ナタリー PowerPush - サカナクション

2010年代を貫く名盤「kikUUiki」誕生

サカナクション待望の4thアルバム「kikUUiki」がついにリリースされた。先行シングル「アルクアラウンド」を含む充実の楽曲群で、彼らはロックやダンスミュージックといった枠を超えた豊かなサウンドを提示。多くのリスナーの想像をはるかに超える高密度な世界観を見せつけてくれる。

ナタリーではこのアルバムの深淵を解き明かすべく、ロングインタビューを決行。このアルバム制作にあたって彼らの意識はどこにあったのか。混迷する音楽シーンの中でサカナクションはどこを目指しているのか。フロントマンである山口一郎(Vo,G)にじっくりと話を訊いた。

取材・文/大山卓也

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「アルクアラウンド」はサカナクションの一面でしかない

──「kikUUiki」完成おめでとうございます。このアルバムは相当な手応えがあるんじゃないですか?

そうですね。作品としての手応えもあるし、シーンに対してちゃんとアプローチできる作品を作ることができたっていう意味でも手応えを感じてます。どういうふうに受け取ってもらえるか、今はそれがすごく楽しみで。

──前作「シンシロ」のときのインタビューでは「J-POPのフィールドで自分たちがどう戦っていけばいいのかを常に意識している」という話がありましたが、今作でもその姿勢は変わらない?

ライブ写真

全く変わらないですね。シングルで出した「アルクアラウンド」っていう曲が、自分たちが思ってた以上の現実的な評価を受けたことも自信になったし。

──確かに「アルクアラウンド」は多くのリスナーに好意的に受け入れられましたが、それを踏まえて出したこのアルバムが「アルクアラウンド」的なものがたくさん入ってるアルバムかっていうとそうではないですよね。

うん、やっぱりアルバムでは「サカナクションっていうのはどんなバンドなのか」っていうところ、そこをきちっと提示しなきゃいけないと思ってたし、それがこのアルバムの大きなテーマでしたね。「アルクアラウンド」はサカナクションの一面でしかなくて、僕たちはこういうバンドなんだよっていうのをきっちり見せることで「アルクアラウンド」の聴こえ方も変わってくるというか。

2010年代はリスナーが本質を探し始めている時代

──サカナクションは「version21.1」というイベントにも参加していますし、時代やシーンの動向にすごく敏感なバンドでもあって。この作品はサカナクションにとって2010年代初のアルバムになるわけですが、そのあたり意識する部分はありますか?

それはやっぱりありますよね。シーンに対するアプローチの仕方とかっていうのは、今まで戦略として片付けられてたことだけど、それがバンドの表現として受け入れられる時代が、僕は2010年代じゃないのかなって思ってて。

──どういうことでしょう?

今はTwitterやmixiやブログで、リスナーがみんな批評家になってる時代で。今までレコード会社しか意識しなかったようなこと──「こいつら売れ線に走ったよ」とか「タイアップついたよ」っていう話題が普通にリスナーの間で話されている。で、僕はそれってものすごくいい時代だと思うんです。

──えっ、本当に? そういう状況はやりにくくないですか?

逆に僕はそっちのほうがやりやすいっていうか。健全な時代だと思いますね。やっぱりインターネットの普及っていうのがすごく大きくて。それによってアーティストの意志が見えやすくなってきて。カッコいいこと言っててもカッコつけてるのバレるし、より透明性が出てきて、それがやはり僕たちみたいなバンドにとってすごくやりやすい環境というか、うれしい状況っていうか。

──透明性が増すことによって、やりにくかったり動きにくかったりすることはない?

動きにくいってことはないですね。むしろ広がる。例えば今の時代が90年代や2000年代の初めのような状況のままずっと情報量が同じだったら、きっと僕は「アルクアラウンド」と同じような楽曲を揃えてアルバムを作ったし、それで許されたと思う。でも今は情報を手に入れやすくなったことによってリスナーがそれぞれに考えて、本質を探し始めてる時代だっていう気がするんですよ。

──リスナーが本質を見極めようとしてくれているからこそ、かえって自分の本質を出せるということ?

ライブ写真

そうです。僕らみたいに問題提起をしていくアーティストが増えていくと、リスナーもシーンのあり方について考え始める。それは直接メディアにつながるし、作り手につながっていくんですよ。それによってメディアもアーティストも変わってきて、メディアの表面でしか流れてない音楽を聴く人たち、要するに家事で忙しい人とか、音楽を探す時間のない人とか、流行ってるものを聴きたい人とか。そういう人たちに対しても、ちゃんと届く音楽が生まれやすくなると思うんですよね。

──確かにリスナーがみんな受け身だったら、サカナクションみたいなバンドはかえってやりにくいかもしれない。

やりにくいっていうか、そっちに乗っかってくしかなくなるというか。

──でもそれは今のサカナクションがリスナーを信頼しているからこそ言えることですよね。

信頼してるし、やっぱり僕自身もリスナーですからね。いろんな音楽を自分なりに批評して聴くし。それを外に発信しないだけでね、何が好きか嫌いかっていうのをちゃんと見極めながら音楽を聴いてますから。その気持ちは一緒ですからね。

──それにしてもこのアルバムは深いですよね。ひとつひとつの音が意味を持って鳴ってる気がするし、歌詞も深読みしようと思えばいくらでもできてしまう。何度も繰り返し聴いてるのに、まだ把握できた感じがしないんです。

実は僕が狙ったのはそれもあって。リスナーがみんな批評家になってる時代だからこそ、批評しにくいものを作るってことがすごく重要だと思うんです。そうすると人は情報がない中で自分の感覚だけ、好きか嫌いかっていうだけで反応してくるんですよね。それってものすごく健全で、食べものを食べて美味いか不味いかとかっていうのと同じ感覚になってくる。分析しなくなるっていうのかな。それが僕は音楽の聴き方の一番いい形だと思いますね。

サカナクション

山口一郎(Vo,G)、岩寺基晴(G)、江島啓一(Dr)、岡崎英美(Key)、草刈愛美(B)からなる5人組。2005年、札幌で活動開始。
ライブ活動を通して道内インディーズシーンで注目を集めた彼らは、2006年8月に「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2006 in EZO」の公募選出枠「RISING★STAR」に868組の中から選ばれ初出演。地元カレッジチャートのランキングに自主録音の「三日月サンセット」がチャートインしたほか、「白波トップウォーター」もラジオでオンエアされ、リスナーからの問い合わせが道内CDショップに相次ぐ。
そしてBabeStarレーベルより2007年5月に1stアルバム「GO TO THE FUTURE」、2008年1月に2ndアルバム「NIGHT FISHING」を発表。その後、初の全国ツアー(8カ所8公演)を行い、同年夏には新人最多となる8つの大型野外フェスに出演するなど、活発なライブ活動を展開する。2009年1月にVictor Records移籍後初のアルバム「シンシロ」をリリース。2010年3月に4thアルバム「kikUUiki」を発表し、4月から計15公演に及ぶ全国ツアー「SAKANAQUARIUM 2010 kikUUiki」を実施。