100ページで描いた第1話のラストシーン
みなと 描けてよかったと思っているのは、ムーの遺伝子検査をする回です。世の中には、自閉症の子供が産まれてくるのは遺伝的に問題があるからだと思い込んでいる人もいらっしゃいますが、誰のところにも産まれてくる可能性があるということをきちんと描いておきたくて。お医者様にネームを見ていただきながら、何度も表現を修正しました。しっかりと伝えられてよかったと思っています。あと、100ページで描いた第1話もとても思い入れがあります。10年ぶりにペンを取ったので絵は下手くそですが、「未来はまだまだこれから広がっていくよ」というラストは自分が描きたいと思っていた描写だったので、描けてよかったですね。
倉持 第1巻は自閉症という事実を突きつけられた彩の心の揺れ動きに読み応えがあって、一気に引き込まれました。私が印象的だったのは、通りすがりの幼稚園児とお母さんが会話しているのを見て、彩がショックを受けるシーンです。「あんなふうに親子の会話をすることも 一生叶わないのかもしれない」と途方に暮れる姿に、自分を重ねました。療育施設に通い始めてからも、彩はほかの子供とムーちゃんを比べて落ち込みますよね。あのシーンも「ああ、すごくわかるな」と。湊も、みんなお利口さんに座っている中で1人だけ座れなかったり、名前を呼ばれても返事ができなかったり、湊が走り回っているのを横目に私が1人で手遊びをしたり。「療育施設に来ても、湊は“できない側”なんだ」と感じた瞬間は、すごく落ち込んでしまいました。
みなと すごくわかります。我が子ができないことを突きつけられると、心がえぐられますよね。
倉持 「療育に通うことが、本当にプラスになっているのかな?」とも悩みました。でも半年、1年と通っていくうちに、それまでできなかった挨拶が少しできるようになったり、膝の上に乗って一緒に手遊びができるようになったり。ほかの子より成長はゆっくりだけど、できたときは3倍うれしい感覚がありましたね。
みなと 我が家も、成人間近の今でもそうなんですよ。先日娘の手帳の再判定があり、知能テストを受けた結果、療育手帳がAから
「誰かの勇気になれば」という思いで描き切りたい
みなと こうした内容の作品を描いていると、やはりさまざまな意見をいただきます。「批判の声をいつか下の子が目にするかもしれない」など、いろいろなことを考えますが、結局は自分の信念を大事にするしかないし、「誰かの勇気になれば」という思いで描き切りたいと思っています。倉持さんのもとにも、自閉症の公表後はいろんな声が届きましたか?
倉持 公表してからいただく声は、ありがたいことに9割5分は応援のメッセージでした。同じように自閉症児を育てている親御さんからの共感の声や、「うちの子もおそらくそうなんですが、勇気がなくて病院に行けていません」という声が多いですね。でも心ない言葉を浴びせられることもありました。「お前の妊娠中の食生活が悪かったからだ」とか。
みなと 私もずっと同じで、マンガの中でのムーちゃんの行動にDMでご意見をいただくこともあります。私のような仕事をしている人なら多少慣れがあるでしょうけど、一般の方が浴びたらきっとショックを受けるだろうと思う言葉も多いです。
倉持 作中で、彩たちが第2子を産むかどうするかと悩む姿が描かれますよね。もしかしたら第2子も自閉症かもしれないし、ムーちゃんのことでつらい目に遭わせてしまうかもしれない。このエピソードを描くことによって、おそらく先生のもとには誹謗中傷も届いたと思うんですが、勇気をもらった方も多いと思います。
みなと そうですね。あのエピソードを描いて以降は、作品タイトルの検索ワードのサジェストに批判の言葉が出るようになったり、「下のお子さんのために上のお子さんを施設に入れてください」というDMが届いたりしました。でも、「もしこの人が自分の経験から不幸を感じているとしたら、それは誰のせいなんだろう」と考えてしまうんですよ。例えば、家族に障害者がいても何の問題もなく暮らしていけて、誰も苦しんだり悩んだりしない社会になっているのであれば、不幸な人は減らせるのかなと思うんです。仮に施設に入れようと思っても今は空きが全然なくて、国の政策も「障害児は家族や地域で育ててください」という方向性になっている。「今がこういう社会だからこそ、苦しむ人がたくさんいるんだ」ということは描いていきたいです。
倉持 本当にその通りですね。
みなと そんなふうに描きたいことは本当にたくさんありますが、ストーリーマンガとして成り立たせないといけないし、面白く読めるようにテンポを意識すると、毎回のページ数に収まりきらず、描けていないこともたくさんあります。そういった部分は、単行本に収録されているコラム「ムーちゃん通信」で、医療ライターさんに描いていただいていますね。
これから描いていきたいのは「親なきあと」
倉持 「ムーちゃんと手をつないで」のラストシーンは、みなと先生の中でもう決まっているんですか?
みなと ラストシーンのイメージは頭にありますが、それをどの段階で盛り込むかはまだ決まっていないです。これから描いていきたいのは、やはり「親なきあと」ですよね。18歳で親権を失うと、本当に親って無力で。「最重度で幼児の知的レベルの子なのに、どうしてほかの定型児と同じ成人扱いになるんだ」とか、世の中に言いたいことはたくさんあって、そういうことまで描ければいいなと思っています。先日もエレガンスイブ5月号に、「わたしの終活!~元気なうちに任意後見・遺言書~」と題して、「親なきあと」について11ページのエッセイマンガを描きました。我が家は現時点で打てる手は打ったので、今後は制度が変わっていくかもしれないけど、「ムーちゃん」でもそういうテーマまで描いていきたいです。
倉持 たくさん勉強させていただきながら、ムーちゃんの成長を楽しみにしています。これからもお体に気をつけて、無理されないように執筆されてくださいね。
みなと ありがとうございます。同じ思いの人たちで力を合わせて、私たちの世界を伝えていきたいですね。湊くんのこれからの成長も、楽しみに見守らせてください。
倉持 ぜひ! いつか湊と一緒に会える日を楽しみにしています。
プロフィール
みなと鈴(ミナトリン)
埼玉県在住。2月5日生まれ。1995年、きみとぼく(ソニーマガジンズ)よりデビュー。2006年、「おねいちゃんといっしょ」(講談社刊)が第10回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出される。現在は自閉症の第1子と定型発達の第2子の2児を育てながら「ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘(キミ)が教えてくれたこと~」を、エレガンスイブ(秋田書店)にて執筆中。
倉持由香(クラモチユカ)
グラビアアイドル、タレント、俳優として活躍。また、“育成型”女子eスポーツチーム・G-STARGamingのプロデューサーも務める。2019年、プロ格闘ゲーマーであるふ~どと結婚。2021年、長男の湊くんを出産。2024年に湊くんが自閉スペクトラム症であることを公表する。