ナタリー PowerPush - ブラック・ジャック大全集

医療マンガの金字塔がフルカラー愛蔵版に!西炯子が恋心と感動語るインタビュー

医療マンガの金字塔であり、手塚治虫の代表作のひとつ「ブラック・ジャック」。誕生から40年が経とうとしている現在もなおスピンオフが連載され、愛され続けている不動の名作だ。その雑誌連載版をB5判フルカラーで再現し、これまでの単行本の中で最も多くのエピソードを収録した「ブラック・ジャック大全集」が、連載40周年を記念して復刊ドットコムより全15巻で刊行される。

コミックナタリーではこの発売を祝し、学生時代ブラック・ジャックに真剣に恋をしていたという西炯子にインタビューを実施。魅力を紐解くべく、作品への思いや自身が受けた影響を語ってもらった。また「ブラック・ジャック創作秘話」で注目を集める吉本浩二からもコメントが到着。こちらも併せてお楽しみあれ。

取材・文/岸野恵加 編集・撮影/唐木元

 
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西炯子インタビュー

没収されたチャンピオンをこっそり読んでいた

──もう9年も前ですが、西さんはダ・ヴィンチ2003年2月号(メディアファクトリー)の「ブラック・ジャック」特集に「高校時代、私は友だちに借りた単行本を読んで、ブラック・ジャックに恋をしてしまった。恋人、いや夫にしたい」と熱いコメントを寄せていました。

作品の画像

わあ、随分若いこと書いてるなあ(笑)。当時何を思ってたのか思い出せないんですけど、私、頭のいい男の人が大好きなんですよ。スポーツができなくても、世渡りが下手でもいい。ともかく昔から、勉強のできる子が好きで好きで。ブラック・ジャックもそうですが、お医者さんって頭がいいってことで好きになったんだと思います。

──ブラック・ジャックは甘いマスクも魅力ですが、そこは眼中にない?

もちろん容姿も含めてですね。とてもセクシーだし、ほかの少年マンガのキャラに比べたらややフェミニンな部分をこの人は持っている。

──女性的、ですか? ブラック・ジャックが。

ええ。顔の造形が全体的に柔らかくて、目の割合が大きいんですよ。頭身も小さくて、とても女性的な要素がある。若いときはそういう、ジェンダーが怪しい人に惹かれるもので(笑)。

──初めて作品に触れたのが、その高校生の頃だったんでしょうか?

たぶん最初に読んだのはもっとずっと子供の頃で、父が勤めていた中学校に遊びに行ったときだったと思います。

──その学校の図書館に単行本が置いてあったとか。

いえ、職員室に遊びに行くと、生徒から没収したマンガが積んであるコーナーがありまして……。

──そこに(週刊少年)チャンピオン(秋田書店)が。

そうそう(笑)。それをこそこそ読ませてもらって、これは面白いなとすぐに夢中になりました。

──どのあたりが夢中になるポイントでしたか?

作品の画像

当時はスポーツとかケンカとか、少年誌っぽい題材にあんまり関心がなくて。そんな中「ブラック・ジャック」は性別問わず読めるし、乱暴なところがなくて描線の優しい感じに、まず読みやすさを覚えたんだと思います。手塚治虫という人を詳しく知っていたわけではないし、それまできちんと読んだこともなかったんだけども。

──優しさというのは、筆致なのか、画面の構成なのか……どういうところに表れていたんでしょう。

まずコマ割りがとても端正でしたよね。変則的なコマの割り方は子供にはちょっと読みにくいけど、これはとても基本に忠実で読みやすい、誰でも読めるマンガになっている印象でした。「火の鳥」なんかだと目線を一周させたりとか実験的なコマ割りが多いですけど、「ブラック・ジャック」は実にスタンダードですよね。

読み込みすぎて、長編ができない体質になっちゃった

──「ブラック・ジャック」は10年という長期にわたり掲載されましたが、全編読んでいらっしゃいますか?

大人になってから古本を大人買いしましたね。たぶん20歳の頃。

──そのとき改めて大人買いした動機ってなんだったんでしょう。

子供の頃は親が買ってくれなくて、あまりマンガを読めなかったんですよ。大学に入って親元を離れて自由になったから、それを機にまとめて読みたくなったんです。

──20歳くらいというと、ちょうど西さんがマンガ家デビューした頃でしょうか。

そうですね、デビューするかしないかって頃。だから、読んで何かを吸収してやろうみたいな気持ちもあったのかな。新人の頃って16ページとか20ページとか、尺の短いものを何度も何度も描くんですが、ちょうど「ブラック・ジャック」が同じくらいのページ数で。お話の展開のさせ方とかまとめ方とかを、勉強しようと思ったのかもしれないですね。

──じゃあ西さんが初期に描かれていた短編は、そうして「ブラック・ジャック」で勉強したことが構成に生かされてるんですね。

非常に栄養にさせていただいたと思います。私、マンガを描きはじめたのが周りに比べるとすごく遅くて、17歳くらいだったんですよ。だからとにかく技術的に同年代の子に早く追いつかなきゃいけないって思ってて。

──焦りがあった。

インタビューの様子

はい。よくできているといわれるマンガを読み込むことによって、そのリズムを体に染み込ませるっていうことを無意識にしてたのかなと思います。私、うまいことコツをつかむっていうのができないんです。自分の脳と神経と筋肉の連携に何千回も覚えこませて、反射でもできるし寝ててもできるっていうくらいまでにならないと、体に入っていかない。

──体育会系ですね(笑)。

そうそう(笑)。短いページ数で、どういうふうにマンガを完成形に持っていくのかということを学ぶには、最良の教科書だと思います。「ブラック・ジャック」は。

──当時はかなり「ブラック・ジャック」を読み込んで研究していたんですね。

いま振り返るとそう思いますね。おかげで私、長編ができない体質になっちゃった。

──あははは!

