ナタリー PowerPush - ハンバート ハンバート×又吉直樹
似たもの同士の「みじめだった」対談
約4年ぶりとなるフルアルバム「むかしぼくはみじめだった」をリリースしたハンバート ハンバートと、以前から彼らのファンであることを公言している又吉直樹(ピース)の対談が実現。新作の制作秘話、タイトルに込められた意味、音楽とお笑いの共通点。ジャンルを超えた幅広いトークをじっくりと楽しんでほしい。
取材・文 / 森朋之 撮影 / 上山陽介
芝居の開演前に曲を使わせてもらうことが多いんです
──まず、又吉さんがハンバート ハンバートを好きになったきっかけから教えてもらえますか?
又吉直樹 もともと音楽が好きで、月に20~30枚くらいCDを買ってた時期があったんですよ。ハンバート ハンバートさんのCDを初めて手に取ったのもその頃ですね。たぶん、2007年か2008年だと思うんですけど。
佐藤良成 最初に聴いたのはどのアルバムだったんですか?
又吉 「道はつづく」です。ジャケットやタイトルに惹かれて聴いてみたんですけど、ビックリしましたね。お2人とも声がめちゃくちゃ好みだったし、曲もすごくよくて。「すごい人たちがいるんやな」と思って、そこからさかのぼって聴いたんですよ。調べてみたらすでにたくさんアルバムが出てたから、ほんまにうれしかったんです。「うわ、こんなに聴けるんや」って。
佐野遊穂 うれしいです。どのアルバムが一番お好きでした?
又吉 それは難しいですねー。最初に聴いた「道はつづく」はもちろん好きだし、「11のみじかい話」もいいし。僕、自分のライブのときにもハンバート ハンバートさんの曲を使わせてもらってたんですよ。2009年に自分で脚本を書いた芝居のときは「おかえりなさい」を使わせてもらって。
佐藤 どんなふうに使うんですか?
又吉 映画でいうと主題歌みたいな感じですね。2011年のときは「荒神さま」を使わせてもらいました。芝居が全部終わって、最後に出演者みんなで挨拶するときにかけたんですけど、あの曲のおかげで全体がしっかり締まったというか。
佐藤 あの、又吉さんは(作家の)車谷長吉さんもお好きなんですよね?
又吉 はい。
佐藤 「荒神さま」を書いた時期って、ずっと車谷長吉さんの小説を読んでたんですよ。あのときのアルバム(「まっくらやみのにらめっこ」)は全体的に“車谷ワールド”なんです、僕の中では。小説を読んだことがある人にとっては「どこが?」って感じだと思いますけど。
又吉 へー! そうなんですか。あとね、開演前に曲を使わせてもらうことも多いんですよ。ライブにはいろんなお客さんが来るし、人によってコンディションや日常の悩みなんかも違うじゃないですか。要はバラバラな雰囲気なんですけど、ハンバート ハンバートさんの曲をかけることによって、皆さんに同じ気持ちになってもらいたいんですよね。お2人の曲って、朝でも夜でも昼でも聴けるというか、「今日はこれを聴く気分じゃないな」ということがないので、かけやすいんです。
みじめだったときの思い出を切り捨てて生きたくない
──ニューアルバム「むかしぼくはみじめだった」はどうでした?
又吉 むちゃくちゃ好きですね。ハンバート ハンバートさんの好きなところが詰まってる感じがするというか。このタイトルからして……、まあ、僕は今でもちょっとみじめなんですけど。
佐藤・佐野 ハハハハハ(笑)。
又吉 「むかしぼくはみじめだった」と言われると、ものすごく入ってきますね、自分の中に。1曲目の「ぼくのお日さま」なんかも、自分のことを代弁してくれてるような気がして。
──「ぼくはことばが / うまく言えない / はじめの音で / つっかえてしまう」という歌い出しの曲ですね。
又吉 僕もなかなか言葉が出てこないほうなので。こういう歌って、しっくりくるんですよね。落ち込んでるときに明るい曲でテンションを上げられる人もいると思うんですけど、僕はどっちかっていうと、逆に突き放されてる感じになるんですよ。パーティに入っていけないときみたいに。
佐藤 わかります。
又吉 「ぼくのお日さま」もそうなんですけど、自分の日常の半歩前くらいを歩いてくれてる感じの曲がいいんですよ。それが救いなんです、僕にとっては。
佐野 すごくうれしいです。又吉さんの本を読んでいたら、「昔、みじめだったときの思い出を切り捨てて生きたくない」ということが書いてあって。
又吉 ああ、はい。
佐野 (佐藤と)一緒にバンドをやり始めたのは10代の頃だったんですけど、この人も同じようなことをずっと言ってたんですよ、当時。
佐藤 そんなこと言ってた?
佐野 言ってたよ。昔のみじめな思いを忘れそうになると、「やばいやばい」って感じで、あえて思い出そうとしたり。最初の頃って、そういう歌詞ばっかりだったんです。「(付き合っていた恋人を)忘れちゃうのが寂しい」とか。
又吉 面白いですね、それ。
佐野 そういうメンタリティって、ざっくり言うと、女にはないと思うんですよね。
又吉 あーなるほど。
佐野 自分にも当然みじめなときはあったと思うけど、そのみじめさを噛みしめたりはしないので。そういうことを男女で分けるのは乱暴なんですけど。
又吉 僕はいまだに卒業できてないというか、ずっとそういう気持ちですね。幸せな日々が続いたりすると、創作にも影響が出てしまう気がするし……。そういうときは自分の思い出の場所に行ったりしますけどね。僕の場合はちょっと変態の域になってるというか、前に付き合ってた彼女の家を1人で見に行ったりするんですよ。もう誰も住んでないのに。これ、ライブで言うと引かれるんですけどね。
佐野 (笑)。そういう感じ方って、年齢によって変わってきますよね?
