デジナタ連載「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」|田中敦子×大塚明夫、ディーガの映像で素子とバトーと“人形使い”の関係に耽溺

「ネットは広大だわ」に時代が追いついた

──最新デジタル技術によって、アナログ的な質感がより高精度に再現できるようになってきた、ということでしょうか。ちなみにおふたりは、この作品を映画館でご覧になったことは?

大塚 ありますよ。たしか、公開の直前じゃなかったかな?

田中 覚えてます。今はなき渋谷パンテオンでしょう? 東京国際ファンタスティック映画祭に出展されて。あの大きなスクリーンで初めて完成版を目にしたんですよね。懐かしい!

大塚明夫

大塚 すごい作品に参加したんだなって、改めて感じたのを覚えています。ただ、20数年後にここまで大きな存在になっているとは、その時点では想像もできなかった。

田中 考えてみれば、私たちが「攻殻」と最初に出会った頃って、まだ一般家庭にはパソコンも普及してなかった時期でしょう。携帯電話だって、平野ノラが手に持って「しもしも」って言ってるくらいのサイズでしたし。

大塚 確かにね(笑)。

田中 その時点で「ネットは広大だわ」って言われても、大部分の方は「……ポカーン」という感じだったと思うんです。

──調べてみると、「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」の劇場公開が1995年11月18日。その5日後の1995年11月23日に「Microsoft Windows 95」の日本語版が発売されています。

大塚 へええ、なるほどね。電脳の中に自我が拡散していくという世界観って今でこそすごくリアリティがあるけれど、当時はまだインターネットが我々の日常生活に入ってくる前だったんですね。そういう意味では、時代がやっと追い付いてきた感じもする。

田中敦子

田中 うん。だからこそ当時は、何もかもを想像で演じるしかない難しさもありました。例えば草薙素子のキャラクターにしても、押井監督が最初にしてくださった説明は「彼女は全身を義体化したサイボーグで、生身の部分は金属のシェルに収められた脳殻だけ。脳殻年齢も定かじゃなく、おそらく40代から50代」と、それだけだったんですね。私は当時、まだ30代前半だったので……。

大塚 いろんな意味で、背伸びしなきゃいけなかったと。

田中 そうね。必死でイマジネーションを膨らませて。

バトーのどういう感情を演技の核に据えるかで悩んだ(大塚)

大塚 僕もそうだな。正直、最初に脚本を読んだときはチンプンカンプンで、なんだかよくわからなかった。

田中 本当にね。私は「攻殻機動隊」で初めて、押井監督とご一緒したんですけど。なんだろう……頭の回転スピードが早すぎて最初はなかなか話に付いていけなかったというか(笑)。

大塚 押井さん、声が小さくてちょっと聞きとりにくいしね(笑)。ただ僕の場合、いわゆる電脳的世界観については割と早い段階で「理解できなくても仕方ない」と割り切ってたかもしれない。それは監督が精魂を傾けている領域ですからね。自分はその物語の中で、バトーというキャラクターの心の動きをしっかり辿ればいいんだと。そう信じていたので、大変だったけど、迷いはなかった。

田中 それは私も同じですね。

大塚 だから設定うんぬんよりむしろ、どういう感情を演技の核に据えるかでずいぶん悩んだ記憶があります。

──具体的にはどういうことでしょう?

「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」より。

大塚 僕らの仕事って、例えば演じるキャラクターが何に怒り、何に笑い、何を悲しむ人なのかってことを自分なりに想像しつつ、脚本の空白部分を埋めていったりするんですね。あとは誰に対して好意を抱き、誰を信頼してないかという関係性とか……。そういう細かい積み重ねが、声のトーンを作っていくと思うんです。それでいうとバトーの場合、仲間である素子に対して、心の底でどういう感情を持っているのかという部分が、どうしても避けて通れない。

田中 うん。

大塚 好意を抱いているのは間違いない。でも、それを真正面から見せることができない。一体なぜだろう。おそらくバトーは過去に何か、自分の感情をストレートに表現できなくなる経験をしてきたんじゃないか、と。そうやって自分なりに演じる取っかかりを作りながら、人物像を作っていった。それは楽しい作業でした。

──そういった意味では、次のシーンも象徴的かもしれませんね。素子とバトーが、湾内に浮かべたクルーザー上で休日をすごす場面。

大塚 作品内でも屈指の、哲学的やり取りですね(笑)。バトーの心情としては、素子に対してもう一歩踏み込んで何か言いたいんだけど、どうしてもその一言が出てこないという。

大塚明夫と田中敦子。

田中 (ウェットスーツを着た素子が、海中からゆっくり浮上してくる描写を目にしつつ)ああ、このシーン! すごく鮮烈に覚えています。アフレコをしながら「え? アニメでもこんなにリアルに水が表現できるんだ」ってびっくりしたんですよ。

