コミックナタリー15周年企画 この15年に完結したマンガ総選挙

コミックナタリーの15周年記念企画として展開された「この15年に完結したマンガ総選挙」は、【2008年7月1日~2023年6月30日の期間内に連載が完結したマンガ作品】を対象にしたユーザー参加型のマンガ賞。ユーザーの投票数が多かった15作品をノミネート作品として選定し、その後、本投票により大賞作品を決定するもので、大賞には野田サトルの「ゴールデンカムイ」が選ばれた。

コミックナタリーではこれを記念し、野田のインタビューを実施。8年間にわたって週刊ヤングジャンプ(集英社)で連載した「ゴールデンカムイ」に対する思いや、「この15年に完結したマンガ総選挙」の大賞受賞についての感想、また最新作「ドッグスレッド」に対する意気込みなどを語ってもらった。

取材・文 / 佐藤希

「ゴールデンカムイ」は
自分が正しかったことを証明してくれた

──まず始めに、「ゴールデンカムイ」が「この15年に完結したマンガ総選挙」の第1位となりました。おめでとうございます!

ありがとうございます。

──他媒体のインタビュー記事ですが、以前「このマンガがすごい! 2016」オトコ編2位ランクインを「負けの2位」と表現して悔しがっておられました。今回は堂々の1位獲得です。

「負けの2位」……。まさに、その通りです。大谷翔平選手がアメリカンリーグのMVPを獲りましたが、ほかの候補選手を皆さんご存じでしょうか? そういうことです。

──2016年当時と同じ恨み節ですね……。

「このマンガがすごい! 2016」については今でも恨んでいます。今回それを思い出させられて、また腹が立ってきました。7年も前ですが、僕は執念深いので当時と同じ温度で怒ることができます。

──「この15年に完結したマンガ総選挙」はファン投票という形で決定しました。投票してくれたファンの方へのメッセージをお聞かせください。

本当にありがたい。僕が思っている以上に「ゴールデンカムイ」が愛されていたことがわかって、改めて幸せです。終わりよければすべてよし、とはよく言ったもので、最終回が多くの方に支持されたのが勝因だと思いますので、うれしいですね。あとはやっぱり週刊連載というのも考慮していただけたんじゃないかと思っています。

最終話が掲載された、週刊ヤングジャンプ2022年22・23合併号。

最終話が掲載された、週刊ヤングジャンプ2022年22・23合併号。

──と言いますと?

週刊連載というのは、格闘技で言いますところのヘビー級だと思いますので、月刊作品には負けたくないという気持ちがずっとありました。面白い作品はたくさんあります。ですが個人的には、週刊連載なのに、逆に週刊連載だから面白い作品こそ「すごいマンガ」だと思います。今の僕はほとんど隔週に近いので、“階級”は落としていることになるんですけど。「ゴールデンカムイ」はよく週刊で描けたなと今でも信じられないですね。

──8年間の長期連載となった「ゴールデンカムイ」ですが、野田先生にとってどういう存在の作品となりましたか?

マンガ家になるために人生をかけて北海道から上京してきて、それが正しかったことを「ゴールデンカムイ」は証明してくれた。挑戦すること、諦めないことの大切さを自分の人生で気づかせてくれた作品です。地元の連中は何年も芽が出ない僕を笑っていたと思います。20年も前ですが、また同じ温度で腹が立ってきました。

「ゴールデンカムイ」1巻、第1話の扉ページ。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」1巻、第1話の扉ページ。©野田サトル/集英社

──一旦収めていただけると……。

はい。それに「ゴールデンカムイ」は一番元気な年齢で描くことができた、非常に幸運な作品です。やっぱり1人の作家の人生において、いい仕事ができるピークは30代から40代までだと思うのです。前作の「スピナマラダ!」が終わったとき、次に描くテーマはいろんな候補がありましたけど、このような作品に出会えて本当に幸運だったと思います。

“不死身の杉元”は最後に死ぬ、という選択肢もあった

──マンガを連載という形式で、しかも長期間描き続けるとなると、開始から完結まで作家の思い通りに話を進めるのが難しいのではと思うことがあるのですが、「ゴールデンカムイ」は野田先生の想定通りに進められたのでしょうか?

