いずれにせよものすごい変化球なマンガ
──「飯を喰らひて華と告ぐ」の連載が始まる前から相談を受けていたという浅野先生に、改めて1巻を読んだ感想をお伺いしたいのですが、その前に足立さんに1つ質問させてください。物語の軸となる“格言”ってどうやって作っているのですか……?
足立 誤解を生みそうな言い方になるんですが、適当な言葉の羅列です(笑)。アシスタント時代、スタッフの男性の方から無茶振りで話題を振られることが多かったのですが、そのときからポンポンと嘘の言葉が浮かんでくるんですよね。ただ最近は作り方を変えていて、ちょっとずつ話の内容に被るように、作品に出てくるキャラクターのためだけに言っているかのように作ることを意識しています。担当さんと話しながらお互いにたくさんアイデアを出して探し合っているというところですね。
浅野 面白い構造になっているマンガだと思うんですけど、一番中心になっている格言の部分はすごい適当なんですよ。一方、マンガ全体の構成はめちゃくちゃロジカルに作られているというアンバランスさが面白いと思います。1話目のネームか原稿かを見せてもらったときに、この作品が読者にどれくらい理解されるかって話をけっこうしたと思うんだよね。
足立 しましたね。浅野さんが1話のオチ前まで読んだとき「なんてアドバイスしようか本当に迷った」って言われたんですよね(笑)。けど最後のオチのところで「いや笑っちゃったわ」って。浅野さんが笑ってくれることってなかなかないので、本当にそう思ってくれたんだなと感激しました。僕の過去の作品でも面白いって言ってもらったことがなかったので。
浅野 厳しいからね(笑)。どれぐらい足立くんが意図的なのかはわからないんですけど、オチまではいわゆる普通のマンガだったんですよ。でもわざと普通にしていたとわかったことで、全体が面白くなったと感じました。マンガの構造としては全然問題ない。ただちょっと編集者っぽい目線ですけど、格言が嘘であることをどれぐらいわかりやすくすればいいのかというバランスについては心配していました。僕が最初に読んだときは、格言が実際にあるものだと思っていたんですよね(笑)。これはまっさらの嘘だということを読者に教えないといけないんだけれども、それをわざとらしく言っちゃうのも野暮だし……。
足立 確かにマンガを読み慣れていない友人に見せたときは「こんな言葉あるって知らんかったわ」って感想をもらっていたので「ないんよー」って思ったりして(笑)。マンガをよく読む人はわかってくれるかもしれないですが、読み慣れてない人にもわかるようちゃんと説明できればいいんですけどね……。
浅野 いずれにせよものすごい変化球なマンガだと思う。
──格言に関しては一部の読者から「飯を喰らひて華と告ぐ」というタイトルにも意味はないのでは、といった考察もなされていますが……。
足立 ないですね。「飯」という文字を入れたら料理マンガっぽいと思って適当に付けました。
浅野 (笑)。
足立 ただ正確には現状はないと言いますか。後々意味を持たせられるようなエピソードを入れていけたら面白いなと思っています。今は「意味があるかもね」くらいのスタンスでいてくれたら(笑)。
浅野 このタイトルは俺だったら絶対に付けない。
足立 僕も今になって思ったのですが、「なんていうマンガ描いてるの?」って聞かれて「飯を喰らひて華と告ぐ」と答えてもなかなか覚えてもらえないんですよね。だから「勘違い料理人」みたいな名前にしておけばよかったと後悔しています。
浅野 まあ極端なことを言うとそういうことだよね(笑)。
足立 略称をなんとかしてみんなに覚えてほしいんですよね。「飯華(めしはな)」って呼んでね、みたいな。いかにそれを浸透させることができるかが勝負だと思っています。
マンガ家になりたいんじゃなくて有名人になりたい
浅野 そもそもこの企画の始まりはなんだったの? 料理マンガをやろうって話だったの?
