TVアニメ「メダリスト」特集|つるまいかだ×米津玄師、尊敬し合う2人が語り合う (2/2)

ジャケットのイラストは「司から見たいのりちゃん」

──「BOW AND ARROW」のジャケットは米津さんが描き下ろしたいのりのイラストで、見事な仕上がりに、ファンからも賞賛の声が多く上がっていました。どのような思いで執筆されましたか?

米津 最初からいのりちゃんを描こうとは思っていたんですが、「よそ様の子を1回うちでお預かりする」という意識が核にあって、とにかく失礼にならないように……と思っていました。かわいい小学生の女の子を描くという経験がほとんどなかったですし、さらに成人男性が描くということで、「不備があってはならない」という緊張感もありましたね。フィギュアスケートの衣装は構造が難しいですし、私服にしようかという思いも一瞬よぎったんですが、やはりハレの姿で描いて、「いのりちゃんを肯定しなければ」という使命感が湧いてきて。楽しかったけれど、とても緊張する作業でした。

つるま そんな思いで向き合ってくださったんですね。米津さんが主題歌を担当すると決まった瞬間から、どんなジャケットを描いてくださるんだろうと、ずっとソワソワしていたんです。完成したイラストを見せていただいて、「ついに!」というカタルシスと、感動が沸いてきました。私は曲の歌詞から、司単体か、司といのりの2人が描かれるとイメージしていて、いのり単体の絵を描いてくださるとは全く思っていなかったんです。そこへこんなにかわいさ全開のいのりが出てきて。「今まで見てきた米津さんの絵と全然違う!」と、本当にびっくりしました。

「BOW AND ARROW」のジャケット。

「BOW AND ARROW」のジャケット。

米津 自分が手癖で描くと、だいたい目つきが悪くなるんですよね。この世を恨んでいるような。それが出ないように、しっかりとかわいく、圧倒的に肯定できる形で描かなければという意識はとても強かったです。2巻の名港杯で、ブロークンレッグを繰り出してひたむきに滑るいのりちゃんを見ながら、踊るときの表情をずっと頭の中で想像していた記憶があります。

──ちなみに作画はどのような環境で行ったのでしょうか?

米津 Photoshopで描いていて、フルデジタルです。昔は線画だけ直筆で描いたものを取り込んでいたんですが、最近は全部Photoshopですね。

──いのりがスケートリンクで滑走する瞬間を捉えた構図は、どう決めましたか。

米津 「やっぱり氷の上で滑る姿がいいんじゃないか」というところからなんとなく描き始めたのですが、きらびやかにしたいというイメージはありました。「BOW AND ARROW」を作る段階でも、透き通った光を反射する氷のイメージが強くあって、それをトラックで表現するにはどうすればいいかを、すごく考えていたんですね。その延長線上で、同じイメージを絵で表現するとしたらどうなるか、と考えながら進めていきました。

つるま うれしいです。いのりの瞳がすごくきれいだなと思って。個人的に気になっていたんですが、瞳の中に入っているオレンジが、司だったりするのかな?と……。

米津 はい。司の視点で、司から見たいのりちゃんという意識で描いています。そういう部分でも、ものすごく尊いものとして描かなきゃいけないという思いが強迫観念的にあったというか。後ろに散らしたキラキラも「やりすぎかな」と迷ったんですが、司の目線からはこれくらいに見えるだろうと思って。

つるま すごく素敵で、うれしかったです! 舞っている星の色もとてもきれいですし、ロンググローブの衣装も私は描いていないものだったので、「BOW AND ARROW」だけのドレスだ!と、感激しました。

米津 よかった。フィギュアスケートの衣装は本当に複雑で、難しかったです。

つるま 先ほど「肯定」という言葉を使っていただきましたが、このイラストをいただいたときに、すごく自分を肯定してもらった気持ちになったんです。これまで出版社の方が「メダリスト」に力を入れてくださっても、なかなか売上が伸びず、それを私は自分の絵柄のせいだと思っていたんですね。コンプレックスを強く持っていたけど、この絵を見て「自分の絵でいいんだよ」と言ってもらったような気がして、すごくうれしくて。いのりはキラキラしていていいんだ、これからも堂々とキラキラさせよう、と思いました。

──「BOW AND ARROW」が流れるアニメのオープニング映像を観たときはどう思いましたか?

米津 最初に絵コンテを見せていただいた段階で「おっ!」というワクワク感がありました。子供の頃からアニメに親しんできましたが、やはりオープニングの高揚感って、自分の中にいまだに強く残っているんです。好きなマンガに曲を書くことができて、そこへさらに素晴らしいアニメーションが乗っかってくるなんて、ただのオタクの夢というか(笑)。幸福と呼ぶ以外にないし、今までやってきてよかったと思いました。

