コミックナタリー Power Push - 月刊サンデーGX

10周年も攻めに攻める仮面編集長イチオシ新連載

器用だけど、生き方が不器用

「WESTWOOD VIBRATO」第1話で問題になったシーンの完成原稿。リテイク前は、どのようなトーン使いだったのか。

──後のマンガ界を担う期待の新人が豊富なGXですが「WESTWOOD VIBRATO」の作画担当・金宣希さんも、新人ながら10周年記念作品という大型連載にチャレンジ。大抜擢ですね。

「WESTWOOD VIBRATO」は2年以上前から企画があって、4話目のネームまでプロットもできていたんです。ただずっと作画家が見つからなかった。そんな中で韓国の作家を紹介してくださる方がいて、目に留まったのが金さん。最初に見たデッサンが写実的な絵だったのでマンガ向きではないと注文をつけたら、今度はガラッと絵柄を変えて、可愛い女の子のイラストを描いてきた。気になって、どういう人かと尋ねたら「器用だけど、生き方が不器用な人」と。

──それでよく連載を頼もうと思いましたね(笑)。

もうひとつ「マンガ環境に恵まれていない」とも言われまして。マンガの描き方を教えてくれる人がいなかったので、自己流だったんですね。実際に拙い部分もあるんですが、要求したことをキチッと返してくるし日本人よりも吸収力が優れている。これは伸びるという確信があったので、見切り発車でしたが決めたからには突っ走らないと。

──発展途上の才能というわけですね。教え甲斐もありそうですが、なかなか苦労が絶えなそうな……。

日本だとマンガ学校などもあるし、破天荒な間違いをする新人ってあまりいないんですが。自己流とはいえ、色の塗り方や原稿用紙のサイズなど基本的な部分が明らかにおかしくて。中でも印象的だったのが、第1話のスポットライトとステージ衣装に使ったトーン使い。

──それは、どのような間違いかたを。

それはもう、筆舌に尽くしがたいとしか言いようが。マンガを見慣れた目からは瞬間に「ありえない!」と感じるもので。思わず、もうトーン貼りは専門の人に任せなさいって言ってしまいました。もちろん全部やり直し。

──全部やり直し……。考えるだけで恐ろしい。

申し訳ないと思いながらも、原稿が上がってからのリテイクが毎回20ページくらいはザラです。でも最近は人物のバリエーションも増えてきたので、より複雑な物語に挑戦できます。言語が違うので、お互いに意図を深く考えようとするのも良い方向に働いてる。器用な人なんです。「生き方が不器用」だけど。

怖いお姉さんのほうが言うことを聞くだろう

──「WESTWOOD VIBRATO」一番の仕掛けといえば、実在する楽曲と物語のリンク。楽曲のセレクトはどなたが?

原作担当の尹仁完さんが毎回選んでいますが、ジョン・レノン「イマジン」などは編集部からお願いしました。有名な楽曲は自然と頭にメロディが浮かぶので、音楽とマンガの相乗効果を楽しんでもらえると思います。

──小室さんご自身は、どういった音楽を好んでお聴きに?

もともとはプログレ好きで、キング・クリムゾンが青春の全てでしたね。一応クラシック含めて、音楽は生活の一部でした。「WESTWOOD VIBRATO」を私が担当することになったのも、音楽に強い者が編集部に私しかいなかったので。

──GXで尹さんは過去に「新暗行御史」を連載してましたが、小室さんは「WESTWOOD VIBRATO」から担当を?

前担当者が私に引き継ぐとき「尹さんは、怖いお姉さんのほうが言うことを聞くだろう」と言ってて。おかげで、甘えん坊の弟ができたみたいな感覚ですよ(笑)。

──甘えん坊な人なんですか?

「僕は褒めて伸ばしてください」って、自分から言ってますね。「僕は褒められたいんです」って。

──(笑)。打ち合わせとか、大変そうですね。

原作・作画とも韓国在住なので、連絡は主にメールなんですよ。なので実は、作画の金さんとはまだ一度もお会いしたことがないという。原作・尹さんとのやりとりで大変なのは、プロットや脚本の整合性を保つための検証。これがなかなか骨が折れます。

──それは具体的には、どのような作業を?

