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眠れぬ夜の奇妙な話、ネムキ、そしてNemuki+へ「百鬼夜行抄」今市子が自作と雑誌との出会いを語る

今市子インタビュー

マイファーストマンガは楳図かずお作品

──まず、デビューの経緯から教えていただけますか。

今市子

同人を長くやっていましたので、どれがデビューにあたるのかなという感じなんですが……大学生時代に、先にマンガ家デビューしていた友達のところに編集さんが来ていたんですね。そこで私の同人誌を見てくれて、声をかけてもらったのが初めてでしょうか。当時投稿もしていて一応誌面に掲載されたのですが、結果はあまり芳しくなかったんです。だったら自由に描けるほうがいいと思い、アシスタントをしながら、ずっと同人活動をしていました。そこから11年くらいブランクがありまして……(笑)。

──1993年、コミックイマージュ(白夜書房)に「マイ・ビューティフル・グリーンパレス」が掲載されるわけですね。

はい、これが公式のデビュー作です。雑誌の大賞を取ってマンガ家になったとかではなく、なんとなく横からぬるっと入っちゃった感じでなんですよね。

──そこから数えると今年でデビュー20周年、おめでとうございます。

ありがとうございます。

──マンガを描きはじめたのはいつからなんでしょうか。

絵は小学生くらいから描いていますが、富山県の田舎育ちなので、あんまりマンガを読む人がいなくて。マンガ友達はいなかったんですが、私は姉の影響で読んでいました。

──マイファーストマンガは何ですか?

楳図かずお「おみっちゃんが今夜もやってくる」 (C)楳図かずお/小学館クリエイティブ

楳図かずお先生でしょうか。「おみっちゃんが今夜もやってくる」とか。あれは怖いんですよね。おみっちゃんという女の子が「わたしが死んだあとは養女をもらわないで」と言って死んじゃって。そして庭にガラス張りの墓を建てるんですよ。でもやっぱり残された夫婦はさびしくて女の子を貰ってきてしまい、そしたら毎晩お墓にぽっと火が点って毎晩おみっちゃんが「よくも~よくも~」と女の子に迫ってくるんです。すごく綺麗で怖かったですね。「おろち」とかも綺麗だった。あと、わたなべまさこ先生の「ガラスの城」とか。

──やっぱり怖い系ばかりですね(笑)。

え、当時はそういうのしかなかったような……。 

──ありますよ、ラブコメ作品とかたくさん掲載されてましたよ。

あ、そういえばありましたね(笑)。でも意外とまわりが読んでいた(上原きみ子先生の)「ロリィの青春」とか読んでなかったんですよね。怖いものばかり読んでいましたね。

高校時代は、ずーっとわら半紙に描き続けてました

──お好きな作家はいましたか?

やっぱり萩尾望都先生ですね。「ポーの一族」にすごくハマっていて。でも読んだのは第1回からじゃなく途中からで、連載3回目くらいからでしょうか。昔は、単行本が出るのが遅かったじゃないですか。だから読んでないところがどんな話だったんだろうと、それを読みたくて読みたくて。単行本が出たときは本当にうれしかったです。それから大島弓子先生、文月今日子先生も好きでした。

──やはり少女マンガばかりなんですね。

今市子

少年マンガはそんなに読んでなかったですね。貸してもらったら読むくらい。同人誌もそんなに詳しくは知らなくて、高校のときに隣の石川県で花郁悠紀子先生、森川久美先生、坂田靖子先生が有名な同人誌(「らっぽり」)をやっていたので、高校時代にそれをちょっと見せてもらった程度。いろいろと同人誌を見たのは、大学になってからでした。遅かったんです。

──本格的にマンガを描きはじめたのはいつですか?

姉が描いていたので、それを真似したのがはじまり。でも姉はなぜか途中であっさり止めちゃったんです。けっこう上手かったと思うんですが……。高校のときは、ずーっと鉛筆でわら半紙に描き続けて、どこまでも終わらなかったです。その原稿はまだ実家のどこかにあるかもしれないですね。

──高校時代のわら半紙マンガ! それは読んでみたいです。どんなお話だったんでしょうか。

普通に女の子が主人公で、ある日、家に引き取られて来てみたいな感じ。女の子が新しい家にやってきてケンカをしたり仲良くしていこうとしたり。恋愛ものまではいかない、友だちマンガというか。ホラーは自分では描かなかったですね。

──終わらない物語を描いていた高校時代から、初めて物語を完結させたのはいつ頃でしょう。

やっと、大学のときでしたね。マンガの道具を揃えたのは大学の漫研に入ってからです。初めてケント紙を見たのは高校時代だったんですけど、こんなつるつるの紙に絵が描けるんだろうかと思ってました。

霊感がないので、ホラーは描いてはいけないと思っていた

──ネムキとはどのような出会いだったのでしょうか。

コミティアのイベントで当時の編集さんが終わり頃に駆け込んでいらして、売れ残った同人誌を買ってくださったのがご縁で。あのとき、しつこく残りものを売り続けていたおかげで……よかったです(笑)。

