薫(DIR EN GREY)×坂本眞一|DIR EN GREYと「イノサン」に通じる揺るぎない信念 「美醜」「死」「痛み」を表現する理由

マリーが「やりたくない」と思うことを無理にやらせるわけにはいかない(坂本)

──薫さんがもっとも心惹かれる「イノサン」のキャラクターは?

「イノサンRougeルージュ」8巻より。ゼロは常に鉄仮面を被って生活している。©︎坂本眞一/集英社

 ちょうど11月に発売された「イノサンRouge」の9巻を読んだところなんですが、やっぱりゼロがどうなっていくかは気になりますね。ゼロは死刑執行人のサンソン兄妹の妹マリー=ジョセフ・サンソンの子供という立ち位置ですが、重要なシーンにどんどん絡んできてるので。

坂本 マリーとゼロは、僕のオリジナルのキャラクターなんです。実在した人物が多く登場する歴史物語の中にマリーとゼロを投入することで、“坂本眞一の物語”になっていくと思っていて。あの2人には僕が考えていることを投影しているし、現代の感覚をストレートに表現できる重要な役割を果たしてもらっていますね。薫さんがおっしゃったように、ゼロがどう動いていくかも大きなポイントだし、僕自身も楽しみにしています。

坂本眞一

 坂本先生にもどうなるかわからないんですか?

坂本 はい。おぼろげな構想はあるんですが、マリーとゼロには自由に動いてもらいたいんですよ。マリーが「やりたくない」と思うことを、僕が無理にやらせるわけにはいかないので(笑)。

 だからマリーとゼロは生き生きしてるんでしょうね。しかも言葉がズドンと入ってきて、説得力があって。やっぱり気になるキャラクターです。

自分が見たもの、経験したことを出さないと作品にならない(坂本)

──マリーのファッションやヘアスタイルはかなりパンキッシュですよね。キャラクターを作り上げる際に、音楽から影響を受けることはありますか?

DIR EN GREY

坂本 すごくあります。「イノサン」を描き始めてから、インスパイアされるものを探していたんですが、特にヴィジュアル系のバンドのファッションやセンスには影響されました。DIR EN GREYは5人ともまったく違うファッションだったりするじゃないですか。キャラや個性の出し方はすごく勉強になるし、「ここまでやっていいんだ?」とストッパーを外してもらえるような感じもあって。作品によってもかなり違いますが、どうやってご自分たちのキャラクターを設定しているんですか?

 思いつきですね(笑)。そういう話はメンバーとしないんですが、着てる服とか髪型をチラチラ見て、「こういうモードなのか。じゃあ、自分はこうしよう」と考えることはあります。キャラが被らないほうがいいと思うので、誰かが髪を伸ばしてたら、自分は切ったり。たまにバラバラすぎて、「これ、おかしくない?」ということもありますけどね。1人は中世的なファッションで、1人がスーツを着てるとか(笑)。

坂本 はははは(笑)。

 それぞれ子供の頃から好きだったマンガや映画の影響もあるでしょうね。例えばライダースジャケットを着るにしても、「あの映画のキャラみたいな雰囲気にしてみよう」と少しアレンジしたり。それは楽曲も同じ。最近はヘビーな路線になってますけど、その中には小学生の頃に好きだった歌謡曲の哀愁が入っていたり。

──根源にあるものは変わらない、と。

 そうだと思います。自分はX JAPANを観てバンドを始めたので、「ステージに立つ=派手じゃないとダメ」「バケモノみたいに見えるような世界を作らないとステージに立つ意味がない」と思っているところがあって。やりたいことは毎回変わるし、メイクをしない時期もあったんですが、もとにあるものはずっと同じだと思います。

「イノサン」7巻より。シャルルはとある罪により裁判にかけられてしまう。©︎坂本眞一/集英社

坂本 わかります。これだけはハッキリ言えるのですが、自分の体の中にないものは描けないんですよ。マンガは点ではなく、線でつながっていくので、自分の中にないものを出しても、うまくつながらないんです。逆に「こういう意見を打ち出しても大丈夫だかろうか?」という怖さがあっても、それが自分の体に流れているものであれば、必ずうまく着地できる。つまり、自分が見たもの、経験したことを出さないと作品にならないんですよね。人生もそう。先が見えなかったとしても、目の前のことを1つひとつやっていけば、得できる場所にたどり着けるはずなので。

 自分が新しい作品に取りかかるときは、「今までにないものを出そう」とがんばるんですよ(笑)。そこでムリをしすぎると「これを自分たちの作品として出してもいいのだろうか?」と不安になるし、結局は自分が扱いやすい部分を取り入れるんですけどね。

突き詰めていくと、結局は「愛」みたいなシンプルなテーマに行き着く(薫)

──バンドの場合は、他のメンバーとの関係性も重要ですよね。

 そうですね。曲を作っていて行き詰まったら、ほかのメンバーに「どうしよう?」と相談できるので。マンガは違いますよね。アシスタントの方はいらっしゃいますけど、基本的には1人で構築するっていう。大変ですよね。

坂本眞一

坂本 ずっと机の前にいるとダメですね。社会に出ていって、いろんな人と関わりを持ち、コミュニケーションを取ることで、共感を得られる作品が描けるというか。実際、机にしがみついてマンガを描いていた頃は、ぜんぜんうまくいかなかったんです。その後、妻と知り合って、子供を持って。そうすると、どうしても社会に参加しなくちゃいけないんです。保育園の送り迎えだったり、学校の父兄の集まりだったり、習い事の手伝いだったり。もともと社会に迎合するのが苦手なんですけど(笑)、人と合わせようとしたり、うまくできない自分にガッカリしたり、そういう感覚を手に入れたことで作品が変わってきたんですよね。「自分が感じていることは、ほかの人も感じているはずだ」と思えるようになったことで、読み手に共感してもらえる作品になってきたというか。「自分は他人とは違う」から「どこか同じなのか?」という発想の転換は大きかったですね。

──DIR EN GREYの世界観は、現実とはかなり距離があるイメージもありますが……。

「イノサンRougeルージュ」7巻 ©︎坂本眞一/集英社

 そう思われがちなんですが、自分としては、そこまで現実と離れている感覚はなくて。自分の心の中を掘り下げて、その中の小さな一部分に焦点を当てながら曲を作ることが多いんですが、それは自分だけのものではなくて、誰もが感じていることでもあると思っていて。「みんなで手を取り合って」みたいな歌詞ではないですが、そこまでおかしなことを表現しているつもりもないんですよ。突き詰めていくと、結局は「愛」みたいなシンプルなテーマに行き着くと思うし。

坂本 DIR EN GREYの音楽は、もがき苦しんでいたり、世の中に絶望している状況が描かれることもありますが、それは突拍子ないことではなくて、誰にでも起こり得ることだと思うんです。そこは「イノサン」とリンクしていて。例えばマリーにしても、完全無欠のヒロインではなく、大きなものを失った経験をしている。そこで自分を否定するのではなく、その経験自体を受け入れることで、立ち上がるキャラクターですからね。