文化庁メディア芸術祭 松本大洋インタビュー|大切にしているのは“楽しく描くこと”「竹光侍」「Sunny」に込めた思いとクリエイターへのメッセージ

今年度で21回目を迎える文化庁メディア芸術祭。毎年マンガやアート、エンターテインメント、アニメーションの4部門において世界中から作品を募集しており、優れた賞を顕彰するほか、受賞作品展も行っている。

このたびコミックナタリーでは、10月5日まで作品の募集が行われていることにあわせ、過去に「竹光侍」「Sunny」でマンガ部門の優秀賞を受賞した松本大洋にインタビューを実施。2作品に込めた思いからメディア芸術祭の印象、クリエイターへのメッセージまで語ってもらった。

構成 / 熊瀬哲子

去年はこんな作品が選ばれました

第20回の大賞受賞作

「終わりたくないな」と思うくらい描くのが楽しかった「竹光侍」

──メディア芸術祭は今年度で21回目を迎えます。松本さんはメディア芸術祭にどんな印象をお持ちですか?

ブノワ・ペータース、フランソワ・スクイテン「闇の国々」カット©Benoît Peeters, François Schuiten, Casterman, Shogakukan-Shueisha Productions Co., Ltd.

毎回選考される作品が渋くて、いいなあと感じます。第16回でブノワ・ペータースさんとフランソワ・スクイテンさんの「闇の国々」が(マンガ部門で)大賞を獲ったのは、うれしくて驚きました。大好きな作品でしたが、難解なお話ですから。

──バンドデシネの人気シリーズ「闇の国々」は、謎の都市群・闇の国々で巻き起こる摩訶不思議な事件の数々を描く作品ですね。どんなところがお好きなんですか?

なんだろう……絵やストーリーを含め、読んでいると、全体の世界観が好きだなと思いますね。

──松本さんの作品では「竹光侍」が第11回(2007年度)、「Sunny」が第20回(2016年度)に、それぞれマンガ部門の優秀賞に選ばれています。

こうやって描いてきたものを選んでいただけたことは、とてもありがたくうれしかったです。

──以前にインタビューさせていただいたとき、「竹光侍」の連載を始めるにあたり、「お話を人に任せてマンガの演出や絵だけを楽しく描きたかった」とお話されていました(参照:月刊IKKI特集、松本大洋インタビュー)。改めて作品を描き始めた経緯を教えていただけますか。

「竹光侍」1巻より。

何本も連載を描いてきて、自分の中で読者に伝えたいことって、もうそんなにないかな……という感じがその当時はあったんです。時代劇には挑戦してみたかったんですが、そのためには膨大な調べ物と格闘する必要があるなと思っていて。それで友人の永福(一成)さんに原作をお願いしました。永福さんの原作のおかげで、僕にしては純粋な娯楽作品として仕上げられたかなと思っています。最終回のときも「終わりたくないな」と思うくらい、描いていて楽しかったですね。自分でも好きな作品になりました。

──「竹光侍」が優秀賞に選ばれた理由の中に「マンガをよく知った作者がマンガをよく知った読者のために描いた作品」と記されていましたが、永福さんが書いた原作に対し、松本さんはどのように取り組んでいったんでしょうか。

永福さんの原作は、自分ではまず描かないような王道のストーリーだったので、描き始めるときにはかなり苦労したんです。最初は主人公の宗さん(瀬能宗一郎)のキャラクターを立てるのが難しかったりとかして。王道のストーリーだけれど、自分にとってもしっくりくるものになるようにと、試行錯誤しました。ありがたいことに永福さんは「自由に変えていいよ!」と言ってくれていたので、ストーリーを回しやすくするために、最初は原作にいなかったキャラクターを加えさせてもらったりもしました。宗一郎が手放してしまった刀のお化けの國房とか、若侍の森(佐々太郎)とか。「江戸って、こんなふうだったらいいな」と少しファンタジーっぽい演出を入れるようにもしましたね。

──贈賞理由に「マンガには欠かせない要素であるエンターテインメント性もさり気なく取り入れていて良質」とも挙げられていましたが、そういったところで松本さんの作品らしい表現が組み込まれていったんですね。

時代考証の部分では、研究者の保垣(孝幸)さんにとてもお世話になりました。毎週下絵を送ってアドバイスをいただいたり、江戸のことをいろいろ教わって勉強したり、楽しかったですね。でも、長屋のルールとか細かい設定を作り込みすぎたところは、江戸時代の物語に慣れていない人にはとっつきづらくなってしまったかな……と、今になってみると思います。

大切にしているのは“楽しく描くこと”

