「ダンケルク」花沢健吾インタビュー|現実の戦場にヒーローは存在しない 「アイアムアヒーロー」にも通じる主人公像

僕が今まで観てきた戦争映画の中では間違いなくトップクラス

──トミーと一緒に行動することになる2人の兵士、アレックスとギブソンの人物造形についてはいかがでしたか?

「ダンケルク」より。

関係性が面白いですよね。トミーと同じで、2人とも匿名性が強いと言うか……それほど強烈にキャラ立ちはしてない気がするんです。でも、だからこそ誰もが感情移入できる。どこにでもいそうな若者を3人描けば、「このうちの誰が死んでもおかしくない」という戦場の怖さもより生っぽく伝わるし。物語の途中に、トミー、アレックス、ギブソンがずぶ濡れになって、浜辺でへたり込むシーンが出てくるじゃないですか。

──ありましたね。

揃ってうなだれた3人の全身から、なんとも言えない疲労と無力感がにじみ出ていて。ああいう何気ないシーンを目にすると、「ああ、この子たちはたぶん、何もわからないままに軍隊に取られ、外国に連れてこられ、やりたくない戦闘を強いられてるんだろうな」って感じがすごく伝わってくるんですよね。

──ちなみにアレックスを演じたハリー・スタイルズは、イギリスの人気グループであるOne Directionのメンバーなんですよね。映画出演は今作が初めてです。

花沢健吾

へええ、そうなんだ! それは全然気付かなかった。でも、そういう大スターもちゃんと無名の兵士に見えるのは、やっぱり脚本や演出の力が大きいんじゃないかなあ。説明的なセリフはほぼ使わず、最低限の会話とリアルな表情だけで物語を構築しているでしょう。それで観る人に各キャラクターの立ち位置や関係性まで伝わってくるところは、本当にうまいし見事だと思います。あと、防波堤で助けを待つ兵士たちは1週間、船で海峡をわたる民間人は1日、スピットファイアでドイツ機を迎撃するパイロットは1時間と、1つの物語内に3つの時間軸を絶妙に混在させてるのも、映画ならではの手法だと思う。僕が描いてるような連載マンガ形式では、まず不可能じゃないかなと。

──どうしてでしょう?

単純な話、こういう話を描こうと思ったら、描き始める時点でエンディングまできっちり作り込まなきゃいけないじゃないですか。途中でちょっとでもズレが生じたらアウトなので、ネームもかなり緻密に考える必要がある。そのうえマンガだと、面白ければ当然「もっと続けてほしい」って話になるだろうし。少なくとも僕には、今のところチャレンジする勇気はない(笑)。ただ陸海空に視点を振り分けたことで、物語世界がぐっと広がっているのは間違いないと思います。特に戦闘機の視点が入ったことで、さっきまで桟橋や海上でドイツの戦闘機に襲われていた観客が、次の瞬間にはいきなり空中に飛び上がってダンケルクの戦場全体を俯瞰できる。このダイナミックな視点転換も、いかにも映画って感じですよね。

──ノーラン監督は本作の撮影にあたり、数億円かけて購入したスピットファイアに最新IMAXカメラを搭載して実際に飛ばしたり、1940年代から残っている船舶数十艘を9カ国から集めたりと、徹底的にリアリズムを追求したそうです。そういった映像的なこだわりについては、どう思われましたか?

「ダンケルク」メイキングカット

それはもう鮮烈なシーンのオンパレードで、圧倒的にすごいとしか言いようがない(笑)。構図の新鮮さといい、隙のないディテールといい、僕が今まで観てきた戦争映画の中では間違いなくトップクラスですね。1つだけ例を挙げると、大勢のイギリス兵が桟橋で船を待ってるところに、ドイツ軍の爆撃機が襲ってくるシーンがあったでしょう。その際に、ノーラン監督は敵機の姿をまったく映さない。どんどん近付いてくる急降下音と、上空を見上げる兵士たちの表情と頭の動きだけで、迫りくる恐怖を完璧に表現している。これもまたマンガでは表現しづらい展開なので、すごく面白かった。

「自分はこの場にいたくない」ってことに尽きる

──ご自身の作品に採り入れられそうな要素はありました?

やっぱりマンガと映画は別ものなので。それはあまり意識しなかったな。ただ、ノーラン監督の完璧主義は、僕なりにちょっとだけわかるような気はします。僕も割とディテールを描き込むほうですが、そうやって細部のリアリティを高めることで、自信を持って大きな嘘がつける感覚があるんです。「アイアムアヒーロー」の場合なら、ゾンビという現実には存在しないものを描くために、それ以外の部分は徹底的にリアルに近付けていく。そうしないと自分が納得して先に進めないところがあるんですね。分野はまったく違うけど、ノーラン監督も似ている気がする。みんなが呆れるほどリアリズムにこだわるのは、そうしないと描けない“何か”を抱えているからじゃないかと。

「ダンケルク」より。

──なるほど。では最後に、花沢さんが映画「ダンケルク」から受け取ったメッセージのようなものがあれば、ぜひ教えてください。

うーん……難しい質問ですね(笑)。でもやっぱり、「自分はこの場にいたくない」ってことに尽きる気がする。僕にとってはそれくらいリアルで強烈な疑似体験でした。現実の戦場に、スーパーマンみたいなヒーローは存在しない。極限状況でも人間性を発揮できる人はたくさんいるけれど、そういう等身大のヒロイズムだってちょっとした偶然で簡単に吹き飛ばされてしまう。エンタテインメントやサスペンスをたっぷり含みつつ、そんな戦場の残酷さも嫌というほど体感させてくれるところが「ダンケルク」という映画の魅力なんじゃないかと、僕は思います。

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「ダンケルク」
2017年9月9日(土)全国公開
「ダンケルク」

1940年、海の町ダンケルク。フランス軍はイギリス軍とともにドイツ軍に圧倒され、英仏連合軍40万の兵士は、ドーバー海峡を望むこの地に追い詰められた。陸海空からの敵襲に、計り知れず撤退を決断する。民間船も救助に乗り出し、エアフォースが空からの援護に駆る。爆撃される陸・海・空、3つの時間。走るか、潜むか。前か、後ろか。1秒ごとに神経が研ぎ澄まされていく。果たして若き兵士トミーは、絶体絶命の地ダンケルクから生き抜くことができるのか!?

「史上最大の撤退作戦」と呼ばれたダンケルク作戦に、常に本物を目指すクリストファー・ノーランが挑んだ。デジタルもCGも極力使わず、本物のスピットファイア戦闘機を飛ばしてノーランが狙ったのは「観客をダンケルクの戦場に引きずり込み、360°全方位から迫る究極の映像体験」!

スタッフ / キャスト

監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
音楽:ハンス・ジマー
出演:トム・ハーディ、マーク・ライランス、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、ハリー・スタイルズ(ワン・ダイレクション)、フィン・ホワイトヘッド

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花沢健吾(ハナザワケンゴ)
花沢健吾
1974年青森県生まれ。アシスタントを経て、2004年にビッグコミックスピリッツ(小学館)にて連載された「ルサンチマン」でデビュー。2005年から2008年にかけて同誌で連載していた、妄想ばかりのダメ男に訪れた恋を描いた「ボーイズ・オン・ザ・ラン」は、素人童貞の男性を主人公としていることから、非モテ男性ファンからの熱い支持を獲得。2010年に映画化、2012年にテレビドラマ化された。2009年から2017年にかけては、ビッグコミックスピリッツにて「アイアムアヒーロー」を連載。2016年には実写映画も公開された。

2017年9月7日更新