Mika Pikazoインタビュー | 新しい表現を探る個展「ILY GIRL」で空間全体を作品に

「ファイアーエムブレム エンゲージ」や「Fate/Grand Order」の清少納⾔、輝夜月らVTuberのキャラクターデザインなどで知られ、鮮やかな色彩の作品で人気を博すイラストレーターのMika Pikazo。彼女の3回目となる個展「ILY GIRL」が、7月28日より東京・キュープラザ原宿にて1カ月にわたり開催されている。

2022年末に開催した個展「REVENGE POP」には約2万人が来場。「ILY GIRL」では「闇=ポジティブ、光=ネガティブ」をテーマとし、イラストに留まらずアニメーション、空間全体を作品としたインスタレーション展示など、多彩な作品が一堂に会している。コミックナタリーではMika Pikazoにメールインタビューを実施。これまでのキャリアの振り返りや、今回の個展へ込めた思い、見どころを聞いた。

取材・構成 / 岸野恵加

カラフルな色彩は、能動的で何かを感じさせてくれる

──まずはキャリアに関する質問をさせてください。過去のインタビューによると2、3歳の頃からよく絵を描いていたそうですが、最初は何を描いていましたか?

絵を描いていた記憶で最古のものは、ポケモンと、ウルトラマンに出てくる怪獣ですね。人間よりもモンスターを描くのが当時好きでした。親が建築家だったので、家にはたくさんの画材や、建築で使うものがあったんです。それを使って描いていましたね。

──高校卒業後、ブラジルに渡り2年半ほど滞在していたんですよね。なぜブラジルに行こうと思ったのでしょうか?

ブラジルに行った理由……興味を持ったきっかけは、高校生のときに観たブラジル映画「シティ・オブ・ゴッド」です。苛烈な色彩感と太陽の明るさ、それに対してファヴェーラ(ブラジルのスラム街)で行われている違法なことの対比がすごかったですね。自分の日常にはないものが詰まっていて、衝撃を受けました。

──現地ではどんな毎日を送っていましたか?

朝5時にニワトリの鳴き声で起きて、毎日絵を描いていました。夏場はスコールがあって、スコールがあると家の近くの電柱が倒れてしまって電気が使えなくなるので、そうなると絵が描けなくなって、夜は暗い中ろうそくをつけてじっと寝るまで待つ……みたいなことが多かったです。飼っていたニワトリやガチョウ、ウサギや犬、庭の植物を眺めて……楽しかったですね。滞在中に得たことは、「優しい人が世界にたくさんいる」と思えたことです。ブラジル人は優しくて温かい人が多くて、その親切さに助けられました。

──Mikaさんといえばカラフルな作風が特徴的です。ブラジルに渡る前からカラフルなものがお好きだったとのことですが、それはなぜですか?

好きだからですね。何かを意図してカラフルなものを選んでいるのではなく、いつも「カラフルでいい!」でした。カラフルな色彩は、人々をいろんな気持ちにさせてくれると思います。寄り添ってくれる色というよりは、何かを感じさせる、能動的な色ですよね。といっても白黒であったり、落ち着いた色も大好きです。どんな色もよさがあって素敵です。

「ILY GIRL」展示作品より「RACOON」。

「ILY GIRL」展示作品より「RACOON」。

「ILY GIRL」展示作品より「FOX」。

「ILY GIRL」展示作品より「FOX」。

アニメ制作は好奇心の連続

──作家として影響や刺激を受けたマンガ家、マンガ作品を挙げるとすると?

永井豪さんの「デビルマン」ですね。最初読んだときは何が描かれているかわからない部分も多かったんですが、自分の深い部分に刺さりました。人間の考え方の原点が描かれていると思います。

──過去のインタビューでの「マンガ家になりたいと思っていた時期もあったけど、1話も完成させたことはなかった。私はマンガを描く人間ではないと思った」という言葉が印象的でした。その真意をもう少し詳しく教えていただけますか?

「マンガ家になりたいのに、マンガを完成させる行為をしたことがない」んですよ。特殊な画材や機材、資格や技術を用いなくても描けるマンガというものを、マンガ家になりたいのに描かなかった。自分にとってはここに、マンガ家にならない理由がすべて詰まってますね。自分はやれなかったことはすぐ「向いてないんだな」と考えて、やりたい、かつできることに集中しようとするので、マンガ家は「向いてない」と判断しました。やっぱり好きだから描く、というのは大事なことだと思います。そして「自分がそういう人間ではない」と気付く瞬間は、同時に「自分がどういう人間か」がわかる瞬間でもあるので、自分自身が思う自分というものを行動で確かめていくことになります。

──作家として影響や刺激を受けたアニメ作品はありますか?

