「みかづきマーチ」対談 山田はまち×宇垣美里|一生懸命でまっすぐだった“あの頃”を思い出す青春マンガ 吹奏楽に打ち込んだ宇垣美里が著者・山田はまちと語る

1人では決して味わえない喜び

──宇垣さんはカナデにシンパシーを感じる部分があるとか。

2巻より。動きながら吹くことに不慣れなカナデは、思うように演奏ができず、初めての大会で悔しい思いをする。

宇垣 共感することばかりですね。最初に登場したときの「楽器が吹きたいだけなのに…」という気持ちもわかりますし、そんな子がマーチングだと上手に吹けなくて悩んでしまう気持ちもわかる。私はマーチングの経験はないのですが、体育祭のときなどで動きながら吹いたことはあって。サックスは重いし、揺れるから口の中をすごく切ってしまうので、本当につらいだろうな、大変だろうなと思いながら読みました。

──4巻前半の9月大会のエピソードでは、そんなカナデの心境の変化も描かれました。

宇垣 そこもすごくよかったです! 誰かと一緒に音を合わせる楽しみって、1人で吹く楽しみとは全然違うんですよね。息がぴったり合ったときとか、1曲通し終わったときの震えるような気持ちって、1人ではなかなか到達できる部分ではないので。1人で演奏するだけで十分だと思っていた子が、みんなと一緒に演奏を続けたいという気持ちになるのもすごくわかるというか。

山田 カナデは私も好きなキャラで、個人主義だった少女に美月という友達ができて、部活の中で仲間と成長する喜びとか、みんなと演奏する喜びを知れたというのが、自分で描いているんですけど(笑)、それでもすごくうれしかった。大会の中に、美月とカナデの顔が並ぶシーンがあるんですけど、あそこは2人が、演奏でも心でも並んだような感じがしてお気に入りです。描いていても気持ちが入って、いつもよりうまく描けた実感があります。

4巻より。練習では何度も失敗してしまったフォーメーション、本番では……?

──山田さんには1巻発売時にも取材をさせていただきましたが、美月も1巻の頃に比べると大きく成長しましたよね。

山田 そうですね。特に2巻から3巻にかけて描いた、トランペットのソロを決めるオーディションのところは、自分でも好きなエピソードです。引っ込み思案な少女がオーディションを受けるチャレンジをしたというのがまず1つ、なおかつ失敗しつつも最後まで吹ききったというところも好きなポイント。4巻だと文化祭のエピソードも描けてよかったです。普段は地味と言われてしまう女の子でも、ステージに立つと目を引く存在になれるというか、キラキラ輝く存在になれるというのが伝わればと思います。

宇垣 文化祭のエピソードは思わず「懐かしい!」となりました。「宝島」や「ルパン三世のテーマ」が出てくるんですが、どちらもサックスがすごく目立つんですよね。特に「宝島」は、サックスのための曲みたいなところがあるので大好きで。立ち上がってソロを決めて、ドヤって顔をしていたことを思い出しました(笑)。

4巻より、文化祭のワンシーン。

──宇垣さんは、主人公の美月についてはいかがですか。

宇垣 こういう子が1人いるのって大事なのよ……と思いながら読んでいます。誰か1人のがむしゃらさが人を引っ張ることってあると思っていて、それこそトランペットの子たちが一歩踏み出すことになったのも、彼女がオーディションに出たことがきっかけですよね。周りに影響を及ぼすまでの存在になったというのが、最初の“私なんて”というところからは大きく変わりましたよね。

──オーディションに出なかった男の子が、美月の演奏に触発されて「無性に…ラッパが吹きたくなった」と楽器を持ち帰るエピソードもいいなと思いました。

宇垣 私も「いいな」とは思ったのですが、その理由はたぶんちょっと違っていて……。「みかづきマーチ」の舞台は秋田県なんですよね。この地方の方は家に帰って楽器を吹けるんだ、という意味で「いいな」と感じました。私が学生のときは、押し入れの中で吹いても近所迷惑になってしまうと思って環境的に持ち帰っての練習はできなくて。海辺に行って吹いたりもしていましたけど、潮風も楽器によくないので気になってしまったり。そんなことまで懐かしくなりましたね(笑)。

