LaLa45周年特集第8回「夏目友人帳」緑川ゆき|寂しくないはずなのに、優しいものや儚いものを思うときに感じる“孤独”を描きたい

LaLa(白泉社)の45周年を記念し、コミックナタリーでは5月から作家のインタビューや連載作の紹介などの特集を展開中。第8回となる今回は、「夏目友人帳」の緑川ゆきに登場してもらった。

2003年にLaLa DX(白泉社)でスタートした「夏目友人帳」は、「妖怪が見える」という秘密を抱えた孤独な少年・夏目と用心棒のニャンコ先生による“あやかし契約奇談”。2008年から6度にわたるTVアニメ化を果たし、2018年には劇場アニメ「劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~」が公開され、2021年にも新作アニメ「夏目友人帳 石起こしと怪しき来訪者」が劇場で期間限定上映された。まさにLaLaの看板作といえる「夏目友人帳」。20年近くにわたって描かれてきた夏目と妖たちの友情、そして孤独について、緑川にたっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 小田真琴

今だから明かせる「夏目友人帳」誕生秘話

──なんともうすぐ「夏目友人帳」の連載開始から20年です!

連載作品としては3作目なので「まだ3作目だ、今回こそはなんとか読んでもらいたい!」と意気込んで描き続けてきました。正直あっと言う間です。

──初連載作品「あかく咲く声」と次の「緋色の椅子」はともに全3巻でしたね。「夏目」は念願の長期連載になったわけですが、逆に長く続けるうえで難しさのようなものはありますか?

無口な少年・辛島と、彼に思いを寄せる国府を描いた「あかく咲く声」。

振り返るといろんな気持ちと折り合いをつけながらやってきたので、ずいぶん経ってしまったなという思いもあります。長く続けるほど難しくなっていくこともありますが、自分なりの「まだやっていないこと」を探すワクワクと、「キャラたちの関係と成長」を大事にすることで、続けられていると感じています。

──「夏目友人帳」を描くうえで、連載が開始された頃に比べて、ご自身の思いや作品を取り巻く環境など、変わった点はありますか?

最初の頃は、「夏目」を一緒に立ち上げてくださった担当編集さんとだったら、少し冒険したガザガザしたものが作っていけるんじゃないかと考えていました。非現実を活かして、どんなふうにも舵を切ってみせますぜと、時々とんでもない展開を悪だくみするような気分で、担当さんと話し合ってました。

──当時の担当さんからはどのようなアドバイスが?

読者さんに届けるにふさわしい形を選んで、道を作ってくださいました。だから初期の「夏目」は、自分としては少し意地悪も含んだ話という認識だったのですが、長く続き、キャラや作品に情を持ってくださる方が増えて、自分のこだわりよりも読者の皆さんの思いを裏切らないことが大事だと感じ始めて、自分がやりたいことが、やっていいことなのかどうかを考えるようになりました。

──そもそもの「夏目友人帳」の着想を得たきっかけなどがあれば教えてください。

もうだいぶ経つので記憶違いもあるかもしれませんが、“2人”を描きたかったんです。当初考えていたのは「壺に入った悪魔と少年が旅をする話」。でも前作「緋色の椅子」が異世界ものだったので、もっと身近な舞台にしようと思ったんです。“集める話”も描いたことがあったので、今度は“返していく話”にしようとできた話だった気がします。

──そして「壺に入った悪魔」がニャンコ先生に……。

ニャンコ先生

日本を舞台にするなら「壺に入った悪魔」ではなく、陶器といえば招き猫かなと。子供の頃、大好きな方にいただいた招き猫と旅に出たいと思っていたこととか、田舎の実家の通い猫がかわいかったこととかを思い出して、描きたいなと思いました。せっかく猫の姿なので表情を読ませない、ふくろうみたいな怪しさにしたかったんです。今も眉間の皺を描くくらいで、目のパターンは少なめに留めるよう用心しながら描いています。

──「夏目」は2008年以降、たびたびアニメ化もされていますが、アニメ版のニャンコ先生はマンガとはまた違ったかわいさがありますよね!

