ゴミは大きな情報源。いつでも探偵になれます
──成田先生と言えば「CIPHER」執筆時、ロサンゼルスに住んでいたいとこにマンガの参考にしたいから生活ゴミを送ってくれとお願いしていたというエピソードがよく知られていますが、もしかして……。
今もゴミはもらってきていますよ。最初に虫干しのお手伝いに行ったとき(「NATURAL」11巻あとがき「私をお能につれてって」)に「虫干しのときに出るゴミはください」ってお願いして。装束が着崩れないように縫い止めるための太白っていう太い糸なんて、外された古いものを「これは持ち帰ってもいいでしょうか?」って。ほかにも「古くなってもう捨てるしかないってものがあればください」と伝えています。アシスタントさんに描いてもらうときに、現物を見せるとやっぱり百聞は一見にしかずなんですよね。ゴミは大きな情報源です。いつでも探偵になれます(笑)。
──能の現場はけっこうゴミが出るんですか?
いや、それが端切れまで大切に使うので全然ゴミが出ないんですよ。「これはさすがにもう無理ですね」っていう足袋をいただいたりしています。でも先から指が見えているのに、「舞台じゃなくて虫干しのときなら構わないでしょ」って言いながら履いてる方もいて、なかなか捨ててくれません。
──過去作のゴミはさすがに捨てるんでしょうか。
一応数年は取って置くんですけど、「もう描くことはないかな」と思った時点で処分します。店頭の商品もどんどん入れ替わりますしね。さすがに「CIPHER」の頃のゴミはもうないです。「CIPHER」の舞台はニューヨークでしたが、向こうのジュースとか牛乳はサイズが本当に大きいんですよ。気楽に片手で持って飲んでるところを描くとそれは間違いになってしまいます。「絶対こう(両手で持つジェスチャー)じゃないと持てないよね」「本当だ!」って、アシスタントさんが言いながら描いてくれるんで、本当にゴミがあってよかったですよ。
役者さんってマンガ家とやってることがすごく似てるんです
──能をテーマにしたマンガはなかなかありませんが、連載開始当初、編集部はどう思っていたんでしょうか?
もともとは「NATURAL」の外伝で、キャラクターも共通していますから、あんまり反応なかったです。ただネームができあがったときに、「あー、成田さんって読み切り描けるんですねー」って言われました。「能ってどうなんだろうね、ってちょっと噂してたんです」とも。なんかこう、不思議な世界が展開すると思われてたみたいです。
──ネームを見るまでは、“能=幽玄”みたいなイメージだったんでしょうね(笑)。
そう言えば、連載1話の扉絵が雑誌に掲載されたとき、なんかサスペンスものみたいにデザインされちゃって、びっくりしましたよ。そんな話じゃありません!
──確かに殺人事件が起きそうな……(笑)。被害者の傍らには割れた能面が……!
そうそう(笑)。六条御息所の怨霊が出てくる「葵上」の話だから、章タイトルも「鬼の栖(すみか)」ですしね。でも、そういう能のイメージを覆したいという気持ちもありました。
──能も演劇の1ジャンルです。思い返せば「エイリアン通り」も「CIPHER」でも成田先生は役者を描いています。
役者さんってマンガ家とやってることがすごく似てるんです。それで想像しやすいというのもあると思う。大竹しのぶさんが「(キャラクターを演じるときは)そのキャラクターの脳になる」っておっしゃったのを聞いたことがあって、「そうそう、そうだよね、それをまさに私はネームのときしてます」って思ったんです。
──その意味では、マンガ家さんはすべてのキャラクターの脳にならなければなりませんよね。
もしかしたら全体を俯瞰で見るプロデューサーに近いのかな。いざペン入れをし出したら、「この家にはこんなものないでしょ」とか「ずっと使ってる手帳ならもっとボロボロになってるでしょ」とか、そういうところに気配りしているので、プロデューサーとかADの仕事かもしれません。
──監督であり役者でもあるわけですね。
ええ。芝居も演出もすごく考えますね。コマ割りとかすごく悩みます。映画みたいに音楽も使えないし。ずるいですよね、音楽って(笑)。マンガは誌面を叩いてもらわないと音が出ない。まあ音楽がもたらす効果の代わりに、マンガは背景にお花が飛んだりするんですけど。
キャラクターに私が指示されている
──2002年にスタートした「花花」は、ご自身の最長連載作品になりましたね。
なっちゃいましたね、ついうっかり。2001年に描いた、最初の「花よりも花の如く ~Natural外伝~」(「NATURAL」11巻所収)のときに憲人が「さあ 『2001年宇宙の旅』だ!」って言ってるんですよ。あれからもう16年が経ちました。メロディが隔月刊だから年に6回しか描けないので、それもあってなかなか進まないんですよね。
──最初はほぼ同じだった物語の時間と現実の時間がずれてきました。この近い過去を描く感じ、珍しいですよね。
そう、「NATURAL」の最後の頃から多少ズレてたんですが、さらにそうなっちゃいました。リアルタイムでやっていたら憲人はもう四十代。たちまち「道成寺」を披(ひら)いちゃって大団円、憲人に子供がいたら子方も卒業しちゃう(笑)。途中で「やばい、このままだとすごい勢いで歳をとってしまう」って気付いて、せいぜい1週間くらいの短い時間の話を3、4回で描いてたりしてました。そんなことしてるうちにどんどん時間がずれていって、物語の中ではまだ2002年なんです。
※披く…能楽師が、節目となる曲や役を初めて演じることを「披キ」と言う。ここでは憲人がシテ(主役)として、大曲のひとつである「道成寺」を演じること。
──9.11がついこの前の出来事として登場します。むしろ時間がたったからこそ描きやすい面もあったのでは?
