技来静也「拳闘暗黒伝/拳奴死闘伝セスタス」がTVアニメ化。「セスタス -The Roman Fighter-(ザ・ローマン・ファイター)」としてフジテレビ「+Ultra」ほかにて現在放送中で、FODでも配信されている。1997年から20年以上も連載が続いているこの作品が、2021年の今アニメ化されたことはファンの間で大きな話題となった。
川瀬敏文総監督、バンダイナムコピクチャーズのプロデューサー・峯岸功氏、同事業部ゼネラルマネージャーの樋口弘光氏、同事業部の大友佑樹氏、白泉社の「セスタス」担当編集者・村松友貴氏というアニメ制作に関わる5人を取材する機会を得たコミックナタリーは、1つの疑問を彼らにぶつけることにした。「なぜ今『セスタス』だったのか?」。そこには、原作マンガに対する熱い思いがあった。
取材・文 / 島田一志 撮影 / 稲垣謙一
拳奴──すなわち「奴隷にして拳闘士」という、過酷な運命を背負わされた少年の名はセスタス。小柄な体に優しい心と、闘いの才能に恵まれない身に生まれようとも、勝ち続けなければ明日は得られない。これは、若き皇帝・ネロが即位したばかりのローマ帝国を舞台に、拳ひとつで「自由」を勝ち取ろうとする少年の成長の物語。
川瀬敏文(総監督)
峯岸功(プロデューサー)
樋口弘光(バンダイナムコピクチャーズ事業部ゼネラルマネージャー)
大友佑樹(バンダイナムコピクチャーズ事業部事業課)
村松友貴(原作担当編集者)
「なぜ今?」ではなく、むしろ「今しかない」
──技来静也先生による原作マンガ「セスタス」シリーズは20年以上も連載が続いているロングセラータイトルです。この作品を2021年の今アニメ化しようと思ったきっかけから、お聞かせいただけますか?
樋口弘光 弊社では定期的に新しいコンテンツを生み出すための会議を行っているのですが、そもそもの発端としては、いま私の隣に座っている大友から上がってきた企画がもとになっています。純粋に自分の好きなマンガをアニメにしたいという熱のこもった企画書でしたが、実際に原作を読んでみたらこれが確かに面白い。こんなすごい作品が20年以上もアニメになっていなかったのかという驚きもありましたね。ちょうど別作品でご一緒させていただいているフジテレビさんに企画の話をしてみたら、先方でも興味を持っていただけまして。
──大友さんは、連載開始時から「セスタス」シリーズを読まれていたのですか。
大友佑樹 いえ、実はそういうわけではないんです。高校生の頃に、エムデン(ポンペイ最強を誇る拳奴)との試合の前後を読んだのが最初になります。当時、ヤングアニマル(白泉社)を購読してはいたのですが、正直に言えば「セスタス」ではなく「ふたりエッチ」(克・亜樹)目当てで買っていました(笑)。で、そのついでに読んでいたはずの「セスタス」に気がついたらハマっていたという。
──ついでのつもりで読んでいたはずが、気がつけば夢中に(笑)。「セスタス」に惹かれたのは、どういった部分で。
大友 主人公のセスタスにももちろん感情移入して読んでいますが、対戦相手の生き様にも惹かれます。彼らの生い立ちも丁寧に描かれていますし、それぞれの戦うスタイルも違う。そういう描写の1つひとつに、技来先生の「人間」に対する温かい眼差しを感じますね。いずれにしても「セスタス」は、この仕事についたからにはいつか企画を手がけたいとずっと思っていた作品の1つなので、今回のアニメ化は感無量だと言うほかありません。
峯岸功 確かに「なぜ今?」と疑問に思っている方も少なくないかもしれませんが、個人的には、むしろ今だからこそ。長く連載が続いていて、いまだに人気が衰えていないということは、普遍的な存在になっているということですよね。浮き沈みの激しいマンガの世界で20年以上多くのファンから支えられているというのは、並大抵のことではありませんし。
──なるほど。20年以上も続いてる作品だからこその信頼感がアニメ化につながったと。