──その後、1993年にネムキの前身である眠れぬ夜の奇妙な話に初めて「夏服の少女」が掲載されたわけですが、それから「百鬼夜行抄」連載に至るまでの経緯を教えてください。

「精進おとしの客」扉ページ

当時は割と好きに短編を描かせていただいていましたが、結構あれこれ厳しいことも言われていて、何が面白いか、自分でも分からなくなってきていたんです。でも読み切りで「精進おとしの客」を描いたとき、本当に初めて「面白いじゃないか」と編集さんに言われて。だからそろそろ連載を……と言われたときに、じゃあ「精進おとしの客」を膨らませてやろうかなと思ったんです。

──すでにネタ帳にプロットがあったんですか?

いや特に。「精進おとしの客」はあれ1本きりと思って最初は描いたんです。でもキャラクターを膨らませやすい、増やしやすかったというか。当時久しぶりに短いページ数だったんで、ちょっと変わったものを描いてみようかなと思って、気持ちを楽に、リラックスして描いちゃったんじゃないかな。それまで私の中で、ホラーを描くという頭がなかったんです。ホラーらしいホラーというものをやったことがなかったんですよ。

──意外ですね。

「精進おとしの客」で、初めてちょっとやってみようかなと思ったんです。私は霊感もないし、幽霊も見ないから、ずっと描いちゃいけないと思ってたんですよ。知らないから(笑)。やっぱり見える人じゃないとダメなんじゃないかと。でも、なんだかたまたま描いてみたのを編集さんが面白いと言ってくれたことなんて、本当に初めてだったので。ネムキでは何を描いていいか分からなかったんです。それまでは怪奇、ホラーものは読み手だったのが、初めて描き手のほうに回ってしまって。だから当時は必死ですよね。昔怖かったものを必死で思い出しながら描いていました。

──でも以前から怪奇ホラーに興味はあったんですよね。

今市子

知らないから逆に、楽に描けるというのもあったのかも。怖いものは好きですし。特にこれという特定の作家はいないんですが、好きで読んでいたのは洋物が多かったです。東京創元社から出ていた怪奇短編集みたいな小説とか。それから子供の頃、おばあちゃんが寝る前に怖い話をしてくれていたんですよ。おばあちゃん、小泉八雲が好きだったんです。「耳無し芳一」とか。あと石川五右衛門が釜茹でになる話とか怖かったですね。何度も同じ話を繰り返ししてくれて、それにやられちゃいました。

──地元の怖い民話などは聞きましたか?

例えばお風呂で勢いよく手のひらを沈めると、水面に渦巻きが出来るじゃないですか。それで祖母がお風呂で大渦の話をしてくれるんですよ。私はずーっと地元の漁師の話だと思って聞いていたんですが、大人になって判ったんですけど、それが実はエドガー・アラン・ポーの「大渦」の話だったんです。今思うとすごいですよね。気が付いたとき「この話、私、知ってるー!」と驚きました。

「Nemuki+(ネムキプラス)」2013年5月号/ 2013年4月10日発売 / 570円 / 朝日新聞出版
創刊号ラインナップ
  • 今市子「百鬼夜行抄」
  • 波津彬子「雨柳堂夢咄」
  • 川原由美子+伊咲こゆる「マカロンムーン」
  • 伊藤潤二「シリーズ魔の断片」
  • 榎本ナリコ「時間の歩き方」
  • 諸星大二郎「竹青」
  • 篠原烏童「1/4×1/2(R)」
  • TONO「コーラル―手のひらの海―」「しましまえぶりでぃ」
  • 岩岡ヒサエ「星が原あおまんじゅうの森」
  • かまたきみこ「王の庭」
  • 魚住かおる「当たって砕けろ!! 悪霊退散」
  • 松本英子「謎のあの店」
  • 未知庵「未知庵のきなこ体操」
  • 劇団イヌカレー「ポメロメコ」
  • 原作・花本ロミオ 画・篠原正美「―圏外―」
  • 蒔々「宵闇の空に踊る」
今市子(いまいちこ)

4月11日生まれ、富山県氷見市出身。東京女子大学文理学部卒業。森川久美らのアシスタントを経て、1993年にコミック・イマージュVOL.6(白夜書房)にて「マイ・ビューティフル・グリーンパレス」で商業誌デビュー。1995年よりネムキ(朝日ソノラマ)にて「百鬼夜行抄」の連載を開始。妖怪が見える主人公をテーマに、シリアスな話もコミカルかつユーモラスに読ませてしまう巧みな手腕で人気を博している。同作は2006年に第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。2002年にはドラマCD化、2003年と2006年には舞台化、2007年にはTVドラマ化されている。ボーイズラブ作品も多く、花音(芳文社)にて「あしながおじさん達の行方」や「楽園まであともうちょっと」などを連載した。また10羽以上の文鳥や十姉妹と暮らす愛鳥家であり、ペットの文鳥を描いたエッセイマンガ「文鳥様と私」も執筆している。