そうですね、当時だったらまだ描きづらかったです。ほかにも、不思議と符合するところがあって。なんとなく神戸出身のキャラクターを出しておいたんですけど、「ああ、この人ってこういうこと始めたのは阪神淡路大震災があったあの時期に……」とうまいことハマるんです。あと相葉家の出身は明石のほうだとぼんやりと決めていたんですけど、それもうまくハマって、不思議とちょうどよくなっちゃうんですよ。キャラクターに私が指示されている気がします。
──なるほど。「花花」を読んでいて、近い過去を描いてらっしゃるということがよくわかるのが、携帯などの持ちものだと思いました。
作中では2002年なので当然スマホも出ません。携帯もやっと出てきたくらい。テレビ画面とかよくよく見るとソルトレイクオリンピックとかやってるんですよ。
──日本初のSNS、mixiやGREEがスタートしたのは2004年。2002年だとSNSなんてみんな知りませんでしたよね。
SNSこそありませんが、「花花」の中でもメールや携帯電話はずいぶん利用してます。昔のマンガだったらちょっと考えられない。でもメールだからこそもっと話したいのに伝わらない、なかなかつながらない、つながってるようでなかなか捕まらない、という状態が物語としてはわりと使えるんです。
──すれ違い方が、ケータイの登場前と後で変わってきていますよね。
そうですね。好きな人からメールが来たってドキドキしながら見たらなりすましだった、とか。
──ちなみに先生はSNSはやらないのですか?
Facebookだけかな。東日本大震災の後、アメリカのいとこが連絡がつかなくて心配だと言うものだから、連絡用に取っただけのアカウントなので全然動いていないんですけど。SNSで発表するとか、つながるとかということに興味がないんです。常に家に人がいるものですから、あまりつながりたくない。1人にならないとストーリーが作れない!(笑)
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雑誌を見ると自信がなくなっちゃうんで、読まない時代がすごく長くて
- 成田美名子「花よりも花の如く⑰」
- 発売中 / 白泉社
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コミック 463円
青年能楽師・憲人の、恋と日常のストーリー。子供能「土蜘蛛」の稽古に大忙しの憲人、恋人の葉月とケンカになる。そんな中、子供能で後見を務める渚ちゃんのお母さんが、本番を見に来れなくなり…!? 巻末には能ガイドの番外編&描き下ろしの「玉よりも玉の如く」も収録。
- 成田美名子「成田美名子アートワークス」
- 発売中 / 白泉社
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単行本 3996円
成田美名子のデビュー時から現在までのさまざまな仕事を網羅。精緻で美しいカラーイラストが、未発表イラストを含め多数収録されるほか、全作品のカラー扉、「エイリアン通り」「CIPHER」「ALEXANDRITE」「NATURAL」のモノクロ扉ページ、雑誌表紙コレクションをコンプリート。さらに全サ、ふろく、懸賞、白泉社キャラグッズの全リストが掲載される。語り下ろしインタビュー、成田自身が語る作品とカラーイラスト解説に加え、カラーイラストが出来るまでも公開! 見応え、読み応えたっぷりの1冊。
- 成田美名子(ナリタミナコ)
- 1960年青森県生まれ。1977年に花とゆめ(白泉社)に掲載された「一星へどうぞ」でデビュー。繊細なタッチの画風に定評があり、イラスト集を数度にわたって発表している。現在メロディ(白泉社)で「花よりも花の如く」を連載中。代表作は「エイリアン通り」「CIPHER」など。