足立 以前から僕に、ずっとラブコールを送ってくれていた編集さんがいて、その方が料理マンガじゃなくて料理の過程を画力で見せるマンガを描きましょうって言ってくれて。完成品を食レポするみたいな普通の料理マンガとは違って面白いと思ったので、ぜひ挑戦したいということでスタートしました。ただ当初はコメディではなく「深夜食堂」を画力で見せる版みたいなイメージで進めていたんです。ただなんとか連載につなげたいと思いコンペに出すも通過せずで……。真面目な話だけでは連載が獲れないとなったときに、担当さんからコメディならいけるんじゃないかというアイデアをいただいたので、今の形になりました。
浅野 この対談が公開される頃には1巻が発売されているわけだけど、読者の反応は本当に読めないね。誰にでも手に取ってもらえるような間口の広さもありながら、マンガとしてはエッジが立っているので。
足立 それこそ浅野さんに言われたように、自分には笑いのセンスがあまりないと思っていたので、コメディ路線で進んで大丈夫かなと少し不安でした。ただ浅野さんしかり、ユーモアのある担当さんしかり、そういうふうに言ってもらったからコメディに挑戦してみようと思えたので、マンガは1人じゃできないなと改めて感じました。
──ちなみに1巻の中で浅野先生の一番のお気に入りエピソードはどれですか?
浅野 全エピソードの平均点が高いので話ごとの差はあまり感じないんですけど、足立くんの上品さを感じるのは、4話のギャルが出てくる話かな。これが足立くんの下ネタなんだなって。下ネタに品があっていいなと思った記憶がある(笑)。
足立 (笑)。
浅野 現代人のよくある悩みを最初に提示しつつ、それを適当な感じであしらっていくという構造がよくできていると思います。あと足立くんと最初に出会ったときはいろんな種類の人を知らない感じだったんですけど、作中ではまんべんなく描けていて。一瞬、別の仕事してたもんね?
足立 介護職をしてましたね。
浅野 それも自分の知見を広げたほうがいい、今後介護は絶対重要な仕事になるからみたいな理由だったよね。僕もそれはすごいわかるけど、彼は実際に行動しているんですよね。
足立 猟師のマンガもありだと思っていたので狩猟免許を取るか介護をやるかで迷っていたんですけど、介護のほうが人間の生死に関わるものですし、これからどんどん社会現象になっていくと思ったので、一回経験したほうがいいと考えて現場に飛び込みました。
浅野 そういう意味で、足立くんってやることはやるんですよね。特に面白いなと感じるのは、足立くんってあんまりマンガのこと知らないって言ったじゃないですか。いろいろ突き詰めて話を聞いた結果、彼はマンガ家になりたいんじゃなくて有名人になりたいって言ったんですよ。
足立 言いました!(笑)
浅野 それを聞いたときに全部理解したというか、マンガ家として自分が脚光を浴びたいとはっきり言ったので逆に感動しちゃったので、マンガ好きのマンガ家とは違った方向性のアドバイスをしていました。「過去の名作マンガをもっと読め」と言うのは違うなと。そこでカッコつけて好きなマンガを言われたら「こいつ信用できない」ってなっていたかもしれないけど(笑)、今までそうしてこなかったのならまったく違う路線でやりきったほうが結果的に個性にもなるし。
足立 その話を打ち明けたとき、もっとマンガに全力を注げというようなアドバイスをされるかと思っていたのでびっくりしましたね。僕は浅野さんの人間的な面もこの上なく尊敬していますし信頼しています。マンガだけでなく人間的な面でも客観的に見れる浅野さんの後押しのおかげで、足立和平として活動できている部分があるので、浅野さんのところでアシスタントとして働けたことはすべてにおいていい経験だと思っています。
──特に浅野先生から影響を受けた部分はありますか?
