TVアニメ「キャロル&チューズデイ」 総監督・渡辺信一郎インタビュー|世界中の仲間とともに作り上げた “奇跡の7分間”

4月から10月まで、2クールにわたり放送されたTVアニメ「キャロル&チューズデイ」。その前半クール12話を収めたBlu-ray / DVD BOXの第1巻が、10月30日に発売された。「カウボーイビバップ」や「サムライチャンプルー」「スペース☆ダンディ」などを筆頭に、アニメ表現の中で音楽が果たす役割についてもこだわってきた渡辺信一郎監督が、初めてオリジナル作品において「音楽そのもの」を題材にしたことでも話題を集めた本作。コミックナタリーで展開してきた特集の第3回ではその集大成として渡辺総監督自身に、作品に込めた思いや制作背景をインタビューした。生い立ちも性格も異なる2人の17歳の少女、キャロルとチューズデイの物語は、どんなふうに生まれたものだったのか。総監督本人の言葉で、その過程を語ってもらった。

取材・文 / 杉山仁

“2人”であることの重要性

──「キャロル&チューズデイ」のもとになる「音楽をテーマにしたアニメを作ろう」という企画自体は、5、6年前からあったものだったそうですね。

そもそもの発端は、「マクロスプラス」の頃からもう25年ぐらい世話になってるフライングドッグの佐々木(史郎)さんなんです。この人が、知らない間に親会社のビクターエンタテインメントの取締役になってて(笑)、佐々木さんも音楽好きで、レコード会社からアニメの世界に入ってきた人なんで、定年になっても心残りのないように音楽ものアニメの決定版を作りたい、音楽予算もドンと出すからお前が監督しろ、との指令があったのが5、6年前ですかね。まあそういう、最終回前のキャロチュー並みのプレッシャーをかけられてです(笑)。以下長くなるんで省略しますが、紆余曲折を経てこの作品になりました。

──渡辺監督が音楽を作品の要素として取り入れるのではなく、「音楽そのもの」をオリジナル作品で描くのは、「キャロル&チューズデイ」が初めての試みでしたね。

自分も音楽マニアなんでいつか音楽の話をやりたいとは思ってたけど、一番のハードルだったのは、音楽にそんなに興味がない人が観ても面白い作品にできるかどうかということ。でも、ミュージシャンとか音楽関係者の伝記とかに出てくる、本当にあったエピソードってすごく面白いんですよね。例えば、ビーチ・ボーイズとカーペンターズという、最も明るくて優等生的に思われてるミュージシャンが一番心の闇を抱えてたりとか。「こういう面白さをアニメ作品として作れないかな」とは思ってました。あとは、音楽ものをやるんなら、最初に「何かを作りたい!」と思うときの気持ち、つまり初期衝動を描きたいというのもありました。音楽に限らずですけど、そういう初期衝動というのはポジティブなパワーに溢れてて素晴らしいものなんじゃないかと。でも例えば、我々アニメを作ってる人間も最初は「面白いアニメを作りたい」とか「いい絵を描きたい」とか思ってたはずが、だんだんそういうことを忘れてしまって、不平不満ばかりというふうになりがちだけど(笑)、そういう最初の気持ちをいつも思い出していくべきじゃないかと。そういう話も含めてやりたかった。自戒を込めてね。それで、最終的には1人の孤高の天才の話じゃなくて、1人ではできなかったものをキャロルとチューズデイの2人ならできる、という話になりました。

──実際に作品を観させていただいても、主人公が「2人」だということは、「キャロル&チューズデイ」の物語にとって非常に大きなことだったと感じました。

そうですね。「2人」というのは要するに自分だけじゃない、他者と一緒にものを作るということであって、そこはこの作品のテーマのひとつでもあります。どっちかというと自分の過去作では孤高な主人公が多くて、そのほうが描きやすいんですけど、今回はそうじゃないものに挑戦したいなと。共同で何かを作るっていうのは、軋轢も生まれるし大変なんだけど、マジックが起きることもあって、1人での創作以上にリスキーかつ魅力的なものだし、実はアニメ制作にも似てて、ある意味これは自分たちアニメ制作者自身の話でもあるんです。

「シンプルだけれどもセンスがいい」のが一番難しい

──キャロル役とチューズデイ役には、島袋美由利さんと市ノ瀬加那さんという、フレッシュな若手の方々が起用されました。2クールを通じて、おふたりの演技はどのように変化されましたか?

