コミックナタリー Power Push - 「アンゴルモア 元寇合戦記」たかぎ七彦インタビュー

蒙古襲来!立ち向かうは島流しの罪人たち 幸村誠、安彦良和らも絶賛のニューカマー

教科書で習う有名な「神風」は、実は起きていなかった

──資料を読みこみ、ときには諸説ある中から要素をピックアップして、そこにまたフィクションを混ぜていくという作業は、気を使う部分も多そうですが。歴史ものを描く上で意識していることはありますか?

迅三郎と仲間たち。

やはり一番は、史実をあまり大きくは変えないということですね。ただ対馬の戦いに関しては、あまり細かい記述が残ってないので自由度は高めです。安徳天皇生存説はあくまでも伝説ですが、こういうワクワクする言い伝えは大胆に取り入れてしまおうと。蒙古がいつ来ていつ帰ったとか記録が明白なところは事実の通りです。そのバランス感が緊張感を保ってくれると思うので。

──元寇というと……蒙古の船を襲った嵐・通称「神風」が有名ですが。これについても、いろんな説があるようですね。

史実では蒙古は2度襲来しています。しかし実は1度目(現在「アンゴルモア」で描かれている対馬戦)について言えば「神風はなかった」説が強いですね。1度目は風が元軍の船を襲ったということはなく、普通に帰ったとする説が濃厚です。2度目のときは暴風が起こったとされていますが。

──たかぎ先生の描く「神風」も見てみたいですけど。1度目の侵略にはなかったのですね。

とりあえず対馬戦を描き切ることしか今は考えていませんので……。2度目の襲来の話が描けるかどうかは、人気次第で(笑)。

「蒙古の艦隊がガーッと押しよせてくる」見開きページ。

──今までの巻で、特に描きたかったシーンはありますか?

見開きになってるところは全部ですね。蒙古の艦隊がガーッと押し寄せてくるところとか。

──まさに絵巻っぽいところですね。

迫力を感じてもらいたいところが大きい絵になるように、ページ配分を心がけています。合戦の醍醐味を存分に味わってもらえるように。

──馬の絵にも、かなり力入ってませんか? これほどまでに馬が表情豊かに描かれているマンガも珍しいというか。

馬に乗る迅三郎を描いたカット。

馬を描くの、楽しいですよ。興奮してるときの馬の顔っておもしろいんです。実は、ちょっと前に、横浜にある「馬の博物館」から、アンゴルモアの中の馬の絵を展示させてほしいと言われたんですよ。

──えっ、「馬の博物館」から? 馬の描写に関して、これ以上ないお墨付きをもらったということになりますよね。

今年の春に開催された「歴史コミックと馬(参照:馬の博物館で「三国志」「花の慶次」などの特別展「歴史コミックと馬」)」という特別展だったんですが、3巻の表紙のイラストや、馬の出てくるシーンの複製原画を展示していただきました。

──じゃあ展示に関しては馬が主役?

こんなこともあるんですね(笑)。びっくりしたけど、とてもうれしかったです。

歴史が好きでない人にこそ読んでほしくて描いています!

──近年は「キングダム」「ヒストリエ」など、新しいエンターテイメントともいえる歴史マンガが注目を集めています。たかぎ先生も、そうした気運を意識したり新たな可能性を感じていますか?

幸村誠が帯に推薦文を寄せた1巻。

僕の場合は、歴史ものしか描けないので……描くべきしてこうなったとしか言えませんが。

──デビュー時から歴史ものにこだわっていたんですか?