足立 人に対する姿勢に関しては学ぶところがありました。例えばスタッフがミスをしたときにしっかり叱る方もいると思うんですけど、浅野さんはロジックで教えてくれるんですよね。今僕もスタッフを抱えていますけど、理想としては浅野さんのような振る舞いができたらいいなと思っています。
浅野 スタッフへの対応は人によって変えることはもちろんありますけど、僕っていわゆる優しいタイプじゃないんですよ。理屈では正しいことを言っているだけで、人によっては冷たく見られることもあるので、足立くんもそういうふうに見られると思う。それで相性がよければいいんだけど、理詰めにすると怒る人もいるからさ。
足立 僕の場合もロジックで絵を描いてもらいたいので、ただ優しい人でいるよりかはロジックを知りたいとか、うまくなりたいと思ってくれる人にいてもらいたいですね。ただ浅野さんと同じやり方でスタッフと接したとして、もしかして浅野さんだから成り立っていた部分もあるのかもと思ったりして。連載始めたてのぺーぺーの奴が何言っとんねん、と思う人もいると思うので、そのへんの塩梅が難しい。だからたまにちょっといじけることがあるんですけど(笑)。僕だったらどうするか、をもっと考えていけたらなと思いますね。
“ザ・料理マンガ”ではないからこそできること
──では最後に今後の展開について、期待することや注目ポイントをお聞きしたいです。
浅野 正直こんなに描けるとは思ってなかったのでびっくりしました。絵もめちゃくちゃうまいですし、アプローチが変わっているだけで作りはすごくマンガっぽいので、特に何も言うことはありません。ただこの手のマンガはネタ切れもあるので、続けること自体が難しいんですよね。なので描きやすくしたいんだったら、軸になるようなストーリーを作ったり、ヒロインを出したりすることでやりやすくなると思います。あとはキャラクターをどれくらい認知させることができるのかといった関心はありますね。
足立 確かにネタ切れの怖さはありますが、ネタが切れるまでは1人でも多くの種類の人を描いて、ちょっとでも共感してもらえるようなエピソードを作れたらいいなと思っています。自分と似ている人が出てこないか、ぜひ楽しみにしていてください。あと料理シーンでは奇抜なアングルが多いので注目してほしいです。“ザ・料理マンガ”ではないからこそできることだと思うので。
浅野 マンガもそうだけど僕はもっと足立くん自身がフィーチャーされていってほしい。
足立 ありがとうございます(笑)。この前もプライベートではマンガのキャラクターより作家のほうが面白いタイプってなかなかいないって言ってもらって。それこそ今出させていただいているテレビ番組(「恋愛トキワ荘」)みたいに、メディア露出めちゃくちゃしたいんですよ(参照:若手マンガ家たちが出演、疑似恋愛をもとにマンガを描くバラエティ番組「恋愛トキワ荘」)。
浅野 足立くんのその、結果を出すためには手段を選ばない感じが好きなのよ。その話が来たって聞いたときも足立くんらしいなって思ったし、マンガはマンガでがんばって描いているから、そういう場面でどう振る舞うべきかって僕も何かアドバイスしてあげたいと思う。足立くんの面白さがなかなか伝わらないのは口惜しい。
──「恋愛トキワ荘」の参加者は全員マンガ家だとか。9月5日に初回が放送されたとのことですが、実際に収録に参加されていかがでしたか?
足立 思ったよりもガツガツ行けておらず、爪痕を残せているのか不安なところでして……。参加者にはマンガ家とほかの職を兼業している二刀流の人が多くて、連載しているの僕だけなんですよね。そんなキャラの濃い皆さんの中で司会者ポジションにいるのがつらいところです。ディレクターさんからも「和平、仕切ってあげて!」みたいな(笑)。ちょっとでも印象に残れるようなことができたらいいなと思います。
浅野 番組の雰囲気や足立くんの立ち位置も全部イメージできた(笑)。足立くんは感情がないから、要するにタモリってことなんだよ。余計な感情を挟まないでその場を流すことに長けているバランサーみたいなタイプは、目立ちはせずとも絶対に必要だから。ただ結果を求めるためにほかの人に対する被害をいとわない部分もあって、そこは場合によっては人に嫌われるし、必ず誰かを傷つけていくと思う(笑)。まあ性格だからしょうがないんだけど。
足立 そうですね(笑)。なんとかしようと思ってもならないものですし。
浅野 目的に向かう一番の近道として、最適解を実行しているだけだからね。という感じで、足立くんをよろしくお願いいたします。
足立 よろしくお願いいたします!
プロフィール
足立和平(アダチワヘイ)
1993年兵庫県生まれ。2016年、「戦場のスラッガー」で週刊少年マガジン(講談社)の6月期MGP奨励賞を受賞。2017年に「蝶々のように羽ばたいて」、2019年に「ラスト・スイング」が週刊ヤングジャンプ(集英社)の新人漫画賞に輝いた。2020年には「処暑」でモーニング(講談社)のちばてつや賞を受賞。2021年よりヤングアニマル(白泉社)で「飯を喰らひて華と告ぐ」を連載中。
足立和平の部屋 | "今まで"と"これから"の漫画作品やイラストを
浅野いにお(アサノイニオ)
1980年9月22日茨城県生まれ。1998年デビュー。代表作に「おやすみプンプン」「零落」などがあり、「ソラニン」「うみべの女の子」は実写映画化もされた。2014年からは2022年2月まで週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」を連載し、第66回小学館漫画賞の一般向け部門と、第25回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門・優秀賞を受賞。なお同作はアニメ化が決定している。