今回の主役2人は最初から、「作品と一緒に成長してくれる人」がいいなと思ってました。オーディションの結果、これから世の中に知られていくだろうというポテンシャルを感じる2人に決めた。島袋さんは芝居が、自分の想定してた演技のニュアンスに一番近かった。市ノ瀬さんは声に存在感があってフックがあった。それで決めたんだけど、最初は2人ともテンパり気味で(笑)。でも第1クールを通じて成長してきて、12話のときにはそれを強く感じましたね。

──火星のオーディション番組「マーズ・ブライテスト」の決勝を描いた回ですね。

第12話より。前半クールの集大成となった「マーズ・ブライテスト」決勝戦。

チューズデイの部屋でのモノローグと、ハンバーガー屋でのガスとキャロルの会話、これらのシーンで、2人の芝居がとてもいいなと思ったんです。「いつの間にか成長してやがる」って感じで(笑)。

──監督の堀元宣さんも、初監督でフレッシュな人選ですね。

前から目はつけてたんですけど、仕事するのは今回が初めてで。共同監督になるんで、協調性のある人がいいなと。服装とかもこだわっててセンスがいいし、あと現場を見てもらうのに人望がある人ということでオファーしました。おおまかに言って脚本とか絵コンテとかまでは自分のほうが中心でチェックして、それ以降の絵作りは堀くん中心に進める形の役割分担をしてます。まあ大変な現場作業はなるべく堀くんにやってもらって楽する予定だったんですが(笑)、そんなことは土台無理な計画だった(笑)。

──窪之内英策さんも、TVアニメのキャラクター原案を手がけたのは初めてですね。

オファーした段階ではあの絵のアニメ化自体がまだされてなかったんだけど、そのうち某カップラーメンに先を越されてしまって(笑)。あれさえなければもっとフレッシュだったんですが(笑)。あと、オープニングのコンセプトアートをやってもらった上杉忠弘さんも、日本のアニメに参加するのが初めてだったんですよね。上杉さんに関しては堀くんから、「オープニングをこういう雰囲気にしては」という推薦があって。ピクサーとかディズニーとかのコンセプトアートをやってる人だから、サンフランシスコとかL.A.とかに住んでる雲の上の人なんじゃないかと思ってたんだけど、連絡してみたら意外と近所に住んでて、気さくな人だったんで図々しくお願いしてみました。

──キャラクターデザインの斎藤恒徳さんに関しては?

斎藤くんは、ベテランだけどすごく寡作なんで、ある意味フレッシュかも(笑)。彼は「カウボーイビバップ」の頃から知ってて、絵に引きというか魅力があってずっと前からいいなと思ってたんで、今回満を持してやってもらうことにしました。あとは世界観デザインを担当してくれたフランス人コンビ、ロマン・トマさんとブリュネ・スタニスラスさんの貢献が大きかったですね。ロマンさんには「スペース☆ダンディ」でメカを描いてもらったことはあるけど、ここまで全面的に美術設定をやってもらったのは初めてで。日本人デザイナーだと、どうしてもディテールを作り込んでいく方向に行きがちだと思うんだけど、彼らのデザインはシンプルかつシルエットラインが魅力的で、センスがいい。それが「キャロチュー」という作品にとても合ってたと思うし、作品自体のカラーを形作ったと思います。こういう「シンプルだけれどもセンスがいい」のが一番難しいんですよね。

幻の“音楽で幽霊退治する回”

──そして「キャロル&チューズデイ」では、毎週のように新しいキャラクターが登場して、世界中のミュージシャンからの提供曲が披露されるというのも、大きな見どころの1つでした。劇中で使われた楽曲の中で、監督が特に印象深かったものはありますか?

やっぱり最初の曲が上がってくるまでは心配もあったけど、最初にベニー・シングスさんとジェン・ウッドさんの曲が上がって来て、とてもしっくり来た。「これはキャロル&チューズデイが歌いそうだな」と。その後に参加したコンポーザーたちにも参考楽曲として渡してたんで、キャロル&チューズデイの楽曲はこの2人の曲が基準になったと思います。ベニーさんはちょっと職人気質で、オファーに対してちゃんと応えたい、こちらが満足のいくものを作りたい、っていうのが伝わってきましたね。

ジェン・ウッドさんは、「キャラクターが17歳だから、17歳のときの気持ちに戻って詞を書いた」と言ってて、その詞がシンプルかつセンシティブな感じでよかった。特に「Lost My Way」の歌詞は、キャロル&チューズデイの歌唱を担当したナイ(・ブリックス)とセレイナ(・アン)が、レコーディングのときに感銘を受けてましたね。「The golden veil, the drops of dew The tiny leaf inside of you」という、1つひとつはつながりがなさそうな単語が連なって詩情が溢れる雰囲気は、ほかのコンポーザーにも影響を与えたんじゃないかな。

──では、アンジェラの楽曲はいかがでしょう?

やっぱり、最初に上がってきたリドさんの2曲が重要でした。「Move Mountains」と、第2クールのエンディング曲「Not Afraid」も実は最初に上がってきてたんです。それで、この2曲がアンジェラ曲のスタイルを決定づけたと思いますね。

──クリエイターの方々がバトンを渡していくような制作作業だったのですね。

そう、やっぱり最初にいい曲があると、負けじといい曲を書いてくれるし(笑)。あとは具体的に歌うシーンが決まってる場合もあるけど、細かいことは決まってない場合はキャラクターを見せて「この人たちが実在すると考えて、楽曲を提供してほしい」というオーダーをする場合もありました。それで、上がってきた曲に合わせてストーリーを作った場合もありました。

──そうだったんですか。臨機応変に対応するのは大変だったんじゃないかと思いますが……。

でもそれが共同創作ならではの面白さだし、最初の計画通りに作るより常にアドリブを活かしたいと思ってるんです。それはミュージシャンだけじゃなくて、スタッフとか役者に対してもそう。ストーリーについても、ラストは決めてたけど、そこに至るまでのシーンはあまり決めすぎないようにした。時には脱線することもあったり……。

──脱線、ですか?