「長い綱渡りを、全力で走って、かつ奇跡的になんとか落ちずに渡ってこられた」という例えを連載の終盤に担当編集の大熊(八甲)さんに話していたと思います。つながるかわからないけど思い切って描いて、それがうまくつながることもたまにありましたので。

──なるほど。連載中にうれしかったことはなんでしょうか?

たくさんのお手紙をいただいたことがうれしかったです。あと、バレンタインとか。(ファンレターが)大きな段ボール何個分にもなりまして、アイドルになった気分でした。お手紙は今でももらいます。

──自分たちの声援が野田先生の力になっていることがわかって、ファンも喜ぶと思います。

あとは歴史の長い権威ある賞がたくさん獲れたこと。マンガ大賞を始め、手塚治虫文化賞のマンガ大賞、日本漫画家協会賞など、とにかくたくさんいただきました。「ゴールデンカムイ」より売れた作品は山ほどあるけど、「ゴールデンカムイ」より賞をいただいた作品は、あまりないんじゃないでしょうか。いずれもきちんと内容が評価されたことがうれしいです。もちろんこのコミックナタリーさんの賞も。15年に一度の賞なわけですよね? お知らせを受けたときは「まだ獲るかねえって感じですね」と大熊さんと喜び合いました。

──投票したファンもきっと報われます。執筆にあたっては野田先生が膨大な資料を集め、取材も入念かつ相当な回数行われていたと思うのですが、「ゴールデンカムイ」関連の取材の中で一番印象的だったエピソードを教えてください。

やっぱり樺太での取材でしょうか。寝台列車で北のほうまで行ったのですが、うなされて叫んで起きた夜もありました。列車の中は個室の4人部屋になっていて、車内は禁酒で警備員だったか警察だったか見回りに来るんです。酒が見つかると次の駅で降ろされる。無人駅だろうがなんだろうが。実際、夜中に真冬の駅でパンツ1枚で降ろされていた男がいました。

「ゴールデンカムイ」17巻、第166話より。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」17巻、第166話より。©野田サトル/集英社

──問答無用ですね。

でもコーディネーターの方が、アル中なのか酒ビンを持ち込んで飲んでいたのでそれが怖かった。日本語ペラペラのロシア人の男性なんですが「おそロシア」とか言っていて、やかましいわって。

──(笑)。そんな取材の数々を経て描かれた物語の中で、野田先生ご自身が「これを描けてよかった」と思えたシーン、エピソードはどこですか?

金塊を見つけたときのアシㇼパの顔ですかね。連載の初期から「金塊は見つかる」というゴールを見据えて描いてきたので。アシㇼパは金塊を見つけたとき、決して“喜び”ではない顔をするのだろうなと、ずっと考えていて、いざそのときになって自分が思い描いていた通りの表情が描けました。やっとここまで来られたという感慨深いものがありました。

「ゴールデンカムイ」29巻、第287話より。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」29巻、第287話より。©野田サトル/集英社

──確かにあのときアシㇼパが浮かべていた、1つの感情で説明できない表情は印象深かったです。物語の最終盤はショッキングな展開も相次ぎ、読者が翻弄されていた記憶でした。先生ご自身は、どのようなお気持ちで執筆されていのか気になります。

今だから言えるのですけど、当初“不死身の杉元”は最後に死ぬ、という選択肢もあったんです。ですが1人の成熟したオッサンとしては、まっとうな最終回を杉元とアシㇼパに迎えさせたいという感情がありました。作品を通して丁寧に積み上げてきた、杉元とアシㇼパの求めた幸せが最終回で描けてよかったと思います。

初登場で一目惚れした彼「あれ……なんかカワイイな……」

──ここからはもう少し細かいお話を伺えましたら。「ゴールデンカムイ」登場キャラクターは、眉毛の描写などがそれぞれユニークですよね。男性陣の豊かな筋肉美に目を奪われがちですが、先生はキャラクターデザインをするうえでどういうことを心がけていらっしゃいますか。