中学生の夏休みのときに観た、イギリスのアーティスト・GorillazのMV「Feel Good Inc.」ですね。「アニメキャラクターを使ってこんなにカッコいい音楽、世界観を見せることができるんだ!」と震えました。今でもあの映像を初めて観たときの瞬間、気持ち、場所を覚えています。自分が今絵を描いて、キャラクターを作っているのは、Gorillazのおかげでもあります。本当に最高です。キャラクターがそこに在る、という形の1つの答えだと思っています。

──Mikaさんもご自身でアニメ制作を手がけていらっしゃいますが、アニメ制作の醍醐味、難しさとは?

そうですね……絵をたくさん描かないといけないことは大変ですよね(笑)。でもそれが集まって、動くんです。面白くてしょうがないです。イラスト1枚ではどんなに描き込んでも完成できないものがそこにはありますし、そしてそれがアニメにしかなし得ない表現にもつながっていって、好奇心の連続です。自分はアニメ制作には触れることはないと思っていましたが、去年初めて触れてみて、その可能性の広がりに楽しさを感じました。

──これまでさまざまな表現形態で、多くの作品を生み出してきました。選ぶのはとても難しいと思いますが、自分の中で印象深い作品、ターニングポイントになった作品を挙げるとするとどれになるでしょうか。

2019年に出した商業画集「MikaPikaZo」の表紙イラストですね。あの作品は、実はいろんなトラブルがあって精神的に参ってしまい、どうしようもないときに描いた作品なんです。自分のやってきたことを信じたい気持ちと、それをどうすることもできない絶望感がありつつ、でも必死に何かを伝えて作りたいというものが乗っているから好きです。確実にあのときにしか作ることができなかった表情、表現、詰まっているオーラがある。あの絵にはいいものを作ろうとするだけでは生まれない、張り詰めた緊張感が感じられるんです。

画集「MikaPikaZo」表紙イラスト

画集「MikaPikaZo」表紙イラスト

──これは余談のような質問になってしまうのですが……あるインタビューで「初めて人間ドックに行ってバリウム検査をしたら、めちゃくちゃ楽しくて興奮しました」とお答えしていたのが印象的でした。バリウム検査というものは嫌がる人が大半ですが、どういった部分に楽しさを感じたのでしょうか? 勝手な推測ですが、さまざまなことを楽しめる好奇心が、Mikaさんの作家性にもつながっているような気がしまして。

「機械に何かされたい」願望があるのかもしれません。例えば検査とかで、人間の手で身体を触られるのは怖くて仕方ないんですが、機械のアームとかで触られると、「なんかすごい!!」って興奮しちゃうんですよね。バリウムも、自分からは摂取しないものを取り込んで、専用の台に乗せられていろんな方向にぐりぐり動かされ、人間的な行動をしていないことに対して喜びを感じます。自分にとって機械やロボットは絵を描くモチーフでも大事で、よく題材にして描いているんです。人間にはなし得ないものがそこに詰まっていて、畏敬の念を持っています。そういった、テクノロジーとともに生きていく人間やテクノロジー自体をテーマにもっと描きたいですね。

──最近注目していること、ハマっていることはありますか?

とにかくたくさんの場所を訪れること、目で見ることです。東京から離れた島や山、博物館、映画館、自分の見てこなかった分野の展覧会など、なんでも見てみたいという気持ちが最近は特にすごいですね。毎日絵を描くか、何かを見に行くかという生活です。

「ありのまま」ではなく「作られた自分」を見てほしい

──7月28日に個展「ILY GIRL」が開幕しました。躍動感のあるメインビジュアルに目を奪われたのですが、どのような思いを込めて描いたのか、そしてこだわったポイントを教えてください。

