先輩から授かったものを下の世代に返す番
──アフレコで印象に残っていることは何かありますか?
田村 私は初回収録の日が忘れられないです。今でも夢に出てくるくらいなんですけど、私のせいで収録が押しに押してしまって、予定の2時間押しくらい……。
池田 いや、もっとでしたね。
佐藤 監督、そこはフォローしてあげてくださいよ!(笑)
田村 本当にこだわっていただいて、遅くまで付き合わせてしまい。自分の中にはすごく強い思いがあるのにそれをうまく出せない歯がゆさと悔しさと、皆さんを巻き込んでいる痛みと……。
池田 今、僕の胸が痛いです(笑)。
田村 佐藤さんも、何度もリテイクに一緒に入ってくださって。すごくありがたいことだなと思っていますし、あの日のことはずっと忘れられないですね。日付もハッキリと覚えています。
佐藤 僕も最初はそうだったので、本当に昔の自分を見ているような気持ちだったんですよね。とある世界中が石化しちゃう作品だったんですけど(笑)、ある叫びのセリフが全然できなくて。そのときもご一緒していた先輩方がみんな残って付き合ってくださったんですが、後から聞いたら「できることはわかってた。まだやり方が掴めていないだけ」というふうに思っていたらしいんですね。それが強烈に記憶に残っていたので、いつか同じように苦しむ新人さんと一緒になったときは僕も絶対にそれをしようと決めていたんです。だから今回、まさに先輩から授かったものを下の世代に返す番が来たと思って、とにかく彼女が納得できるまでとことんやろうと。
──そうなると、田村さんもいずれはその立場になって後輩に返していかないといけませんね。
田村 そうですね……! 私もいつか佐藤さんのような先輩になりたいです。なりたいというか、絶対になろうと思います。なります。
佐藤 でも、僕やその先輩方だけじゃないですから。声優業界には全体的にそういう風潮があるんですよ。今まで、皆さんがありとあらゆる知恵や知識、経験を余すことなく伝えてくださっていたからこそ、僕も彼女に伝えられることがあったのかなと思いますし、「惜しむことなく伝えたい」と自然に思えたんだと思います。だから本当に先輩方には感謝していますね。
田村 もちろん声優としてのあり方だけじゃなくて、お芝居の中でもすごく頼りにさせていただきました。先ほどからお話に出ているように佐藤さんのお芝居がすごく自然体だったこともあって、「私もこのままでいいんだ」「感じたままを素直に出せばいいんだ」と思えた。監督からも「あなたはオーディションに受かった人なんだから」と自信を持つように言っていただきましたし、初めての現場がこんなに恵まれた環境でいいのかなと思うくらい、すごくいい現場だったなと思っています。
佐藤 それならよかった(笑)。
池田 最初は田村さんもかなり緊張されていたんですけど、話数が進んでいくごとにどんどんOKテイクが早くなっていった印象が実はありまして。作中の丸太と伊咲の心の距離が縮まっていくのと同調するかのように、この2人の息もどんどん合っていったんですよ。視聴者の皆さんには、そのあたりも感じ取っていただけたらうれしいですね。
田村 役とのシンクロ具合で言うと、私は最初から違和感がまったくなかったんです。それこそ佐藤さんは初回収録の日から今日のようなスタイルで、メガネをかけてカメラをぶら下げていらして。そのおかげで、初対面の先輩に対する印象としては失礼だったかもしれないですけど、私は一切構えることなく接することができたんですよね。最初から全然壁を感じなかった。
佐藤 (笑)。いや、そう言ってもらえてうれしいです。
池田 佐藤さんもそうなんですけど、田村さんも田村さんで現場では伊咲みたいに髪をピョンと上げていて。
田村 はい、やってました(笑)。
池田 だから収録現場をブースから見てると、本当に丸太と伊咲が並んでいるように見えるんですよ。スタッフ内でもそれは話題になっていましたね。
──アフレコには、オジロ先生も立ち会われたんでしょうか?
