ナタリー PowerPush - 中村 中

ひりつく言葉で歌う再生の物語 マスターピース「少年少女」完成

できればジャケットから私の名前を取ってしまいたい

──アルバムの大きな柱の1つである「人間失格」ですが、この曲はどこからできたんですか? タイトルはむしろ後?

タイトルは最後でしたね。もともと「人の間で生きる事が息を殺すことならば 私は向いていないようだ」と歌っている部分はない曲だったんですね。その後、フックになる別のメロディが欲しいと思って、ここを書いたときに「人間失格」というタイトルを思いついたんです。加えて、1番で歌ってる「差し出してくれた手に噛み付く」。この歌詞が、人間というよりはむしろ獣のようだ、つまり「人間じゃないな」と思った理由のひとつで。

──ああ、そういう行いは「人間じゃない」と。

じゃない、うん、そうですね。さらに2番では、生きることを諦めようとしたけれど、それすらできなかったことを「しょっぱいね」と歌ってます。そういう状態って人間として情けないと思うんですよね。だから“失格”という言葉をつけてあげた。

──しょっぱいという言葉を、情けない、ダメという意味で使われてますが、ここで歌われている「しょっぱい」には、命を感じたんですね。というか……人間って塩分を含んでますよね?(笑) 獣のようなこの人が噛みついた誰かの手はしょっぱい、と。勝手な解釈ですが、すごく温度の伝わる歌詞だと思いました。

あ、それ面白いです(笑)。私は、音楽を聴いてくれた人全員が必ず同じ場所で引っかかることはないと思ってるんです。だから、ああだこうだ言ってもらえるのがうれしいというか、理想の楽しまれ方なんです。なので、1曲ずつ丁寧に説明することが逆に入り口を閉じちゃうことになるのかな?って。今回、できればジャケット写真から私の名前を取ってしまいたいぐらいなんですよ。

──中村 中というアーティスト名についてるイメージが強いからですか?

うん、それは少しあります。どんな成りをしているかとか、どう生きて育ってきたのかとか、移籍前はそういうことを前面に押し出すプロモーションが多かったので……先入観があるんだろうな、とは思います。そういえばこのあいだ面白いことがあって。「『人間失格』の歌詞にある『人の間で生きる』というのは、男性と女性の間で生きるということなんですか?」と質問されたんです。でも、そういうの、私すごくうれしくて。「面白い!」と思うんですよ。作品が世に出てからは、私より聴いた人のほうがアルバムをより素晴らしいものにしてくれるんだなぁと思うんです。だから、さっきの質問は思ってもみなかったことだったけれど、その発想も素敵だったから「あ、それもいいですね」って答えました(笑)。

何があっても壊れないようなアルバムができた

──そういうふうに解釈してる人もいるんですよ、って話してくださること自体が、この作品を作ったことで何かを吐き出せたからなのかな、と感じました。以前なら、そういう質問に対して構えるところもあったんじゃないかな?って。

少しあったかもしれないですね。特に「そうやって聴いたら面白くなくなっちゃうよ」っていう気持ちはあったと思います。もっと自由に楽しんでもらいたいとも思うけど、その聴き方もリスナーが持ってる自由の中のひとつなんだ、と今は思いますね。

──いろんな感想を、聴く人の発想のジャンプだって捉えられるのは、やはり閉ざしてないというか、心が強いと思います。くどいですが、そうなったのはこの作品を作ったからだと思いますか?

そうですね。おっしゃるとおり、これができたからだと思います。いろいろなタイミングが合っただけかもしれないんですけれど。やるからには絶対に、この先、何があっても壊れないようなアルバムにしなければならないと意識して制作したんです。さらに、そういう作品が実際にできたと私は思っていて。やりたいこととできたことが合致したのは初めての経験だったので、本当に偶然かもしれないけど、この作品ができたことで自信が持てたかと言われれば、そのとおりだと感じます。

ニューアルバム「少年少女」 / 2010年9月22日発売 / 3000円(税込) / ヤマハミュージックコミュニケーションズ / YCCW-10120

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CD収録曲
  1. 家出少女
  2. ここは、風の街
  3. 独白
  4. 初恋
  5. 秘密
  6. 人間失格
  7. 旅人だもの
  8. 戦争を知らない僕らの戦争
  9. 青春でした。
  10. ともだちになりたい
  11. 不良少年
中村 中(なかむらあたる)

歌手、作詞作曲家。10代の初めからピアノを独学で習得し、高校時代からストリートでのライブ活動を展開する。2005年、インディーズからシングル「友達の詩」をリリースし、2006年に同曲を岩崎宏美のアルバム「Natural」に提供。同年6月にシングル「汚れた下着」でメジャーデビュー。同年9月には「友達の詩」をメジャー2ndシングルとして改めてリリースした。その後同年11月に3rdシングル「私の中の『いい女』」、翌2007年に1stアルバム「天までとどけ」を発表。2010年にレーベルを移籍し、6月にシングル「家出少女」をリリース。
また、多くのアーティストに楽曲を提供しているほか、2009年10月上演の「ガス人間第1号」をはじめさまざまな舞台演劇にも参加している。