今回のメインビジュアルは、女の子の作られた姿(偶像)と、何も着飾っていない姿(素の姿)をテーマにしています。染めた髪とカラコンとメイクが偶像の姿なのに対して、素の姿というのはカラコンを入れていない黒目で、髪も黒く顔色が悪くて化粧をしていない女の子です。周囲には昔自分が好きだったもの、好きと言えなかったもの、自分の過去にあったものと今あるもの、自分を癒して守ってくれるもの、そういったものをちりばめました。女の子は包帯で封じ込められているのか、それとも包帯が取れて解放されていってるのか……それは答えを出さず、見てもらう人に感じてもらいたいです。

Mika Pikazo個展「ILY GIRL」メインビジュアル

Mika Pikazo個展「ILY GIRL」メインビジュアル

──個展のテーマの説明にあった「何も着飾ってない姿が自分か、それとも加工されてキラキラした姿が自分か。女の子の気持ちの矛盾と肯定感について考えました」という部分を読み、自分をいくらでも加工できてしまうこの時代に即した現代的なテーマであると感じました。これはMikaさんが普段から女の子を見ていて感じていたことなのでしょうか。

「ありのままでいい」とか「着飾る必要はない」「なんでもない自分を愛そう」という言葉がありますが、それらを何かのキャッチコピーとかで見ると、ずっと違和感があったんです。じゃあ「ありのまま」でいられない人間はどうしたらいいんだろう?って。自分は誰かから愛されているという自覚を持てないままきてしまって、そして「ありのままそこにいるだけで愛される」という体験が少なかった。でも、今そういう人って多いんじゃないかなと思ってるんですよ。「そのままの気持ちを言ったらすごく怒られて、それ以降言えなくなってしまった」「理不尽な思いをしてきて、自分自身を隠すことが自分を守るために必要だった」とか。自分を押し殺して無理して、そんな「自分」をそのまま愛そうとしたって難しいし、ありのままの自分を見つめて認めたら、壊れてしまうものもある。私は「ありのままの自分を見てほしい」と思ってなくて、むしろ「作られた自分」を見てほしいんです。ありのままじゃない自分が、着飾っている自分が、愛せない自分がそこにいて、それは現代における素晴らしい自己愛なんだと思っています。そしてそこに悩む人がいたら、「そんなことはない。そういった行動、選択肢を選んだあなたは素敵だよ」って言ってあげたい。自分が苦しんだ過去があるから、もし苦しむ人がいたら、少しでも元気になってもらうことができたらうれしいし、自分が描く意味があると思っています。でも、もしその姿に1つ闇が残るのであるとしたら、それは……。その問いかけを会場に残しています。

──今回の個展ではイラスト、アニメだけでなく、「空間全体が作品であり感情の変化を表現するインスタレーションの可能性を探る」チャレンジをされているそうですね。これはどのような展示なのか、もう少し詳細に教えてください。

今回の展覧会は、空間全体で「1人の人間の感情」を表しています。人間って矛盾を抱えてる生き物で、喜怒哀楽では表現しきれないものがたくさん詰まってるんですよね。自分が抱えてる光と闇、そこに生まれる軋みや変化、それを表現したいんです。作品が別の作品と対をなしていたり並んでいることで浮かび上がる像があったり、感情に訴えかける演出を盛り込みました。イラストレーターの展覧会といえば作ったイラストを飾る、というのが基本ですが、展示に使われる素材、表現、立体的な演出、そして何より自分自身から生まれるものがどういったものなのか? そのすべてが共鳴しあって生まれる空間芸術、インスタレーションを作りたくて試行錯誤しました。

──開催地の原宿は思い出深い土地とのことですが、具体的にどのような思い出がありますか?

私が小さい頃に母親が原宿にお店を持っていて、そこでいろんなイベントをやっていたんですよね。母親がよく原宿に連れていってくれて、いろいろな展覧会やお店、きれいなものに触れた覚えがあります。学生のときも、原宿には友達とよく行ってました。原宿が持っている雰囲気が大好きなんですよね。かわいくて。

──ちなみにMikaさんは音楽がお好きで、執筆中もよく音楽を聴いているそうですね。今回の展示作品を描いている際によく聴いていた曲、アーティストでプレイリストを作るとしたら?