オジロ そうですね、ちょこちょこ行かせていただきました。と言っても私はただ遊びに行っただけなので、「へえ、こういうふうにアニメってできるんだなあ」みたいに楽しんで帰っていくだけでしたけど(笑)。
──「声優さんってすごーい」みたいな?
オジロ そうそう(笑)。完全にただのお客さんとして行ってましたね。
アニメだからこそできる表現
──できあがった映像についてはいかがですか?
池田 原作がマンガなので、基本的にはモノクロの世界じゃないですか。そこに色を着けるにあたっては細心の注意を払いました。特にこの作品では夜のシーンが印象的に描かれるケースが多いので、夜が暗くなりすぎないように明るく表現してみたり、「星の輝きがまぶしすぎる」みたいな世界観を再現することに関しては、きれいにできたんじゃないかなという手応えはありますね。……というか、皆さん映像はもうご覧になりました?(取材は第1話放送前に行われた)
佐藤 データで送っていただいたものを観ました。
田村 私もいただいたデータをスマホでけっこう観てますね。でも「スマホの小さい画面で観るのがもったいないな」という気持ちもあって、オンエアをテレビで観たいからがんばって抑えている部分もあります(笑)。
オジロ 私はまだ第1話しか観てないんですけども、池田監督がご自分の解釈を付け足してくださったところなどには「自分もマンガでこういうふうにしたら、もうちょっと読む人にわかりやすくできたのかな」と思うところがたくさんありました。やっぱりマンガとはいい意味で別物ではありますよね。原作を好きな人にも、まったく知らない人にも楽しんでもらえると思います。
佐藤 まずはやっぱりオジロ先生の作り上げた素晴らしい世界観と魅力的な登場人物たちを、余すことなく楽しんでいただきたいです。そのうえでスタッフ陣が本当にこだわり抜いた絵はもちろんですし、僕らとしてはやっぱり一番こだわったのは音なので、一度全体をまんべんなく味わっていただいたあとで、もう1回イヤホンなどを付けて楽しんでいただけたらなと思います。「こんなに生々しくやるアニメ、あるか?」というくらいのお芝居を詰め込んでいるので。
田村 音の話で言うと、白丸先輩が1人で写真を撮りに行くシーンでかすかに鈴虫の鳴き声が聞こえたりもするんですよね。あと私が個人的に気になっているのは、あるとき監督から「髪の毛を結んでいるところを動画に撮らせてもらっていいですか?」と言われたんですけど、そのときに撮った動画がアニメにどう生かされているのか……。
池田 ああ、あれですか。その動画をもとに起こしたアニメーションをオープニングで使っていますね。
田村 あ、そうなんだ! オープニングなんですね。
池田 そうです。順調に行っていれば第2話から流れているはずです(笑)。
田村 わかりました! じゃあ楽しみにしておきます。
池田 あとはやっぱり、このアニメをきっかけに星景写真やカメラに触れてくれる人が少しでも増えたらいいなという思いもあるので、撮影シーンはかなり繊細に作り込みました。星景写真の撮影って超スローシャッターで行うので、レリーズボタンを押してから10秒後とか20秒後とかにカシャッと音がするんですね。それをリアルな秒数で表現していたりするんですよ。それはマンガではできない、尺というものが発生するアニメだからこそできる表現ではあるかなと。
──佐藤さんがそれこそ作品きっかけでカメラを買われたということですけど、星の写真は撮られるんですか?