見分けが付きやすいように個性的に描こうとすると、不細工になります。描くのも楽なのでそれに逃げがちになってしまいますが、キャラ人気は出ませんから。だから、個性的でかつカッコよく見えるというのが理想ですね。

──ちなみに「スピナマラダ!」から二瓶やセンター分けのようなハチワレの猫が「ゴールデンカムイ」に登場する、といったように複数のキャラクターがタイトルをまたいで登場していますが、野田先生のお気に入りだったということでしょうか。

二瓶は「ゴールデンカムイ」を描き始める1つの要素となった小説「銀狼王」の主人公の名字だったので、運命的なものを感じて「ゴールデンカムイ」にも出したというのが正確ないきさつですね。もちろん気に入っていましたし、それをあっさり退場させたことが、現在のこの作品の評価につながったのは間違いないです。

「ゴールデンカムイ」3巻、第22話より二瓶鉄造。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」3巻、第22話より二瓶鉄造。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」8巻、第72話より。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」8巻、第72話より。©野田サトル/集英社

──あるキャラクターが複数の作品でさまざまな立場を担う、いわゆるスターシステムというわけではない?

スターシステム的なものは特に意識してないですね。なんとなく「こういうキャラはこういう顔しているだろうな」というのがあって。王子様キャラはこういう顔、不平不満をぼやいてるキャラはこんな顔みたいな。映画や舞台だって、そのキャラクターにふさわしい外見の役者を当てるわけでしょう? 「ドッグスレッド」でも似た顔のキャラクターが出てきていますけど、キャラクターを詰めていくとなんとなく、こういう顔があっているなと判断したまでです。

──なるほど、ご説明いただきましてありがとうございます。話は変わりますが、「ゴールデンカムイ」は随所に挟まれるギャグシーンも読者に喜ばれました。金塊をめぐる壮大な物語の中で、いい意味で肩の力を抜いてくれる要素でしたが、ご自身のギャグ描写について、影響を受けたものはありますか?

マンガより海外の映画とかのほうが影響が大きいと思います。洋画の笑いはツッコミがほとんどないですから。ツッコミ過ぎるギャグマンガとかは好みじゃなくて、ボケの絵を見た瞬間に笑わせるギャグが好きで。二階堂に関する笑えるシーンはみんなけっこう気に入っています。あとは姉畑先生の死に立ち会ったアシㇼパの「鮭みたいな奴だったな」というセリフがお気に入りですね。

「ゴールデンカムイ」12巻、第113話より。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」12巻、第113話より。©野田サトル/集英社

──姉畑が起こした事件では、谷垣が不名誉な疑惑を掛けられていましたね。そんなふうに、作中でちょっと困った立場に置かれがちな谷垣ですが、野田先生は長年随所で彼への愛情を目いっぱいに表現されています。谷垣への思いを自覚したのはいつ頃、どういう場面だったのでしょうか?

彼は初登場のときから「あれ……なんかカワイイな……」と思っていました。もみあげをくりくり描いていて「あらカワイイじゃない」なんて思って。「カワイイのが描けたな……」なんて。マタギだと自己紹介したときには「こんなズルい設定、主人公より人気が出てしまうかしら……」と焦ったりしましたね。

「ゴールデンカムイ」2巻、第8話より手前が谷垣源次郎。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」2巻、第8話より手前が谷垣源次郎。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」12巻、第115話より。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」12巻、第115話より。©野田サトル/集英社

──ほぼ一目惚れですね。

ちなみに「ゴールデンカムイ展」では鳥のカムイに扮した谷垣のパネルが天井から吊るされていたんですが、展覧会が終わったらそのパネルをもらう約束をしています。ベッドの上に飾ろうかしら。

「ゴールデンカムイ展」で展示されている谷垣のパネル。

「ゴールデンカムイ展」で展示されている谷垣のパネル。

担当編集との関係は「暴れ馬と武豊」

──「ゴールデンカムイ」を語るうえでは担当編集・大熊八甲さんの存在も欠かせないかと思います。「スピナマラダ!」発表時からの長い付き合いで、「ゴールデンカムイ」執筆において心強い併走者であった大熊さんですが、野田先生にとってはどういう存在ですか?