例えば4話のコメディ回に関しては、プロデューサー陣もあんな内容になるとは思っていなかったらしく、愕然としてたような(笑)。実は後半にもう1本、コメディ回をやる予定だった。音楽で幽霊を退治する回を入れようと思ってたんだけど(笑)。

──おお、ぜひ観てみたいです……!

プロデューサーの猛反対でボツになりました。シリーズも佳境なのにそんなふざけた話数を入れてる場合かと(笑)。なんかそういうバカ話とかやると「この話は必要なのか」「ストーリーが停滞してる」「寄り道するな」とかいう反響が来たりするそうで。そんなねえ、寄り道して帰るからこそ楽しいし、そういう無駄こそが大事だと思うんだけど、ホントゆとりのない世の中ですよ(笑)。

「キャロル&チューズデイ」
Blu-ray Disc / DVD Vol.1
2019年10月30日発売 / FlyingDog
「キャロル&チューズデイ」Blu-ray Disc

[Blu-ray 2枚組+CD]
税込38280円 / VTZF-100

Amazon.co.jp

「キャロル&チューズデイ」DVD

[DVD 3枚組+CD]
税込32780円 / VTZF-102

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第1話~第12話収録

三方背ケース+デジパック仕様

三方背ケース:キャラクターデザイン 斎藤恒徳描き下ろしイラスト

デジパックケース:オープニングコンセプトアート 上杉忠弘描き下ろしイラスト

映像特典
  • メイキングムービー「Story of Miracle Special Edition vol.1」(収録時間:30分)
  • オープニングテーマ「Kiss Me」Music Video
  • フラッシュアニメ「きゃろる&ちゅーずでい」第1話~第4話
  • ノンクレジットオープニング / ノンクレジットエンディング
  • 各話振り返り映像(第1話~第12話)
特典CD「CAROLE & TUESDAY Supporting Tracks Vol.1」

「VOCAL COLLECTION」未収録の劇中歌唱曲の数々を多数収録

豪華特製ブックレット「CAROLE & TUESDAY ~The Loneliest Girl~」(84ページ)

収録内容

  • メインキャラ設定/美術設定
  • キャスト座談会(キャロル役:島袋美由利/チューズデイ役:市ノ瀬加那/ロディ役:入野自由/ガス役:大塚明夫)
  • 各話ストーリー解説(第1話~第12話)
  • キャストコメント(ヨシュア役:梶裕貴/ピョートル役:蒼井翔太/シベール役:佐倉綾音/マーメイド・シスターズ役:浅沼晋太郎/GGK役:久野美咲)
  • 脚本家座談会 前編(脚本:赤尾でこ、うえのきみこ、中西やすひろ、野村祐一/アニメーションプロデューサー:天野直樹/プロデューサー:西辺誠)
  • スタッフコメント(音楽:Mocky/音楽:Benny Sings/世界観デザイン:ロマン・トマ/世界観デザイン:ブリュネ・スタニラス/美術監督:河野 羚/色彩設計:垣田由紀子/オープニング コンセプトアート:上杉忠弘/オープニング コンテ・演出:Bahi JD)
  • 窪之内英策 キャラクター原案・コメント
スタッフ

原作:BONES・渡辺信一郎

総監督:渡辺信一郎

監督:堀元宣

キャラクター原案:窪之内英策

キャラクターデザイン:斎藤恒徳

メインアニメーター:伊藤嘉之、紺野直幸

世界観デザイン:ロマン・トマ、ブリュネ・スタニスラス

美術監督:河野羚

色彩設計:垣田由紀子

撮影監督:池上真崇

3DCGディレクター:三宅拓馬

編集:坂本久美子

音楽:Mocky

音響効果:倉橋静男

MIXエンジニア:薮原正史

音楽制作:フライングドッグ

アニメーション制作:ボンズ

キャスト

キャロル:島袋美由利

チューズデイ:市ノ瀬加那

ガス:大塚明夫

ロディ:入野自由

アンジェラ:上坂すみれ

タオ:神谷浩史

アーティガン:宮野真守

ダリア:堀内賢雄

ヴァレリー:宮寺智子

スペンサー:櫻井孝宏

渡辺信一郎(ワタナベシンイチロウ)
1965年生まれ、京都府出身。アニメ演出家。主な監督作品に「カウボーイビバップ」「サムライチャンプルー」「坂道のアポロン」「スペース☆ダンディ」「残響のテロル」など。大の音楽好きとしても知られ、劇場アニメ「マインドゲーム」では音楽プロデューサーを務める。

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