佐藤 いや、このカメラは本当に日常のスナップ用という感じで。星の写真を撮ろうと思ったら、もっとバズーカ砲みたいなレンズが必要なんですよ。「やっぱりレンズって大事なんだな」ということがよくわかりましたし、それを実感として知ることができたのはよかったなと思っていますね。ここから逆算することで、丸太の感じているカメラやレンズの重みを皮膚感覚として想像しやすくなりましたし、そういう意味でもこのカメラには感謝しています。
両方あってうれしいな
──最後にちょっと余談っぽくなるんですが、「君は放課後インソムニア」は実写映画も制作されていますよね。実写で同じ役を演じる役者さんに対してアニメ版の声優さんがどんな思いを抱くものなのか、ちょっと素人には想像できないところがあるんですけども……実際どんな感じなんですか?(参照:実写映画「君は放課後インソムニア」森七菜&奥平大兼がW主演、監督は池田千尋)
佐藤 いやあ、もう観たくてしょうがないです。
田村 はい、それは現場でもずっと言ってましたね。「絶対に観に行くんだ」って。
佐藤 同じ原作であっても、実写とアニメではカメラワークから演出からいろんなものが違ってくるし、尺ひとつ取っても、映画は2時間で1本にまとめるところをアニメは毎週1話で30分ずつ放送する形になりますよね。言うなれば野球とソフトボールみたいな感じで、似て非なるものというか。
──なるほど。同じピッチャーであっても……。
佐藤 上から投げるのか下から投げるのか、みたいな。だからプレイヤーの考え方は全然違うんだけど、ルールとしては似ている部分も多い。だからこそ「僕は丸太をこう解釈してこう演じましたけど、そちらは何を感じ、どう表現しようと思いましたか?」ということを聞いてみたくてたまらないです。
──それって、向こう側からするとけっこうなプレッシャーですよね。
田村 ですよねえ……?
──佐藤さんが逆のプレッシャーを感じることは?
佐藤 ないです。
田村 言い切った(笑)。
佐藤 自分の芝居にはきちんと自信を持たなければ、相手にも失礼ですから。別作品の話になりますけど、過去に2.5次元の舞台で自分と同じ役をやられた方と対談させていただく機会が実際にあったんですよ。そこで相手の方の考えを聞けたのがすごく楽しかったし、うれしかったのを覚えているんですよね。だから今回も、もし奥平大兼さんとお話しできる機会をいただけたら、真正面切って話し合ってみたい気持ちがすごくあります。
田村 真正面切って、かあ……。
──おそらくですけど、田村さんはまだその域には達していないですよね?
田村 そうなんですよ! この作品は正直アニメよりも実写向きだと私は思っていますし、森七菜さんの演じられる伊咲がどんな感じになるのかは、もちろん楽しみでしかないです。でも佐藤さんと同じように向き合えるかというと、そうはいかない(笑)。私はプレッシャーをものすごく感じております!
──オジロ先生はいかがです? アニメ化も実写化もされるというのは、原作者としてどんな心境なんでしょうか。
オジロ ああー、そうですねえ……「両方あってうれしいな」ぐらいの感じですけども(笑)。
一同 (笑)。
佐藤 今日の取材でもそうですけど、アニメに対するオジロ先生のスタンスが一貫してほんわかされているので(笑)、こちらとしてはすごくやりやすかったです。とても自由にやらせていただけたので、僕らも「責任を持ってお預かりします!」という感じで向き合えたと思いますね。
田村 先生がずっと優しく見守ってくださったので、佐藤さんのような強メンタルを持ち合わせていない身としては(笑)、とてもありがたかったです。
オジロ あ、ホントですか。そんなそんな。こちらこそありがとうございます。
プロフィール
佐藤元(サトウゲン)
3月22日生まれ、神奈川県出身。アイムエンタープライズ所属。主なアニメの出演作に「天国大魔境」(マル役)、「HIGH CARD」(フィン・オールドマン役)、「よふかしのうた」(夜守コウ役)、「Dr.STONE」(クロム役)などがある。
佐藤元 (@genkinogen0322) | Twitter
田村好(タムラコノミ)
2月5日生まれ、静岡県出身。マウスプロモーション所属。「君は放課後インソムニア」で初のメインキャストを務める。
オジロマコト
2006年にデビュー。代表作に「富士山さんは思春期」「猫のお寺の知恩さん」など。2019年からは週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で「君は放課後インソムニア」を連載中。同作は2023年4月よりTVアニメが放送され、6月23日には実写映画が公開される。
池田ユウキ(イケダユウキ)
アニメーション演出家、ライデンフィルム所属。「はねバド!」「TRIBE NINE(トライブナイン)」などで演出を歴任。自身の出身地・石川県金沢市に近い七尾市が舞台となる「君は放課後インソムニア」にて初監督を務める。