又吉 だいぶ変わりますね。大人になって、だんだん余裕ができてくると「そういうのは誰にでもあることなんやな」って思えるようになったり。19歳くらいの人を見て「昔の僕と同じような感じやな」と思ったときに、危うく「大人になったら大丈夫やから」とか言いかけたりしますからね。それだけは言わないでおこうと思ってるんだけど……。悩んだりすることも無意味ではないと思うし。
佐野 10代のときならいいけど、大人になって、人の親になったりすると、そうもいかないというか。私の同級生の女性で、詩を書いてる人がいるんですね。彼女の詩を読むと、高校生の頃のテンションがまだ保たれてるところがあって。
佐藤 30代後半なのにね。
佐野 「ペディキュアが剥げたまま、もう3日。こんな女の子モテないよね」みたいな感じで。それを読んで、(佐藤は)「この人はエライ!」って言うんですよ。
佐藤 初心を忘れないっていうか(笑)。
佐野 心の柔らかいところを持ってるんだよね。
又吉 その感覚もすごくわかるし、僕もそんなことばっかり言ってるかもしれない(笑)。昔に書いたものを読むと「これは言い過ぎやな」って思うこともありますけどね。
収録曲
- ぼくのお日さま
- ぶらんぶらん
- 鬼が来た
- 何も考えない
- オーイ オイ
- 潮どき
- 小舟
- くもの糸
- ホンマツテントウ虫[サビ入り]
- まぶしい人
- ポンヌフのたまご
- 移民の歌
- 又吉直樹 DVD「又吉直樹、島へ行く。母の故郷~奄美・加計呂麻島へ ディレクターズカット 」2014年7月30日発売 / 2700円 / よしもとアール・アンド・シー / YRBN-90792
- 又吉直樹 DVD「又吉直樹、島へ行く。母の故郷~奄美・加計呂麻島へ ディレクターズカット 」2014年7月30日発売 / 2700円 / よしもとアール・アンド・シー / YRBN-90792
収録内容
3月にBSジャパンで放送されたスペシャル番組に未公開映像を追加したディレクターズカット版。又吉直樹が母の故郷である奄美・加計呂麻島へ。島が見せてくれた風景を、又吉ならではの言葉に変えながらの旅。東京から遠く離れたこの島で又吉は何を思うのか。
- 第1章. 僕が知らなかった島の日々
- 第2章. 島人よ なぜシマ唄をうたう
- 第3章. ぼくはケンムンに会えるのか
- 第4章. 母を育てた小さな集落(シマ)
ハンバート ハンバート「レコ発ツアー『歩いていくんだ、どこまでも』」
- 2014年6月7日(土)広島県 広島CLUB QUATTRO
- 2014年6月8日(日)島根県 メテオプラザ
- 2014年6月16日(月)京都府 磔磔
- 2014年6月17日(火)兵庫県 チキンジョージ
- 2014年6月21日(土)宮城県 Rensa
- 2014年7月16日(水)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
- 2014年7月19日(土)福岡県 イムズホール
- 2014年7月20日(日)大分県 湯布院アルテジオ
- 2014年9月12日(金)北海道 cube garden
- 2014年9月17日(水)愛知県 名古屋市芸術創造センター
- 2014年9月20日(土)大阪府 大阪城音楽堂
- 2014年10月3日(金)東京都 日比谷野外大音楽堂
ハンバート ハンバート
1998年に結成の佐藤良成(G, Violin, Vo)と佐野遊穂(Vo, Harmonica)による男女デュオ。2001年にアルバム「for hundreds of children」でCDデビュー。2005年のシングル「おなじ話」が各地のFM局でパワープレイに起用されたのをきっかけに、活動を全国に広げ年間 100本近いライブを行う。2007年にはテレビ、CM、映画などの楽曲を多く手がけ、幅広い層から注目される。2012年に夏はスカバンドとのコラボユニット「ハンバート ハンバート×COOL WISE MAN」を結成し同年として多くのフェスに出演するほか、ミニアルバム「ハンバート・ワイズマン!」をリリース。フォーク、カントリー、アイリッシュ、日本の童謡などの音楽をルーツとした懐かしく切ない楽曲と、繊細なツインボーカルで支持を集めている。2014年にはアメリカ・ナッシュビルでレコーディングを実施した、3年半ぶりの新作となるフルアルバム「むかしぼくはみじめだった」をリリースした。
又吉直樹(マタヨシナオキ / 写真左)
1980年生まれ大阪出身。吉本興業が運営する芸人養成所・NSCの東京校で、綾部祐二とともに2003年にお笑いコンビ・ピースを結成し、ボケを担当している。ピースは2010年にスタートしたフジテレビ系バラエティ番組「ピカルの定理」にレギュラー出演。同年「キングオブコント」で準優勝、「M-1グランプリ」で4位にランクインする。又吉は芸能界随一の読書家として知られ、テレビ出演などの傍ら書籍や雑誌コラムなどの執筆活動も行っている。近著に「東京百景」など。またファッションセンスにも定評があり、「よしもとオシャレ芸人ランキング」の男性芸人部門では2011年から3年連続1位を獲得し殿堂入りしている。