも振れ幅というか。誰も悪くないのにこんなに悲しいことが起きる、っていうのを見ると、美しいことが起きる可能性も信じられるというか……。

久世 犯罪に興味を持ったのは「大奥」を描き始めてからだったんですか?

よしなが (小声で)小さいときから!

久世 今聞いていたら、私も子供の頃から結構好きだったなと思いました。

よしなが 子供って、怖いものが好きですよね。

久世 そうですよね。私は子供の頃から、山岸凉子先生がすごく好きで。結構犯罪心理ものをたくさん描かれていますよね。人間の負の面を「え、こんなに描いちゃう?」っていうくらい描かれていて。私は犯罪をマンガで摂取していました。

よしなが 「汐の声」とか「夜叉御前」とか好きでした……。

久世 はい。そういうものが好きだったなと今思い出しました。自分の創作には入ってきていないんですけど。今は明るいものを描きたいなと思っているのかもしれないです。

よしながふみ「大奥(13)」 / 2016年4月28日発売 / 724円 / 白泉社
よしながふみ「大奥(13)」

日本の江戸時代とは似て非なる物語。男子のみが罹る謎の疫病により男子の人口が急速に減少し、時の3代将軍・家光も病没してしまう。春日局は家光の娘を密かに「将軍・家光」に仕立てあげ、男女が逆転した大奥を完成させた。その業病も11代将軍・家斉の治世に完全に撲滅。世は再び男が支配する世に戻ったかに見えたが、13代将軍には再び女の家定が立つことに! 逆転大奥は復活!? そして時代は激動の幕末へ──!

久世番子「パレス・メイヂ(5)」 / 2016年4月20日発売 / 463円 / 白泉社
久世番子「パレス・メイヂ(5)」

明慈帝が建造した壮麗なる宮殿「パレス・メイヂ」。御園子爵家の公頼は、結婚させられそうになっている姉を助けるために、帝に仕える侍従職出仕として宮中で働くことに。しかし宮殿に君臨する今上帝は、美しき女帝・彰子だった。宮中での勤めを通して、2人は次第に心近くなっていく。5巻では2人の関係を揺るがす大事件が勃発……!?

よしながふみ
よしながふみ

ボーイズラブ作品「月とサンダル」でデビュー。テレビドラマ化された「西洋洋菓子骨董店」などヒット作多数。「大奥」で第5回センス・オブ・ジェンダー賞特別賞、第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞、2009年度ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞、第56回小学館漫画賞少女向け部門を受賞。現在は「大奥」と「きのう何食べた?」を連載中。

久世番子(クゼバンコ)
久世番子

1977年生まれ。2000年デビュー。「暴れん坊本屋さん」などのエッセイコミックの連載で人気を博す。「パレス・メイヂ」は著者にとって久しぶりの少女マンガ連載作品。「神は細部に宿るのよ」もKiss(講談社)にて連載中。