まず実在する楽器を扱うので、その歴史や仕様を調べます。次に舞台となる土地や、題材となった史実を取材。尹さんが発想するお話は非常に面白いのですが、ディテールに関しては史実度外視なところがあるので。第3話に「ネイ」という笛が出てくるのですが、本人曰く「ネイの音色は1回しか聞いたことありません」と。

──それで、よく物語にする気になりましたね……。

そういう突っ込みはさておかないと、話が進みません。この場合「ネイ」がどういう楽器で、どんな音色をしているかを調べる必要が出てきますよね。なので浜松の楽器博物館まで行って館長にお話を聞き、演奏の仕方を教わってきました。そこで普通の横笛として吹いたらNGということや、ちょっと歯を当てて吹くということが明らかになるわけです。些細な間違いでも、知ってる人にとっては大きな違和感なので取材は欠かせません。

──手のかかる子ほど可愛いと言いますが、なかなか世話のやける作品ですね。

アウシュビッツに関して調べたときは、BBCのドキュメンタリー5夜分を何度も観なければならなくて。あれは観るたび、1週間はへこんでました……。

小学館にはできないことを

──GX10周年記念作品として「WESTWOOD VIBRATO」に期待することは。

児童文学を大人の世界で表現したような、時代を問わない普遍性を持たせたいと思っています。読み飛ばされるようなものじゃなく次の世代に共通するような要素を込めて、単行本で何度も読んでもらえるような。浅野君の「素晴らしい世界」を作りながら思ったようなメッセージ性の強いものを、この作品でも残せたらいいなと。

──GXという雑誌は10周年を迎えて、今後どのように発展していくのでしょうか。

今年いっぱいは10周年記念ということで、まだまだ大きな企画を残しています。今後も少数精鋭の特殊部隊として、とにかく小学館にはなかったもの、小学館にはできないことをどんどんやっていきますよ。例えば、こんなポーズとか(中指を立てながら)。

インタビュー写真

「WESTWOOD VIBRATO」(1) / サンデーGXコミックス / 2010年8月19日頃発売 / 560円(税込)/ 小学館

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あらすじ

南アフリカ共和国最南端の街・ケープタウン。そこには一人の天才的な技術を持つ楽器修理の専門家が住んでいます。彼女の名前はコーネリア・ボボ・ウォッシャー。彼女の手にかかれば、どんな楽器でもその音色を取り戻すことができると言われています。今日もまた世界各地からやっかいな楽器の修理依頼が飛び込んでくるのですが……。

彼女が直すのは楽器ばかりではありません。時には依頼者の心をも癒やすことがあります。依頼者の心に秘めた思いが、時を越え、国を越え、さまざまな障害を越えて、届けたい人の元に届くように……。 彼女の手にかかると、そんな小さな奇蹟が起きることがあったりするのです。さて、今回の依頼とは?

金宣希

金宣希(キム・ソニ)

1973年ソウル生まれ。出版社でバイト中に「自分ならもっとうまく描けるかも」と思い立ち、25歳の時にマンガ賞に応募し受賞。応募作「アキ・タイプ」でデビュー。

尹仁完

尹仁完(ユン・インワン)

1976年ソウル生まれ。韓国にて梁慶一氏と組んで『デ・ジャヴ』で原作者デビュー。代表作に「新暗行御史」や週刊少年少年サンデー(小学館)に連載中の「ディフェンス・デビル」などがある。趣味はネットサーフィンとゲーム。

「月刊サンデーGX 2010年9月号」2010年8月19日発売 / 特別定価:550円(税込) / 小学館

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掲載作品

高橋しん「ヒミツキチ」/やまむらはじめ「神様ドォルズ」/宮下裕樹「正義警官モンジュ」/犬上すくね「あいカギ」/佐藤まさき「釣りチチ・渚」/高橋慶太郎「ヨルムンガンド」/榎本ナリコ「聖モエスの方舟」/尹仁完+金宣希「WESTWOOD VIBRATO」/真島悦也「コイネコ」/若狭たけし「仮面ボウラー」/花見沢Q太郎「REC」/松山せいじ「鉄娘な3姉妹」/金月龍之介+KOJINO「ぷりぞな6」/陽気婢「ドクター&ドーター」/楠桂「八百万討神伝神GAKARI」/イダタツヒコ「星屑番外地」