「僕がめちゃくちゃ早い暴れ馬で、大熊さんは武豊」という例えをして笑ったことがありまして、僕と大熊さんの関係を端的に例えた言葉だと思います。本当に出会えたことがありがたい存在です。自分1人の能力では絶対にここまで来るのは不可能でした。もちろんこの作品は多くの方たちのご協力のおかげで描かせていただけたので、皆さんの代表として賞を受け取っているという気持ちでいます。

「ゴールデンカムイ」3巻の巻末イラスト。©野田サトル/集英社

「ゴールデンカムイ」3巻の巻末イラスト。©野田サトル/集英社

──そんな大熊さんとは3度目のタッグを組み、「スピナマラダ!」を元にした「ドッグスレッド」を現在連載中です。ご自身が20代に描いた物語を改めて描かれていますが、マンガ家として「ゴールデンカムイ」と歩んだ期間で成長した、強みを得たと感じたポイントはありますか?

テンポの速さとかは圧倒的にうまくなったと感じています。余計なコマを削ぎ落す能力とか。コマ単位、1ページ単位、1話単位での完成度も「スピナマラダ!」に比べてはるかに成長していると感じていますね。あとは読者を置いていかないように親切に伝えようとする配慮など。この吹き出しは誰のセリフなのかとか、キャラの動きとかも勢いでごまかさず、読者さんに伝わるようにいろいろ気を使っています。

「ドッグスレッド」第1話の扉ページ。©野田サトル/集英社

「ドッグスレッド」第1話の扉ページ。©野田サトル/集英社

──「ドッグスレッド」連載開始時には「スピナマラダ!」も期間限定で公開されていたので、比較して読んだ人もいそうです。新たな連載に挑まれている最中ですが、作品を描き続けるために一番大事なことはなんでしょう。

タフであること。精神的にも肉体的にも。そして鉄の精神を備えていること、雲の上にいる菩薩のような気持ちでいることが大事ですね。

──その精神力も野田先生の8年間を支えてきたんですね。それでは最後に、野田先生がもし「この15年に完結したマンガ作品」を選ぶとしたら、どんな作品を選ぶか教えてください。

特に思いつきませんね。正直、ほかの作品を読む暇がなくて。それに作家というのは「世の中に自分が読んで面白い作品がないから自分が描くんだ」ってつもりで描いているんだと思います。なので、やっぱり僕は「ゴールデンカムイ」しかないと思いますし。

──なるほど……!

それがあながち間違っていないことは今回、投票で証明されたわけですからね。大満足です。マンガ家になれたことも幸せなのに、このように大勢の方から愛される作品を描けて本当に幸せです。ありがとうございました。

プロフィール

野田サトル(ノダサトル)

北海道北広島市出身。2003年に別冊ヤングマガジン(講談社)に掲載された読み切り「恭子さんの凶という今日」でデビュー。2011年から2012年にかけて週刊ヤングジャンプ(集英社)で「スピナマラダ!」を連載したのち、2014年より同誌で「ゴールデンカムイ」を連載開始する。コミックナタリー大賞2015第2位、このマンガがすごい!2016オトコ編第2位、マンガ大賞2016大賞、第2回北海道ゆかりの本大賞コミック部門大賞、第22回手塚治虫文化賞マンガ大賞、第51回日本漫画家協会賞コミック部門の大賞、令和四年度芸術選奨文部科学大臣新人賞などさまざまな賞を獲得しており、2019年にイギリス・ロンドンの大英博物館で行われた「The Citi exhibition Manga」のキービジュアルにも採用された。2022年4月に完結し、全31巻が発売中。TVアニメは第4期まで放送、最終章製作も決定した。2024年1月19日には実写映画が公開される。現在は週刊ヤングジャンプにて「ドッグスレッド」を連載中。


2024年3月25日更新