コミックナタリー Power Push - 乙嫁語り / 森薫

森薫 乙嫁語り - 新作のリリースを記念して異例の大サービス、「描き込み魔」の作画プロセスを動画で公開!

ペン入れをしながらベタ、その理由は……

──使われている道具について教えてください。

 下描きはシャーペンで、0.3mmと0.5mmを使い分けてます。ネームの時は0.9mm。濃さは2Bですね。柔らかくて練り消しでパッと消せるし、あんまり紙に食い込まないから。ペン入れはカブラ(サジペン)がメインで、あとは丸ペンかな。最近大きい絵にはGペンも使うようになりました。

──ペン先はどれくらいの頻度で替えますか。

 当たりがよければ3、4枚は描いちゃいます。気付かないでもっと描いちゃうときも(笑)。ただけっこう筆圧が強いので、ペン先はよく替えるほうですね。まあ描いてて「ア」って思ったときに替えます。

──ベタ用の筆、それは市販の筆ペンですか。

 中身が空になった屋外スケッチ用の水筆ペンです。この毛先が使いやすくて好きで。キャップも付いてるし。あとベタには普通のサインペンも結構使います。「かきかたサインペン」とか(笑)、太さを3種類くらい用意して。

──見ていてびっくりしたんですが、ペン入れしながらベタとホワイトも入れていきますよね?

 はい、描きながら入れてます。パーツ分けしてベタを指定しておくやり方だと、出来上がりを想像しづらいんですよ。先に塗るから、ベタにはレタリングインクを使っています。後で消しゴムをかけたとき、普通のインクみたいに薄くならないんで。普通のインクはPILOTの製図用。ビンで買ってます。

──指を落とした手袋は、汚れ防止用ですね。

 ええ、やっぱり手の脂とか付くので。梱包資材屋で、まとめて買うと結構安いんですよ。あとクッションにもなります。ペンが当たってタコになっちゃうので。

津軽三味線用の指掛け 指を切り落としたコットンの手袋

──絆創膏もタコ防止?

 中指は当たると相当痛くなるんで、靴ズレした時に使うクッション付きの絆創膏を付けるようになってだいぶ楽になりました。あと右手の親指と人差し指の又のところもすごく痛くなるので、作業も大詰めになってくると、津軽三味線(太棹)用の指掛けを手袋の下に仕込むんです。おばあちゃんが三味線やってたので(笑)。

キッチリ描き込みすぎてもダメなんです

──キャラの民族衣装は資料なしで描かれていますが、この細かい模様まで覚えてるんですか?

 さすがにもう1年描いてますから、いいかげん覚えます(笑)。でももっと良い描き方が見つかったら変えたいので、あんまり決めすぎないようにしてますね。例えばアミルの帽子、最初は黒いラインはなかったんです。でも入れたほうが絵が締まるな、って途中で思い付いて。

──ここまで細かく描き込む絵柄だと、正直、大変そう。

 まあ地道な作業なんで、ただひたすら描いてるだけなんですけど(笑)。あと、あんまりキッチリ描きすぎるとベタッとプリントっぽく見えてしまうので、ちょっとラフにというか、刺繍の凹凸を意識して描くようにはしてます。

──こんな凝った衣装で馬に乗るのって、動きにくいんじゃないかと思ってしまうのですが。

 遊牧民族って、割と持ってるもので暮らすというか、全財産を女の子に身に着けさせて、女が財産管理、みたいな感じなんですよ。だから服のジャラジャラは全部財産。男は戦いだ何だで死ぬかもしれないので。

──なるほどー。一方、馬は写真や解剖図を見て描かれてましたね。

 馬はまだ(資料を)見ないとダメですね。昔からずっと好きなんですけど、描いても下手だから嫌になっちゃった時期もありました。今回は念願叶ってとうとう馬だらけのマンガなので、気合い入れて練習しましたよ(笑)。

馬の資料

──「エマ」では大量の資料を集められてたと聞きましたが、「乙嫁」でも?

 そうしたいんですが、あの地域(中央アジア)は長い間口承文化だったんで、文字資料自体が少ないですね。「乙嫁」は19世紀後半、第1次世界大戦前の中央アジアを舞台にしてるんですが、これは理由があって、この時代だとヨーロッパが調べたりしているので、割と資料が残っているんですよ。資料もあって伝統も残っている時代、という。これが第1次大戦以降、ソ連になってしまうと大分(風習が)変わってしまうんです。

森薫「乙嫁語り」1巻 / 2009年10月15日発売 / 651円(税込) / エンターブレイン・BEAM COMIX / ISBN: 978-4-04-726076-4

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あらすじ

中央ユーラシアに暮らす、遊牧民と定住民の昼と夜。美貌の娘・アミル(20歳)が嫁いだ相手は、弱冠12歳の少年・カルルク。8歳の年の差を越えて、ふたりは結ばれるのか……? 「エマ」で19世紀末の英国を活写した森薫の最新作は、シルクロードを舞台にした生活マンガ。馬の背に乗り弓を構え、悠久の大地に生きる人々の物語。

作者コメント

高校生の頃に憧れていたシルクロード、中央アジアを題材にしたマンガを、ここで本腰入れて描こうと思いました。
アミルとカルルクの年の差夫婦については、この時代この場所ならではの関係にしたかったのと、子供の頃、割と誰もがあったであろう「年上のお姉さんへの憧れ」のようなものを描きたいと思ったからです。たとえ自分の年齢が追い越したとしても、やっぱり憧れというのはあるのではないでしょうか。
あと馬とか羊とか弓とかユルタとか絨毯とか民族衣装への憧れも。子供の頃、朝顔の支柱で弓を作って親にこっぴどく怒られたのは良い思い出です。危険ですので真似しないで下さい。本当によく飛びます。
同年代であの頃にシルクロード、中央アジアに惹かれた方、そして今の高校生で同じようにこの場所や時代に興味を持っている方にも楽しんで読んでもらえたらと思っています。(森薫)

森薫(もりかおる)

1978年生まれ。2002年に月刊コミックビーム(エンターブレイン)より「エマ」でデビュー。 “メイド好き”として知られており、「エマ」ではメイド喫茶やコスプレなどで見られるアイコンとしてのメイドではなく、1800年代、ビクトリア朝時代のイギリスにおけるメイドを歴史考証に忠実に描いた。好評を博した同作は、2005年にアニメ化。2006年には番外篇も展開され、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞するに至った。2008年10月よりFellows!(エンターブレイン)にて待望の新作「乙嫁語り」を連載中。