──「Sunny」についてもお話を聞かせてください。昨年行われた第61回小学館漫画賞の授賞式(参照:松本大洋が一大決心して描いた「Sunny」の受賞に感謝、第61回小学館漫画賞)では、「『Sunny』は自分の幼少期の体験を描いた作品」「デビュー当時から(描くことを)先送りにしていた」「40歳を過ぎていつまでも描けるわけではないと悟り出し、ここでやろうと一大決心をして描き始めた」と語っていらっしゃいました。

「Sunny」1巻より。

「この物語をいつか描きたい」という気持ちはずっとあったのですが、自分も大人になって、小学生時代の思い出がだんだんと固まってしまうというか、記憶から生々しい感覚が消えていって、だんだん整頓されすぎたエピソードになっていってしまうような感じがあって。そうなりきってしまう前に描いておきたいなと思い、それまで躊躇していたけど思い切ったという感じです。やはり思い入れの強い作品だったので、連載が終わった今も、まだ少し続いているように感じるときがあります。星の子(学園)の子どもたちも本当にいるような気持ちがして描いていたので、物語が終わるのが寂しかったですね。

──松田洋子さんが綴った贈賞理由には、「マンガのなかにいくつか出てくる当時の昭和歌謡のように、状況はくどくど説明されず、どうにもならない感情の景色はたっぷりと描かれている」とありました。そんな「Sunny」の中で、「描けてよかった」と思う場面はありますか?

物語の中のキャラクターで、足立など、子どもたちの面倒を見ている施設の大人が出てくるんですが、僕が子どもの頃は何年も何年も、悪態をついたり暴れたりばかりしていたので、そういう大人の人たちへの反省や感謝を思いながら描けた部分はよかったかなと思っています。

──ちなみに、松本さんは18歳で初めてマンガを描かれたんですよね。

「Sunny」カット

はい。18歳の頃はほとんど素人状態だったのですが、下手なりに見よう見まねで描いていて、少しでも憧れの作家さんっぽく仕上がると、それだけでうれしくてずっと描き続けていましたね。

──松本さんがその当時から今でも、創作するときに大切にしていることはなんですか?

楽しく描くこと、です。創作すること自体はいつも楽しいですね。大変なことやキツい部分も含めて。それに、どこかで読んだり見たりしてくれている人に伝わるといいなという気持ちはいつもあるので、読んでくれた人から褒められたりしたときはとてもうれしいです。

──逆に、創作を続けている中で「苦しい」と感じられることはあるのでしょうか。

ストーリーもそうですが、演出とか絵がしっくりこないときは、どんよりした気持ちになりますね。そういうときは、僕は長年奥さん(冬野さほ)と2人で創作しているので、一緒に話し合ったりネームを切ったり、ラフを描いたりして、どうしたらよくなるかと試行錯誤してなんとかやっています。

文化庁メディア芸術祭
文化庁メディア芸術祭

メディア芸術の創造とその発展を目的に実施されるメディア芸術の祭典。アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門が設けられ、プロ、アマチュア問わず世界中から作品の募集を行っている。優れた作品は顕彰されるほか、受賞作品展も実施される。

募集期間
2017年8月1日(火)~10月5日(木)
日本時間18:00必着

第20回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展

期間2017年9月16日(土)~28日(木)

会場東京・NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]、東京オペラシティ アートギャラリー ほか

料金無料

松本大洋、永福一成「竹光侍①」
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松本大洋「竹光侍①」

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江戸のかたぎ長屋に、信濃なまりの浪人・瀬能宗一郎が住みついた。隣人の少年・勘吉は侍が珍しく興味津々。だが観察してみると、この浪人が只者でない迫力を有していることが分かって……?

松本大洋「Sunny①」
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星の子学園──様々な事情を持つ子供たちが、親と離れて暮らす場所。陽光が燦々と降り注ぐ園の片隅に放置されたポンコツサニー。其処は彼らの遊び場であり、彼らの教室だった。

松本大洋(マツモトタイヨウ)
松本大洋
1967年東京都出身。1987年に月刊アフタヌーン(講談社)の四季賞に「STRAIGHT」が入選しデビュー。週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて連載された「鉄コン筋クリート」は、2006年に劇場アニメ化された。同じくビッグコミックスピリッツで発表された「ピンポン」は2002年に実写映画化、2014年にテレビアニメ化。2006年から2010年にかけてビッグコミックスピリッツにて連載された「竹光侍」は、第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を、第15回手塚治虫文化賞でマンガ大賞を受賞する。また2010年に月刊IKKIにてスタートしたのち、雑誌の休刊後は2015年まで月刊!スピリッツ(いずれも小学館)にて発表された「Sunny」は、第61回小学館漫画賞の一般向け部門、第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞に選ばれた。