大学在学中か卒業直後くらいに週刊少年サンデー(小学館)の新人賞に入選したんですが、それも江戸時代の岡っ引きを描いた歴史ものでしたね。考古学のほうに進みたい気持ちもあって、デビュー後もしばらくはマンガ家になるか進路を決めかねてました。東京に出てきてからも、発掘調査のバイトを1年くらいしていましたね。

──現代ものを描こうと思ったことはないのでしょうか。

ないことはないですが……やっぱりピンと来なくて。社会人経験がないので、たとえば会社員の日常などはとても描けそうにないし。ギリギリ描けそうなのは学生時代の話くらい。自分にとっては、会社員の悩みや密かな楽しみを想像するより、古文書を読んだり出土品を眺める中でそれに関わった人を想像するほうがやりやすい。単純に、一番興味がある分野が歴史なんですね。

安彦良和が帯に推薦文を寄せた2巻。

──史実をマンガに置き換える面白さがあるのでしょうか。

はい。僕は歴史があまり好きじゃない人にこそ、自分のマンガを読んでもらいたいと思っているんです。歴史の面白さを伝えたくて描いているので。

──歴史の知識がない人に楽しんでもらうために、何か工夫していることはありますか。

ナレーションを少なめに抑えることですかね。歴史に興味がない人には、込み入った情報はあまり重要ではないから。物語、登場人物の生活ぶりを、絵で語ることが目標です。ネーム、下描き、ペン入れと進めていく間に、ナレーションをできる限り削って……。ややこしい説明がなくてもお話が伝わるように心がけています。現状でも、まだ多いと思ってますね。

──単行本の帯には「ヴィンランド・サガ」の幸村誠先生、「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」の安彦良和先生、「天地明察」の冲方丁先生からもコメントが寄せられていて、歴史マンガ好きにも注目されていると思います。

冲方丁が帯に推薦文を寄せた3巻。

本当に光栄です! 安彦先生は歴史コミックの大先輩、特に「神武」や「ヤマトタケル」を愛読していました。幸村先生の「ヴィンランド・サガ」は、それこそ生活のディテールがすごい。11世紀の北欧という未知の世界を扱っているのに、小道具の1つひとつまで手を抜かずに描かれていて。自分もその域を目指したいですが、まだまだ及びもつかないです。冲方先生の「光圀伝」には、TVドラマのイメージとは違う、エネルギッシュな光圀像に驚かされました。

──それでは最後に、「アンゴルモア 元寇合戦記」4巻の見どころがあればお教えいただけますか。

描いていて楽しかったのは、迅三郎の回想シーンですね。主人公の、これまで語られなかったバックボーンが明かされます。なぜ彼が流人になってしまったのか、読者が疑問に思ってた部分が判明する、キーになる話です。安徳天皇の謎についてもいよいよ触れられたので……4巻は、1~3巻までの伏線を1回ちょっと回収して次に行く、という要の巻になっていると思います!

たかぎ七彦「アンゴルモア 元寇合戦記」 / KADOKAWA
1巻 / 2015年2月10日発売 / 626円
2巻 / 2015年3月10日発売 / 626円
3巻 / 2015年6月26日発売 / 626円
4巻 / 2015年10月26日発売 / 626円

中世ヨーロッパを席巻し、恐怖の大王=アンゴルモアの語源との説もあるモンゴル軍。1274年、彼らは遂に日本にやって来た! 博多への針路に浮かぶ対馬。流人である鎌倉武士・朽井迅三郎は、ここで元軍と対峙する!

最新第4巻では、13世紀の最新鋭兵器“銃”登場! 対馬軍、苦境! 山間の隘路を撤退する朽井達に、モンゴル人の若き将軍ウリヤンエデイが迫る! 見通しのきかない曲がり道を巧みに利用し、ゲリラ的な待ち伏せ攻撃を企図する対馬軍は、蒙古軍を振り切ることができるのか!?

たかぎ七彦(タカギナナヒコ)
たかぎ七彦

関西出身。大学では史学科に在籍し、専攻はメソポタミア史。大学時代に応募した作品が、小学館新人コミック大賞に入選したことからマンガ家を目指す。橋口たかし、武村勇治のアシスタントを務め、モーニング(講談社)で初の長編「なまずランプ」執筆。現在、WebコミックサービスのComicWalker(KADOKAWA)にて「アンゴルモア 元寇合戦記」を連載中。