こういう大人がいてくれたら、あと一歩が踏み出せる

──「みかづきマーチ」にはほかにもたくさんのキャラクターが登場しますが、美月とカナデ以外で印象に残っている場面もお聞きできますか。

3巻より。カラーガードに憧れてマーチングバンド部にやってきたヒカリは、入部試験としてフラッグトスに挑戦することになる。

宇垣 シーンで言うと、カラーガードのヒカリちゃんが初めてフラッグトスを成功させるところは印象的でした。私は経験がありませんけど、難しいだろうなと思いますし、成功させたあとの笑顔がすごく素敵で、よかったねと思いました。

──今日、山田さんがフラッグをお持ちくださいましたけど、実物を見せていただくとすごく大きいですよね。

山田 知らない方は驚かれますね(笑)。フラッグトスは慣れるまで、最初の1回を成功させるまでが本当に大変なのかなと思って、ヒカリのエピソードではそこを大切に描きました。

宇垣 あと、美月のおばさんが好きです。こういう大人が周りにいればなって。

山田 あ、ユキおばさんですね。うれしい! 私もそういう気持ちで描いているキャラクターです。

宇垣 いいですよね。通常のレールから離れてもやりたいことがある人の背中を押してくれる人。おばさんのセリフに「10代20代30代と生きてきて、本当に心が惹かれる物に出会えたのは3つくらいよ」「だから美月… ドキドキするものに出会ったら、絶対手放しちゃダメ」という言葉がありましたが、本当にそうだなって思います。あのとき背中を押してくれる人がいたら、違う道に進んでいたかもしれないって思うこと、皆さんにもたくさんあると思うんですが、だからこんな大人が近くにいることは恵まれているなと。

山田 こういう大人がいてくれたら、あと一歩が踏み出せるんじゃないかなっていうのは、自分でも考えていたことなので、まさに今言ってもらえてうれしかったです。アキラという、家庭の事情がありながらも夢を追いかけているキャラクターがいるんですが、ユキおばさんには美月だけでなく、アキラの背中も押してあげられるような存在でいてほしい。私自身、両親を早くに亡くしていて、マンガ家になるという夢を一度諦めて就職した経緯があるんですが、当時何か1つでも違うきっかけがあれば、諦めずに済んだんじゃないかと思っていて……。彼のそういう夢と現実の折り合いについては、これから描いていくことになると思っています。

1巻より。ユキの言葉が、マーチングバンドに心惹かれながらもためらっていた美月の背中を押す。

──アキラは最初から“できる男”だったので、成長を描くのが難しいのではと思う部分もあるのですが、どんな部分を大切にされていますか?

山田 アキラは一本筋が通っているキャラクターなので、周りと協調するのが苦手なところがあったりして。だから、そんな彼が仲間に頼る瞬間ってどういうときなのかなってことを考えていて、それがマンガの中で描けたらいいなと構想しているところですね。

宇垣 アキラくんは偉いですよね。ものすごく練習しているという自負があって、演奏もとってもうまいのに、できない人に対しても優しいですよね。私はできない人の気持ちがわからなくて、「練習したらうまくなるのに、なぜ練習しないの?」「ちょっとがんばればできるようになるんじゃないの?」と思ってしまうほうだったから。今でこそ、わからないことは教えてあげればよかった、と思えるんですけどね。アキラくんは不器用なやり方だとしても手を差し伸べているし、バイトも掛け持ちして大変なのに、好きなものを手放さずにがんばっていて、本当に応援しています。行きたい場所に行ってほしい。そういえば、アキラくんが美月ちゃんにマーチングのDVDを貸すシーンがあるじゃないですか。私、「ブラスト!」の来日公演を観に行ったことがあって。

山田 生でですか? それはすごい!

宇垣 大阪に来ていたときに、運良く観ることができたんです。めちゃめちゃカッコいいんですよね。私も「ブラスト!」を観たあとはしばらく「マーチングやりたい!」って思ったのを思い出しました。だからここも「わかる、わかる」と頷きながら読みましたね。

4巻より。普段、表には出さないアキラの一面を知った美月は……。

──美月とアキラの関係が、ラブなほうにいくのかな?というのも読者としては気になるところです。でも全国大会を目指して部活に打ち込むとなると、恋愛している場合じゃないのかなと思うところもあって……。

山田 どうでしょう(笑)。でも恋愛はすると思いますよ。やっぱりそこは、人間ですから。

宇垣 私、部長と副部長の、もはや熟年夫婦みたいなやり取りも好きです。

山田 私もあの2人の関係はすごく好きですね。まだちゃんと描けてはいないんですけど、この2人は幼なじみだというイメージがあるので、そこをきちんと出してあげられたらと思っています。