大塚 光のゆらぎ具合とか、体が浮かぶにつれて水面がゆっくりと近付いてくる感じとかね。実際に耳のすぐ横で、水がちゃぷちゃぷ音をたててるみたいな(笑)。こういう表現って、「攻殻」以前のアニメーションにはほとんどなかったから。

田中 4Kリマスター版だとグラデーション(色の移り変わり)も自然で、色合いもぐっと美しく見えますね。そういえば「攻殻」の収録でよかったのは、ほぼ絵ができあがった段階で声入れできたんです。昨今のアニメーションの現場って、線画やコンテ画の段階で声をあてなきゃいけないケースが多いんだけど。このときは背景の色調とか遠近感も含めてかなり完成版に近かった。そこは演技しやすかったと思います。

大塚 バケツを被って演技したのも、ここじゃなかったっけ?

田中 あははは(笑)。そうそう、私だけ別録りで。

俺、なんだか涙が出てきちゃったんだ(大塚)

──田中さんがバケツを!? どういうことでしょう?

田中 さっきの船上のシーンで、突然どこからともなく「今我ら、鏡もて見るごとく、見るところ朧なり」って、くぐもった声がする描写があったでしょう。

──はい。押井監督ご自身の解説によれば、あれは物語の鍵を握る凄腕ハッカー“人形使い”が2人の頭に侵入し、脳内に声を響かせたということでしたが。

田中 はい。あのセリフは私がしゃべったんですが、実はあそこだけ別録りなんですね。みんなと一緒にスタジオ入りした日にも一応収録はしたんですけど、監督的にどうしても納得いかなかったということで。後日、私だけスタジオに入り、ゴミ用の大きなポリバケツに頭を突っ込みまして(笑)。

大塚 はははは(笑)。朝、カラスが狙ってるやつね。

田中 バケツに頭を入れただけじゃなく、その内側で、パイプみたいなものに向かってセリフを言うんですね。そこから出た声をさらに瓶(かめ)の中で反響させて。最終的にはその音をマイクで拾うという(笑)。

大塚 まあたしかに、ネット上の“意識体”から響いてくる声なんて現実には存在しないわけで。それをどういうふうに表現するかって、みんな楽しみながら試行錯誤したってことですよね。後でその話を聞いて「すげえことやってたんだなあ」って感心しました。

──草薙素子の人物像については何を意識されましたか? 先ほど大塚さんは「バトーは素子に好意を抱いているが、それを表に出せない。そこが演技の核となった」とおっしゃっていましたが。

田中敦子

田中 そうだなあ……確かに「攻殻」って、多くのセリフが哲学的だったり観念的だったりするけれど、最初に監督がしてくださった説明はシンプルだったんですね。監督いわく「これは素子とバトーと“人形使い”の三角関係の映画なんだよ」って。

大塚 あはは(笑)、うん、そうだよね。

田中 その言葉が、常に自分の中にあったので。個々のシーンで悩むことはあっても、軸が揺らぐことはなかった気がします。で、最終的に素子はバトーじゃなく“人形使い”を選ぶんだなと。私自身はそういうお話だと思って演じていました。

──田中さんご本人から伺うと、あらためて切ない話ですね。

大塚 でも、バトーはいつもそうなんだよ。どうしたって愛を成就できない星回りに生まれついてる。これが「ベルサイユのばら」のオスカルとアンドレなら、革命前にひと晩だけ思いを遂げられたりするわけじゃない? 奴の場合はそれすらない。

田中 優しいんですよ。大塚さんと一緒で(笑)。

大塚 この9年後に続編の「イノセンス」があったでしょう。そのクライマックスで、素子が敵の制御システムをハックしている間、バトーが残り少ない弾丸で戦うシーンがあるんですね。「白兵戦になったら保証できないぞ」とか言いながら。その場面を見ながら、俺、なんだか涙が出てきちゃったんだ。

田中 へええ、どうして?

大塚 幸せで(笑)。

大塚明夫

──バトーにしてみれば、自分の義体と脳殻を危険にさらしても、素子との一体感を感じられる貴重な瞬間だったと。

大塚 そう! その通りなんです。やっぱりカッコいいでしょう、素子って。もちろん声の印象も大きいんですけど、誰にも頼らず自分の足で立ってる感じがあって。だからこそ男は、命懸けで応援したくなる。なんだろう……王様に仕えるのはご免だけど、女王のためならこの身を投げ出してもいい、みたいな? 男は結構、そういう部分を持ってたりするじゃないですか。

田中 そうなの?

大塚 それがバトーという男なんだよ!

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