峯岸 その一方で、誤解を恐れずに言わせてもらえば、現時点では知る人ぞ知る人気作ではあるものの「超メジャーな作品」というわけでもない。それをプロデューサーとして、もっと広く世に知らしめたいという気持ちもあります。主人公のセスタスが拳1つで自分の道を切り開いていく姿は、コロナ禍をはじめとしたさまざまな不安に覆われた世界で、生き抜いていくためのヒントを与えてくれるような気もするじゃないですか。若い方たちの多くは、「今」という時代に閉塞感を感じていると思いますし、「それでも、やるんだ!」という主人公の気持ちに共感してほしいですね。
生き抜くため努力する少年「これはやりがいがある作品だぞ」
──原作の担当編集者である白泉社の村松さんは、今回のアニメ化についてどういう印象をお持ちですか。
村松友貴 こちらから仕掛けた企画ではありませんでしたから、編集部としては、突然いただいたうれしいお話という感じで受け止めています。峯岸さんがおっしゃったことの繰り返しになりますが、担当編集者としても長い間雑誌を支えてくださっているこのロングセラーを、もっともっと多くの方に知ってもらえる機会になればといいなと思っています。
──アニメ化について、原作者の技来先生ご本人はどのような反応をされていましたか?
村松 技来先生は、ご自身が作ったキャラクターが動いていることに何よりも感動されていましたね。アニメのバトルシーンのアドバイザーとして、第38代OPBF東洋太平洋ウェルター級王者の亀海喜寛さんを推薦してくださったのも技来先生でした。
──川瀬監督はもともと原作を読んでいましたか?
川瀬敏文 読んでいませんでした、ごめんなさい(笑)。でも、今回のお話をいただいた後すぐに出ている分を全巻読ませていただいて、久々に「戦う男の世界」というのかな、そういう骨太なマンガを読めて楽しかったですよ。ロボットアニメは別にして、これまで、負けたらそれがそのまま死につながるというような世界に生きる少年はあまり描いてきませんでしたから、「逆にこれはやりがいがあるぞ」と。
峯岸 監督の人選については、限られた話数で長い原作をまとめなくてはならず、加えてどの部分にスポットを当てるのかとか、キャラクターの内面のどこを膨らませるのかとか構成力が必要になりますから。迷わず川瀬監督にお願いしたんです。
川瀬 世界観自体は、原作者の技来さんが作ったものを基本的には踏襲したいと考えました。その中でどういうふうに自分なりの味を付け加えていくかといえば、バトルの描写自体ももちろん大事ですけど、過酷な状況下で追いつめられて、生き抜くために努力する少年の姿を丁寧に描きたいと思っています。私は通常、原作ものをやる場合は自分が一番良いと思う部分を強調して作るのですが、今回の場合はそこが肝になるような気がします。
──樋口さんは「銀魂」シリーズのプロデューサーとしてもよく知られている方ですが、人気のマンガをアニメ化するプレッシャーみたいなものはありますか。
樋口 もともと原作の存在がかなり認知されていた「銀魂」と違って、「セスタス」はむしろこれから多くの人に知ってほしいという作品なので、一概に比較はできないかもしれませんが、プレッシャーがあるかないかで言えば、やはりありますね(笑)。でも、先ほど峯岸が言ったように、あまりまだ知られていない作品を広く知らしめる作業というのは、最もやりがいがある仕事の1つ。逆境を乗り越えていく主人公のドラマというものは、みんな好きじゃないですか。
──マンガとして王道ですね。
樋口 ちなみに今回の企画では、プロデュースはあくまでも峯岸で、私は後方支援に徹しています。ですので、プロデューサーのように意気込みを語る立場ではないかもしれないのですが、コロナだのなんだのでみんなが疲弊している中、「セスタス」のアニメを観たり原作を読んだりして、立ち上がるための原動力にしてほしいとは思っています。
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実写の撮影に近いモーションキャプチャーでの演出