ナタリー PowerPush - 南壽あさ子
透明な歌声の奥に潜む強い意志 注目新人ロングインタビュー
6月6日にインディーズよりデビューシングル「フランネル」をリリースしたシンガーソングライター、南壽(なす)あさ子。彼女の歌声は一瞬で引き寄せられるイノセントな雰囲気を放ち、リスナーの心をそっと包み込んでいくコットンのような優しさを持つ。どこか懐かしくファンタジックな作風も、彼女自身を投影したようなみずみずしい魅力をたたえているように思う。
幼少期からピアノを習い始め、将来は歌以外の道は考えもしなかったという彼女。ナタリー初登場の今回は、デビューまでの経緯をひもときながら、今作「フランネル」についてインタビュー。その透明感の奥に、歌に対する強い意志が終始透けて見えた。
取材・文 / 川倉由起子 撮影 / 井出眞諭
「歌って生きていけたらいいな」って
──いきなりですが、“南壽”って珍しい名字ですよね。
はい。初めての人は大体読めないです。あと“壽”をどう漢字変換するのかわからないって。
──確かに(笑)。
これは寿の旧漢字なので、ことぶきって入力してもらえれば出てくると思うんですけど……。
──あ、わざわざありがとうございます(笑)。ちなみにこれって本名ですか?
いえ、私の苗字は違うんですが、これは母の旧姓で。母方の祖父がヨーロッパの風景画家で、同じ芸術系の道に進むってことでこの苗字を拝借しました。
──なるほど。では早速、南壽さんの音楽的プロフィールを伺っていきます。元々歌が好きな子供だったんですか?
そうですね。とにかく歌うことが大好きでした。でもそれは1人のときやすごく仲良しの友達の前だけ。出しゃばるのが嫌いで、人前では全然歌わなかったから、私が歌を好きってことはほとんどの子が知らなかったと思います。
──そうなんですね。楽器は何かやってましたか?
幼稚園からピアノを習ってました。好きな曲の楽譜を買ってきて、小学生くらいから弾き語りも始めて。当時よく歌ってたのは、MISIAさんの「つつみ込むように…」とか……。
──え、相当難しくないですか!?
難しかったですね(笑)。周りにもあまりMISIAさんを聴いてる子がいなかったんですけど、父がよく流していて好きになりました。さらに今の自分の音楽に大きく影響を与えているのは、両親が聴いていたはっぴいえんどさんや荒井由実さんなんですけどね。
──歌手やアーティストになりたいと本格的に思い始めたのはいつ頃でしたか?
具体的には何歳とまでは覚えてないんですが、なぜかすごく小さい頃から「歌って生きていけたらいいな」と思っていて。逆にいえば、ほかにこれだっていうのものが全く何もなかったんです。
──ほかの職業に憧れたこともなく?
ほとんどなかったです。でも学生時代の進路希望の用紙は、歌手って書くと何か言われるかなと思って事務って書いてました。
──あははは(笑)。でも、心の中ではずっとブレてなかったんですよね?
はい。内心はずっと歌を歌っていきたいなと思ってました。
ライブは、どこかに行っちゃいそうになる感覚
──初めて自分で曲を作ったのはいつでしょう?
中学生のときです。でも当時は1回だけ挑戦して、才能ないなって思って終わって。特に作曲の楽しみも感じられなかったので、続けることもなかったんです。そのとき漠然と思ったのは、誰かに曲を書いてもらって、それを歌って生きていくんだろうなと……。
──その後は?
大学で軽音部に入ってコピーバンドをやったんですけど、そこで出会った友達と「オリジナル曲を作ってみようか」って話になって。
──バンドの曲を、ですか?
あ、そのときはバンドとは別でオリジナル曲を。その友達は音楽的にもすごく合う子だったんです。彼女の提案で、各々で曲を作ってみることになったんです。
──曲作りは独学ですか?
はい。誰かに教わったこととかはなく、本当になんとなく作っていったというか。
──なるほど。ちなみに、中学生のときはどうやって作ってたんですか?
それこそ何もわかってなかったので、鼻歌でメロディを作って……っていうくらい。しかも途中で終わって、曲として完結したものではなかったんです。
──大学で再び作ったときは、それよりレベルアップしたものが作れましたか?
そうですね。中学時代よりはちゃんとしたものができたと思います。それに、そのときはタイミングも良かったのか、言いたいことや書きたいことがたくさん自分の中にあって。作り終えたときはこれでいいのかわからなかったんですけど、それをステージで歌って人の反応をもらったときに「あ、これでいいんだ……」って。そこからまた、どんどん曲を増やしていくようになったんです。
──ステージとは、どういう場所に立ったんですか? 大学の学園祭とか?
いえ、当時は外のライブハウスの企画イベントとかにもたまに出ていて。観に来てくれてるのは、学生が多かったですけど。
──初めてステージに立ったときはどうでしたか?
それが……何も感じなかったんですよね。すごい不思議だって言われるんですけど。
──「無」ってことですか?
はい、完全に無でした。それで逆に焦ったというか、「私、大丈夫なのかな?」って思って人に相談したくらい(笑)。でも、その後ステージを重ねていくたびにだんだん気持ち良くなってきて。どこかに行っちゃいそうになる感覚を味わってからは、離れられなくなりました。
──“どこかに行っちゃいそうになる感覚”っていうのは面白いですね。
多分、軽い興奮状態なのかなと。自分や曲の世界に入り込んで、そのまま戻って来られない日もあればすぐ元どおりになる日もあって、その辺は結構ムラっ気がありますね。
──入り込むイコールどこか異次元に浮いてるような感覚?
そうですね。確かに浮いてるって表現が近いかもしれないです。
南壽あさ子(なすあさこ)
1989年千葉県佐倉市出身のシンガーソングライター。幼少の頃からピアノを始め、大学時代に軽音部に所属。2010年より東京都内を中心にライブ活動を行い、2012年4月にライブ会場と一部店舗でデモ音源「回遊魚の原風景」を300枚限定でリリースし、約2カ月で完売。そして同年6月に湯浅篤をプロデューサーに迎えたシングル「フランネル」でインディーズデビューを果たした。なお、「フランネル」は収録曲全てに番組タイアップや各地FMのパワープレイが決定している。