「娚の一生」なんて、描きながらほんと「長えなー」と思ってたんですが、振り返ればたったの3冊(笑)。「ブラック・ジャック」みたいなのを読みすぎたり短編の訓練ばかりをしすぎたから、物語を長く長く続けるっていう胆力が私には備わらなかったのかな。今でもネームをやってて、16枚目とか18枚目とかで忍耐が少し切れるんですよ。ここから先も読者はついてこれるのかなって、毎回不安になる。

──短編のリズムが染みついちゃってるんですね。でも月刊の少女マンガ誌って、だいたい毎号30ページくらいを求められますよね。

作品の画像

そうですね。なかよし(講談社)でやってる「恋と軍艦」は、毎号24ページなんですけど。

──それなら描きやすいのでは?

でも結局30ページ分くらいの内容を詰め込んでますね。貧乏性なので、「500円で買ったけど、800円分入ってた!」って感じに読者の方に思ってもらうのが好きなんです。

──確かに西さんの作品って密度が濃くて、1話の中でたくさんの出来事が起こりますよね。

毎回毎回できるだけ満足していただきたい。次の回で挽回するから今回は勘弁して、っていうのがおっかなくてできないんですよ。この1回をしくじったら次の回読んでもらえないんじゃないか、って思う。そこがやっぱり短編気質なのかなと思います。

「お前は手塚の流れに属しているんだよ」

──そのほかに「ブラック・ジャック」から影響を受けたことってありますか?

うーん、手塚先生からは魂も受け取っているし、技術的なことも学んだし。抽象的な言い方ですが、マンガ家としてのコンクリ、つまり土台を打つ上で、とてもいい成分をいただいたという感じですかね。……実は、私がプロになって初めて担当していただいた小学館の山本順也さんという編集者の方は、手塚さんの担当も一時期されていたんです。

──すごい縁じゃないですか!

彼はときどきいろんな楔を私の胸に打ちこんでいくんですが、あるとき「手塚がいて、萩尾(望都)がいて、竹宮(惠子)がいる。お前は萩尾と竹宮のこの流れに属している。だから結局、手塚の流れに属しているんだよ」と言われたことがあって。要するに、王道をやれ、と。

──それはとても誇らしい一言ですね。

ええ、手塚さんとご縁のあった編集者がそうおっしゃってくれたことで、まだ20代半ばだった若い私は随分励まされましたね。いまだにときどき、自分の中に輝く星みたいにその言葉を思い出すことがあります。ほんとうに形にならない、大きな財産をいただいたような気がするんです。

「ブラック・ジャック大全集」全15巻

全15巻/B5判(雑誌原寸大)/フルカラー/スリーブケース入り
2012年9月中旬より、毎月1巻ずつ刊行予定
全巻セット 予価 5万5125円(税込)
※各巻ごと単品(3675円)でも購入可能

復刊ドットコム通販では3大特典付き
手塚治虫(てづかおさむ)

プロフィール写真

1928年11月3日大阪府豊中市生まれ。5歳のとき現兵庫県宝塚市に引越し、少年時代をここで過ごす。1946年、少国民新聞大阪版に掲載され た4コマ作品「マアチャンの日記帳」でデビュー。1950年、漫画少年(学童社)にて出世作となる「ジャングル大帝」の連載を開始。以降「火の鳥」「リボンの騎士」といった歴史的ヒット作を連発し、人気マンガ家としての地位を確立した。1963年、自身の設立したアニメスタジオ「虫プロダクション」にて日本初のTVアニメとなる「鉄腕アトム」を制作。現代のマンガ表現における基礎を打ち立てた人物として世界的な知名度を誇り、その偉大な功績から“マンガの神様”と呼ばれ支持されている。1989年2月9日胃癌のため死去、享年60歳。

西炯子(にしけいこ)

プロフィール写真

鹿児島県出身。高校在学中、JUNE(サン出版・当時)でデビュー。「娚の一生」が「このマンガがすごい!2010」(宝島社)オンナ編で第5位を獲得したほか、「THE BEST MANGA 2010 このマンガを読め!」(フリースタイル)で第6位を受賞。そのほかの代表作に「ひらひらひゅ~ん」、「STAY」シリーズ、「亀の鳴く声」「電波の男(ひと)よ」などがある。2012年7月現在、月刊flowers(小学館)で「姉の結婚」、なかよし(講談社)で「恋と軍艦」、メロディ(白泉社)で「なかじまなかじま」ほか6本の連載を抱えている。2012年9月から3カ月にわたり、小学館・新書館・講談社・白泉社・徳間書店の5社合同フェアを開催予定。合計9冊・2000ページ近くにのぼる作品が順次刊行される。