アニメの先生はアニメならではの表情豊かなところが大好きで、本当にかわいくしていただいて、アニメのニャンコ先生にはただただ夢中です!

──妖怪を描いた作品にはマンガのみならず多くの名作が存在しますが、影響を受けた先行作品などはありますか?

恥ずかしくも不勉強ながら、あまり本やマンガを読めなかったので、ほとんどテレビの影響だった気がします。小さい頃に見た「ゲゲゲの鬼太郎」はもちろんですが、「まんが日本昔ばなし」は毎週見ていて、そこに現れる妖怪やお化けたちは、人との約束を律儀に守ったり、「○○はしてはいけない」なんて助言してくれたりするのですが、初めはどこか愛嬌を感じていた相手が、のちのち恐ろしさを滲ませ始める感じに、いまだに惹かれるのはそこに影響を受けたのかなと感じています。マンガにも小説にも妖怪を描いたたくさんの名作があって読んでみたくて仕方ないのですが、今読んで影響を受けてしまうと描けなくなってしまうので、「夏目」を描き上げたときの楽しみにとっています。

「夏目友人帳」に描かれた「孤独」

──タイトルに「友人」とあることからも“関係性”が「夏目」の大きなテーマとしてあるように思いますし、「友人」とは何か、という問いにもなっているように感じます。夏目と人間、夏目と妖との関係性を描くうえで、心がけていることがあれば教えてください。

「夏目友人帳」のカラーイラスト。

原稿用紙40から50枚くらいで、出会った相手への思い入れを読者の方に持ってもらわなければならなくて、実際は「友人」にまでなれていないものも多いのですが、それでも「力になってあげたい」とか、「あいつは幸せだったのかなあ」と考えてもらえるような、夏目がそう思っても不自然じゃない関係が結べているように描くことを目標にしています。人である夏目は、友情は長く育んでいかねばならないと思っているのですが、妖との出会いは一期一会なんですよね。その一期一会だからこその妖との関係性を、友情のように描ければいいなと思っています。

──“孤独”に関しても多くの示唆を与えてくれる作品です。人や妖の孤独をどのように描こうと考えていらっしゃいますか?

孤独の要素も読みとっていただけてとてもうれしいです。ありがとうございます。寂しいもの・悲しいものに重きを置きたいわけではないので、独りの寂しさの孤独よりは、寂しくないはずなのに、優しいものや儚いものを思うときに感じるあの感覚の孤独を、共感してもらえるように描ければと思っています。

──主人公・夏目の造形は、初期は中性的に見えましたが、最近では青年らしさを増してきているように感じます。

初期の夏目はいろんなものを諦めていて、でも斜に構えているキャラには描きたくなくて、バランスが難しかったです。懸命な子である、ということだけは伝えたいなと思っていました。容姿の描き方を変えたつもりはありませんが、最近は喜怒哀楽の表情を描いてもいいようなところまで、夏目を成長させられたのかもと思っています。

「夏目友人帳」のカラーイラスト。

──初期の夏目の物憂げな表情が印象的です。

単行本の表紙に夏目を描くときは笑顔がいいだろうと思いつつ、笑顔を描くと自分の中では夏目に見えず、悩んでいたのを思い出します。設定上、紙を咥えると口元が見えないから、笑顔にせずに済む!と発見したので、そういう構図は多くなりました。

──主人公を女子ではなく男子にしたのはなぜですか?

自分が描くときは、巻き込まれ主人公には強くあってほしくて、でも「あかく咲く声」のがんばる女主人公・国府も、「緋色の椅子」のセツも、読者の皆さんには応援してもらいながら、多くの方には読み続けていただけなかったので、男の子の主人公にも挑戦してみようと思いました。今思うと女の子のほうがいろんな可能性があったと思う半面、女の子の感受性で進めて描いていたら、ここまで長くは描けなかったなとも感じています。