TVアニメ「メダリスト」のオープニング映像より。

TVアニメ「メダリスト」のオープニング映像より。

TVアニメ「メダリスト」のオープニング映像より。

TVアニメ「メダリスト」のオープニング映像より。

つるま 恐れ多いことですが、私もコンテの段階から関わらせていただきました。

米津 そうなんですか。原作者の方が参加するというのは、あまり聞かないですよね。

つるま 原作者が意見を出すと、重く受け取られてしまうのではないかという怖さもあったんですが、意見を平等に出し合っていいものを作れる制作チームだったので、本当にありがたかったです。完成したときの感動は凄まじかったですね。いのりと司が鏡状になっているところで、雲がしっかり音ハメされてこちらに向かってくる描写に、「こんなに細かい音を拾ってくれるんだ」と感動したり。素晴らしいクオリティで、何度も一時停止して観ました。ENGI(アニメーション制作スタジオ)の皆さんはすごい熱量と愛を持って向き合ってくださっていて、それがこのオープニングにぎゅっと詰まっていると思いました。まさに「見なよ……オレのENGIを……」という思いで(笑)。そこへ米津さんの愛も乗って、最上級の映像だと思うし、大切なオープニングになりました。

米津 ありがとうございます。風通しのいい空気感で作られたんですね。大変な部分ももちろんあったとは思いますが、客観的に聞いていて、すごく素敵で楽しそうな制作環境だと思いました。

とにかく……1ページでいいから読んでくれ(米津玄師)

──おふたりとも、創作するうえで産みの苦しみもたくさんあると思うのですが、行き詰まったときはどのように乗り越えていますか?

米津 にっちもさっちも行かないときは、自分はもう、寝ます。それか、無心でやり続けるか。時と場合によりますが、手を動かし続けていればなんとか終わるだろうし、「まあなんとかなるっしょ」という思いですね。

つるま もう連載5年になるのに、そういうときの解決策を私はまだ見つけられておらず……。結局、「もうダメだ」と思うくらい自分を追い詰めて、落ち込んで、締切が近づいてきてなんとかやるという。体に悪いし、そんなやり方はもう辞めたいんですけど(笑)。行き詰まると、私が転がしたいストーリーにはめ込もうとするばかりに、キャラクターの個性を無視してロボットのように動かしてしまうこともあるので、「いや、このキャラはそんなことはしないでしょう」と原点に帰ったり、物語には型があることを勉強し直したりしています。

──作者の都合に合わせてもらうのではなく、キャラクターには自由に動いてもらいたいんですね。

つるま そうですね。あとは、ちゃんと読み手がストレスなく楽しめて、うれしい気持ちになれるか。そこを突き詰めて考えると、道が開けることは多いですね。自分の視野が狭くなったときは、編集さんから客観的なアドバイスをもらうと、コントロールできるようになります。

米津 つるま先生と編集者さんの関係性が、いのりと司の結びつきに影響を及ぼしている部分もある気がします。

「メダリスト」12巻

「メダリスト」12巻

つるま 本当にそうなんです! 大学時代の私は、自信がなくてこねくり回して、なかなか作品を完成させられなくて。でも今の編集さんに出会ってから、道がどんどん開いたんです。「これでいいよ」と言ってくれることで、階段をどんどん上ってこられました。それまでは、スポーツ界で活躍する選手は本人の能力が優れているから成果を出していると思っていたんですが、指導者ってすごく大事なんだなって。視野が狭くなりがちな私は、マンガ家になってからずっと支えてくれる存在の大きさをすごく実感しているので、それを「メダリスト」で伝えたいです。

──TVアニメは佳境を迎えつつありますが、原作ではその後も熱いストーリーが展開されていきます。まだ原作を読んでいない方に向けて、最後に米津さんから、ぜひ読みたくなるようなリコメンドのひと言をいただけないでしょうか。

米津 責任重大ですね(笑)。とにかく……1ページでいいから読んでくれ、という思いです。読んでくれたらすぐにわかる。読み進めたら絵の力で強引に引っ張っていかれるくらいの強さがあるし、小さなひとコマでも、ひたむきな女の子の姿にグッとくる。熱いスポーツとしての部分はもちろん、倫理やモラル、そういう視点もちゃんとあって。熱量の素晴らしいマンガなので、とにかく1ページでいいから、本を開くだけでいいから、試みてほしい。そんな思いです。

つるま うわあ……感激です。私も、米津さんの曲を全人類に聴いてほしいという思いです。ずっと思っていることなのですが、米津さんはハチさんであったときから環境が大きく変わっているはずなのに、いつまでも聴き手に寄り添ってくれる。内省しても自覚するのがむずかしい、触れることもためらわれるような繊細な感情に寄り添ってくれるメロディや歌詞を生み出し続けられるのは、米津さんが創作活動に本気で取り組んでいらっしゃるからだと思うんです。すでに全人類と言い切れるほど多くの人たちが聴いているとは思うのですが(笑)、まだ出会っていない人がいたら、ぜひ聴いてほしい。人が到達できないところを切り開いていく方だと思うので、これから米津さんがどんな扉を開いていくのか、ご活躍を見守り続けたい。心から応援しています。

米津 ありがとうございます。がんばります。

プロフィール

つるまいかだ

愛知県出身。2018年に講談社の主催する即日新人賞・in COMITIA123にて、「鳴きヤミ」で優秀賞を受賞する。2020年5月に月刊アフタヌーン(講談社)で「メダリスト」で連載デビュー。「メダリスト」は12巻まで刊行されている。

米津玄師(ヨネヅケンシ)

1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2025年1月に初のドーム公演を含む全国ツアー「米津玄師 2025 TOUR / JUNK」をスタートさせ、劇場先行版「機動戦士 Gundam GQuuuuuuX -Beginning-」の主題歌「Plazma」、テレビアニメ「メダリスト」のオープニング主題歌「BOW AND ARROW」を配信リリース。