今回の個展のテーマを決めるにあたっては、尊敬するアーティストの曲が軸になっているんです。個展タイトルの「ILY GIRL」、そして展示作品「BAD GIRL」は、海外のアーティストM.I.Aという方の楽曲「ILLYGIRL」「Bad Girls」から着想を得ています。もしほかのアーティストも込みでプレイリストを作るとしたら……下記の楽曲が入ると思います。

  • BFRND, Vladimir Cauchemar「Hedge Fund Trance(part 2)」
  • Chemical Brothers「Hey Boy Hey Girl」
  • Aphex Twin「Flaphead」
  • DJ Paypal「Why」
  • Marvin gaye & Tammi Terrell「Ain't No Mountain High Enough」
  • CHIC「I Want Your Love」
「ILY GIRL」展示作品より「BAD GIRL」。

「ILY GIRL」展示作品より「BAD GIRL」。

イラストだけでなく、会場が作品の顔をしている

──そのほか、個展で注目してほしいポイントはありますか?

今回の展示は自分がイラストを発表していくうえで、新しい表現の形を模索したものになっていて。1つのテーマとして「ライト」があります。ネオンライト、ブラックライト、プロジェクター、異なる空間……どういったものが照らされるのか、視えてしまうのか、光が交差し合う展示を楽しんでほしいです。

──Mikaさんが展覧会という場で表現したいことは何でしょうか?

今回の「ILY GIRL」と前回の個展「REVENGE POP」で意識していた、自分が見せたいものは「イラストとその空間が交わることによって、その場所でしか生まれない表現を探ること」でした。そういう意味では「作品を発表するイベントを開催する」というよりも「現実のどこかに空間を出現させる」ことがやりたいことかもしれません。日本ですとチームラボさんとか、最近開催されていた展覧会「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ」などは、空間を使った芸術が至るところにちりばめられていました。大衆の興味、欲求、純粋な美しさを楽しいと思えるものに変換し提示する場所そのものにリスペクトがあります。イラストそのものだけでなく、会場が作品の顔をしていて、1つの面だけではない見え方が広がっている。ずっとそこにいたいと思ってもらえたら、私はただただうれしいです。自分の中での構想として、より立体表現、映像表現をやってみたい気持ちがあります。今考えているアイデアや表現が個展だけでも3、4つあって、それが実現できたらこの上ない喜びです。

──この個展が終わる頃にちょうど30代に突入しますね。20代はどのような10年でしたか?そして30代はどのような活動をしていきたいですか?

そうですね、会期中に誕生日を迎え、30歳になります。まだ実感が湧かないですし、どんな10年が待っているんだろうと思いますね。20代は……ブラジルから日本に帰ってきて、とにかくずっと激動でした。楽しいことも悲しいこともたくさんありました。作品を発表していく中でも自分がどんどん形を変えていって、「次はこうしたい」と思っていても、1年後には自分が考えていることがわからないくらい、いろんなことに興味を惹かれ挑戦していった10年でした。30代は、自分が今までやってこなかったことをしたいです。そしてそのたびにブレずにやりたいものも確かめていきたいです。インスタレーション、実験的映像表現、機械を使った作品……やりたいことがたくさんあります。作ることをやめず、どんどん広げていきたいです。

──最後に、来場を考えているファンの方、そしてコミックナタリー読者へメッセージをお願いします!

今回の個展「ILY GIRL」は、何かが、たくさんあります! ぜひ現地に来て観ていただけると嬉しいです。

「ILY GIRL」展示作品より「TOKYO GIRL - HANG OUT」。

「ILY GIRL」展示作品より「TOKYO GIRL - HANG OUT」。

「ILY GIRL」展示作品より「TOKYO GIRL -GAZE」。

「ILY GIRL」展示作品より「TOKYO GIRL -GAZE」。

プロフィール

Mika Pikazo(ミカ ピカゾ)

1993年生まれ、東京都出身。⾼校卒業後、南⽶の映像技術や広告デザイン、⾳楽に興味を持ち、約2年半ブラジルへ移住。帰国後、イラストレーターとして活動を開始した。鮮やかな色彩感覚を得意とし、さまざまなジャンルでデザインやキービジュアル制作などを手がける。主な作品に、「ファイアーエムブレム エンゲージ」キャラクターデザイン、Hakos Baelzや輝夜月らVTuberのキャラクターデザイン、Adoの1stアルバム「狂⾔」野外広告ビジュアル、pixiv監修アートブック「VISIONS 2023」表紙イラスト、音楽原作キャラクタープロジェクト「電⾳部」キャラクターデザイン、「Fate/Grand Order」清少納⾔のキャラクターデザインなどがある。2022年にはアニメーション制作を開始した。