ナタリー PowerPush - 中村 中
ひりつく言葉で歌う再生の物語 マスターピース「少年少女」完成
歌っていることは私だけの日常じゃない
──このアルバムは、シングルで先にリリースされた「家出少女」が1曲目にあることで、転換していく場面をこの主人公の気持ちで歩いていくような気持ちになれるんです。
あぁ、いいですね。
──主人公は、生半可じゃない旅をしてますよね。
なるほど。でも、それは、私たちが日々過ごしてる“日常”ですよね。
──ああ、そうですね。中村さんの描き方が、温かさも厳しさも人を好きと思う気持ちも、どれも強烈なので、生半可じゃないなと感じたんです。
先程「常に青春をしているみたいだ」って話をしたじゃないですか? 青春が終わるタイミングって、自分で決められると思うんですよ。パチッ!とスイッチを切れるというか。ということは、逆に青春のスイッチをずっと入れておくこともできるような気もするんです。もっと言えば、青春を10代や学生時代のことだと仮定すると、ものすごく一生懸命生きることや必死だということと、同意義だと思うんですよね。人は、人生でそれを繰り返してるような気がするんです。
──あぁ。
アルバムの曲の中には、だらしなくてダメな恋愛をしてる曲もありますけど。同じような人にまたつまづいたり(苦笑)。人って性格を変えられないと思うので、一度経験したことは何度でも巡ってくると考えてるんです。ならば青春も何度でも巡るものじゃないかと。だから「一生懸命生きていますね」と言われると、少しポカーンとしてしまいます。でも、青春は何度でも巡るものだって考えると、そういうふうにも見えるのかな、と思います。
──「私はこういう人です」っていう音楽を作る人もいれば「いや、音楽は音楽ですから」っていう人もいますけど、中村さんは前者だと思うんです。なので、作品で判断すると、その一生懸命とか必死っていうのは、楽曲制作の大前提なのかなと映るんですよ。
なるほど、なるほど。でもこの「少年少女」の中で歌われている言葉たちは、私だけのことではないと思っています。むしろ、私のことではないのかもしれないなと思うんです。歌っている内容が自分にしかわからないことだったら、アルバムタイトルを「少年少女」じゃなくて「中村 中」で世に出してあげるのが一番いいと思うんです。私は、ここで歌っていることは、私だけの日常じゃないと思っています。
──そうですね、今、みんなにとっての日常。
先程言ったように、ジャケットから名前なんか取りたいとすら思っていて。それは、私が初めて音楽を聴いたときに「拠りどころができた」と感じたように、この歌も、誰かにとってそうなってほしいんです。だから名前なんか取って、その人の「少年少女」になっていってくれたらいいと思います。
野狐禅の曲と今作の曲は誤解のされ方が似ている
──ところで、アルバム7曲目の「旅人だもの」は竹原ピストルさんとの共作ですね。
「どの部分をどっちが演奏してるんだろう?」って楽しむのも醍醐味だと思います。
──竹原さんとはどういう出会いで?
野狐禅の頃から、竹原ピストルさんの曲が大好きで、ファンだったんです。ライブにもよく行ってました。そのとき自分のCDを渡したこともあって。そうしたら「聴いてくれているよ」と人づてに聞いたんです。それをきっかけに、お酒を飲みながら口説いてみたんですよ。「ちょっと一緒に曲書いてみませんか?」って。
──野狐禅のデビュー曲「自殺志願者が線路に飛び込むスピードで」は、実際に伝えたいのはスピード感なのに、どうしても“自殺”という強烈な言葉がクローズアップされていました。なんだか、そんなところが中村さんと似ているな、と。
似てますね、そう言われると。「自殺志願者が線路に飛び込むスピードで」で言いたいことは、繰り返すまでもなく、一聴してわかりますよね。生きていくスピードのことを言ってるんだって。生きることを示すときに、逆に死を用いてやる方法は鮮やかだなと思います。それで、今作の「家出少女」「人間失格」「不良少年」なんかはまさに似ているところだと思うんですね。「家出少女」の取材では、みんなに「何か家で問題があって飛び出した少女の歌だと最初は思った。でも違いました」って言ってくれる人ばっかりだったんです。「旅立ちの歌でしたね」と紐解いてくれて、“家出”って単語よりも“少女”のほうが最終的に浮き彫りになってきた。だから、今回のアルバムの曲も、“家出”とか“失格”とか“不良”っていう、衝撃的な言葉が脳裏から消えるぐらい聴いてもらって、少女も、少年も、人間なんだって見てもらえれば、と思います。
中村 中(なかむらあたる)
歌手、作詞作曲家。10代の初めからピアノを独学で習得し、高校時代からストリートでのライブ活動を展開する。2005年、インディーズからシングル「友達の詩」をリリースし、2006年に同曲を岩崎宏美のアルバム「Natural」に提供。同年6月にシングル「汚れた下着」でメジャーデビュー。同年9月には「友達の詩」をメジャー2ndシングルとして改めてリリースした。その後同年11月に3rdシングル「私の中の『いい女』」、翌2007年に1stアルバム「天までとどけ」を発表。2010年にレーベルを移籍し、6月にシングル「家出少女」をリリース。
また、多くのアーティストに楽曲を提供しているほか、2009年10月上演の「ガス人間第1号」をはじめさまざまな舞台演劇にも参加している。